おっさん冒険者、カーバンクルになる2-2
「この先、もうすぐ深層だな」
ディランがぽつりと呟いた。深層へと続く道は、湿った空気と沈黙が支配している。
カーバンクルになったからだろうか、今までとは比べ物にならない禍々しさをディランは感じていた。。
「……少し静かすぎませんか?」
セリスが剣の柄に手を添えながら辺りを警戒する。背中の銀髪が揺れ、鎧のきらめきが、石壁の薄明かりにぼんやりと反射していた。
「確かに。不自然ですね」
ティナも眉をひそめた。魔術師らしいローブを整えながら、彼女は周囲の魔力の流れを感じ取ろうと目を閉じる。
「ん……あそこ、焦げ跡?」
ディランがぴたりと足を止めた。前足で石畳を掻くと、そこには黒く焼け焦げた痕跡が残っていた。火炎魔法で焼かれたらしき跡。周囲には岩肌の一部が弾け飛び、床には足跡がいくつも重なっている。
「さっきまで戦闘してたな、こりゃ」
「誰かのパーティー……でしょうか?」
「多分な。ただ、戦った奴らの姿が見当たらない」
ディランの声に、セリスとティナの表情が緊張に染まる。
「……無事に退いたと思いたいですけど」
ティナの言葉に、ディランは短く頷いた。
「ま、俺たちも気を抜かず行くぞ」
そのまま数分ほど歩いた先。
「……止まって」
ディランが低く、鋭く言った。三人の視線が前方の開けた空間に集中する。
そこには、崩れた柱の陰にうずくまるようにして、一人の少女がいた。狼の耳と尻尾を持ち、手には折れた短剣一本。衣服は所々破れており、体は傷だらけ。
そして、彼女の周囲を囲むように、中型魔獣、ダークリザードの群れが蠢いていた。
単独では然程強力な魔獣ではないが、群れている場合の危険性はそれを大きく上回る。
「……っ、助けなきゃ!」
セリスが剣を抜き、踏み出そうとする。
「待て」
ディランが冷静な声で制止した。
「ダークリザードは火を恐れる。ティナ、威嚇でいい。火炎魔法を」
「はい、任せてください」
ティナが杖を掲げ、詠唱を始める。空気が熱を帯び、光が杖先に集まり――
「《バースト・フレア》!」
爆ぜるような音と共に、火球が魔物の群れの中央に炸裂する。驚いたダークリザードたちが本能的に後退し、少女との距離が開いた。
「セリス、今だ!」
「はい、師匠っ!」
セリスが一閃、地を蹴って飛び出した。目にも留まらぬ速さで距離を詰め、今まさに少女に噛みつかんとしていたリザードの首を、《聖剣》の光で斬り裂く。
「大丈夫、もう怖くないからね!」
そのまま少女を抱き上げ、身を翻して包囲から脱出する。追ってきたリザード数匹を、ティナの小規模な爆発魔法が蹴散らした。
「一人でこの階層に? いや、はぐれたか……それとも、囮にされたな」
「そんな……」
ティナの顔に怒りが浮かぶ。
三人と一匹は、ひとまず安全な場所まで撤退することに成功した。
少女は意識を失っていたが、傷は浅く、呼吸も安定している。
「二人共どうする? 引き返すか? この子を放置もできないが」
冒険者は一度ダンジョンに入れば自己責任。自分の命は自分で守らなければならない。
負傷者を連れてのダンジョンからの帰還の難易度は行きとは比べ物にならない。ましてや、人数の少ないディラン達のパーティーではカバーを行える余力も無い。自分の命を守らなければいけない以上、彼女を助けない事で後ろ指をさされる謂れはない。
例え、パーティーに裏切られたとしても、それはそのパーティーに命を預けた彼女の責任だった。
「当然です師匠。放っておけません」
「ですね。私もそう思います」
セリスとティナがきっぱりと答える。
「そう言うと思ったよ」
二人の言葉を聞いてディランは小さく笑った。