おっさん冒険者、カーバンクルになる1-5
「……はい、こちらが魔力草の納品分となります。ついでに、報告も一つ」
ティナがギルドカウンターに荷物を置くと、ギルド職員の女性が目をぱちくりさせた。
「レッドドラゴンが……浅層に?」
彼女の声が震えた。
「はい。確かにセリスさんの《聖剣》で討伐しました。残骸は現場にあります。おそらく、探索隊を向かわせれば確認できるかと」
職員の背筋がピンと伸び、慌てて報告書の紙を掴み取る。
「こ、これはギルドマスター案件ですね……。お手数ですが、後ほど詳しい事情を聞かせていただきます!」
ギルドを後にしたニ人──と一匹は、ささやかな宿屋『月のランタン亭』へと戻っていた。
「いやあ、疲れた……でも、達成感ありますね」
ティナがテーブルに肘をつきながら、水を一口。対面ではセリスが優雅に微笑んでいる。
「この町に戻って、久々にこういう依頼をこなせた気がします。ディランさんのおかげですね」
セリスが満足げに微笑む。
ドラゴンを両断した人間のモノとは思えない程可愛らしい。
「んー……俺の働きは三割くらいだな。セリスの《聖剣》とティナの魔法がなきゃ、あれは斬れなかった」
ディランはカーバンクルの姿のまま、椅子の上でちょこんと丸まっている。グラスを持てない代わりに、特製の小皿に注がれたアップルティーを舌でぺろり。
「ふふっ、褒めていただいて光栄です、師匠」
「……そっちは照れるな、やめろ」
ささやかな乾杯の音が、宿屋の夜に鳴り響いた。
久々に感じる“楽しい”という気持ち。ディランは、それが少しだけくすぐったかった。
元のパーティーでは、彼は「スキル無しの無能」として見下されていた。だが今は違う。二人の少女は、彼を仲間として、師匠として、必要としてくれている。
「それにしても……」
ティナが少しだけ神妙な顔でつぶやいた。
「ドラゴンが浅層にいた理由って、やっぱり何かあるんでしょうか?」
「……ああ。ダンジョン内の魔獣のバランスが崩れてる可能性があるな」
ディランが静かに答える。
「縄張り争い、あるいは誰かが意図的に誘導してる。深層の魔物が浮いてくるってのは、そうそう起きないことだ。……まあ、いずれ調べる必要はあるだろうな」
「なんだか不穏ですね……」
「でも、今はまず、しっかり休まないとですね。師匠も疲れているでしょう」
ティナとディランの神妙な空気を変えるようにセリスが言った。
「そういえば、お部屋の件なんですが──三人一部屋でいいですよね?」
と、ティナが何気なく言葉を続ける。
「は?」
ディランが固まった。
「ちょ、ちょっと待て。俺は見た目こそモフモフだが、実際はおっさ──」
「大丈夫ですよ、誰もそんなこと気にしてませんから。ね、セリスさん?」
「ええ、気にしてません。むしろ、夜中に一人で外で寝られるほうが心配です」
「……っ。だがな……その……女子の部屋に俺が、というのは……」
「師匠は私たちの大切な仲間です。おかしな意識をする方が逆に失礼ですよ」
どこか痛いところを突かれて、ディランは言葉を詰まらせた。
「俺はカーバンクルだぞ? ほら、小動物だ、眠る場所さえあればいい」
数分後──
宿屋の部屋の片隅で、毛布を器用に丸めたカーバンクルが小さくうずくまっていた。
すぐ近くのベッドでは、セリスが静かに目を閉じ、ティナが寝息を立てている。
「……野営よりマシだ。だから、俺はこれで」
この部屋のベッドの大きさなら、3人でも寝られると言い出したセリスとティナにディランが出した言い訳だった。流石にベッドで川の字なんてわけには行かない。
そこまで言われれば、ニ人は渋々といった表情で納得するしかなかった。
二人が立てる寝息を聞きながら「こう言うのも悪くないな」、ディランはそう独り言ちて眠りについた。