おっさん冒険者、カーバンクルになる1-4
ダンジョン浅層。魔力草が群生する静かな空間で、セリスがかがみ込み、銀緑色の葉を一つずつ丁寧に摘んでいた。
「……魔力草は、やっぱり香りがいいですね。心が落ち着きます」
「懐かしい。冒険を始めた頃を思い出しますね」
ティナがにこやかに微笑みながら魔力草を収穫する。二人とも和やかな空気に包まれていたが──ただ一匹、警戒を強める存在がいた。
ディランは小さなカーバンクルの姿で岩陰に立ち、耳をピクリと動かすと、低く唸った。
「……おかしいな。ここまで魔物と一度も遭遇してない」
ティナとセリスが顔を上げる。
「ティナ、魔力探知を頼む」
ディランに言われ、ティナが魔法で周囲の気配を探ると、空気が焦げたような嫌な圧が肌に突き刺さってきた。
「……来るぞ。身構えろ、たぶん、ただの魔物じゃない」
次の瞬間、洞窟の奥から地鳴りが響いた。
ゆっくりと現れたのは、全身を黒紅色の鱗で覆い、金色の瞳を爛々と光らせる魔獣──
「レッドドラゴン……! どうしてこんな浅層に……!?」
ティナが驚愕するのも無理はない。本来なら中層以降に出現する強力な魔獣。その巨体は浅層の通路をぎりぎりで通るほどだった。
「逃げても無駄よ。ここで倒さなきゃ──私たちがやられる!」
セリスが剣を構える。
「《聖剣》、展開!」
彼女の剣に、眩い輝きの刃が形成される。魔力の光が剣身を包み、まるで星の閃光のような煌めきを放った。
「ティナ、援護お願い!」
「任せてください。《アイスランス》、連射します!」
ティナが魔法陣を複数展開し、氷の槍を次々と生成して撃ち放つ。それらはドラゴンの鱗に直撃し、動きを鈍らせた。
「セリス、気をつけろ! ドラゴンは尻尾を使う──!」
ディランが背後から跳ねながら指示を飛ばす。
セリスは即座に反応し、右へ切れ込む。だが、レッドドラゴンは咄嗟に尾を振り抜いた。
──ゴッ!
巨大な尻尾が襲いかかる。
「っ──《聖盾》!」
セリスの左腕にスキルを応用した魔力の盾が展開される。尻尾が直撃し、彼女は地面を滑るも、しっかりと踏みとどまった。
「ふふっ、助かりました……師匠!」
「まだ終わってないぞ!」
ティナが再び魔法でドラゴンを牽制する中、ディランはセリスの方へ駆け寄った。
「セリス! 俺を奴の目の前に投げろ!」
「えっ……!? 何を──」
「いいから!」
セリスは一瞬戸惑ったが、すぐにディランの意図を悟り、剣を逆手に構えたまま、ディランを高く放り投げた。
「いってらっしゃい、師匠!」
ディランは放物線を描き、レッドドラゴンの正面へと躍り出た。
その口には、魔法陣を刻まれたナイフ。それはディランがおっさん冒険者だった時から愛用している武具だった。
カーバンクルになってしまった以上、今までの武器はまともに扱えない。勿論、このナイフもナイフとして扱うのは難しい。
だが、このナイフの真価は刻まれた魔法陣にあった。
そこに魔力を一気に流し込む──
「《フラッシュ》!」
ナイフの魔法陣が暴発的に輝き、灼光が炸裂する。
レッドドラゴンが咆哮を上げて目を覆い、完全に視界を失ったその瞬間。
「──これで、終わりです!」
セリスが《聖剣》を最大まで強化し、魔力を限界まで込めた。
刃は膨張し、光の大剣となって彼女の手に輝く。
「《聖剣・終断》!」
大地を蹴り、宙を駆ける一閃。
その一撃が、レッドドラゴンの胴体を真っ二つに斬り裂いた。
血飛沫ではなく、光の波動だけが残る。
……数秒後、巨体が地鳴りと共に崩れ落ちた。
息を整える三人。ティナは手をふるわせながらも笑みを浮かべる。
「……やりましたね……!」
「ああ、結成したてのパーティーなら上々の戦果だ」