おっさん冒険者、カーバンクルになる1-3
夕方。朱に染まる空の下、ディランとセリスは町「ルヴェルム」の門をくぐった。
ダンジョンである「灰の迷宮」が間近にあり、そこへ挑む拠点から発展してきたこの町はディラン達の様な冒険者が多く集まっている。
人々がにぎわい、行き交う市場と石畳の通りに、温かな喧噪が広がっていた。
「……まさか毛玉姿でこの町に戻るとは思ってなかったが」
「ふふっ、可愛いですけどね。――ではまず、ギルドで登録を済ませましょう。師匠を“私の契約幻獣”ということで」
「お、おい。あんまり恥ずかしいことを言うなよ……!」
──その後、セリスの仲介により、ギルド〈蒼狼の牙〉にてディランは「ビーストテイマーであるセリスの契約した魔力高位種・カーバンクル個体」として正式に登録された。これで冒険者にいきなり襲われてしまうなんてことは無いはずだ。
特例処置ではあるが、ギルドマスターも「剣士兼ビーストテイマー……面白そうだ」と快く受け入れてくれた。
* * *
「――さて、じゃあ次は、師匠の部屋の整理ですね」
「ま、もはや俺の名義じゃなくなってるかもしれんが……一応確認くらいはな」
カーバンクルの姿になってしまっては人間用の武具や道具は使えない。ディランという人間が存在しない以上、部屋を持ち続けるのも難しい。
不必要な物は処分して、わずかながらでもこれからの資金にしてしまいたかった。
2人は町の裏手、冒険者用の貸家へと足を運んだ。年季の入った石造りの建物だが、ディランが長年暮らしていた“家”でもある。
「こっちの角部屋だ。……鍵は、っと……開いてるな」
「不用心ですよ、師匠」
「気にするな、こんなボロ家に盗む物なんて無いよ」
扉を開くと、そこには使い込まれたベッドと机、壁に吊るされた旅装、木箱に詰められた道具類。雑然とした空間だったが、どこか懐かしい匂いがした。
「懐かしい……この部屋で、初めて魔道具の手入れ方法を教えていただいたのを、今でも覚えてます」
「そうか……あのとき、お前泣いてたな。『魔導具がしゃべってくれませんでした!』とか言って」
「う、そ、それは昔の話ですからっ……!」
笑い合いながら荷物を整理していると、廊下の向こうから足音が近づいてきた。
「……ディランさん? お久しぶりです。……ここにいるって聞いて来たんですが……あれ? そのカーバンクル、喋って……?」
ドアの前に立っていたのは、ふんわりとした赤髪の少女だった。見覚えのある顔に、ディランの目が見開く。
「おい、嘘だろ……ティナ、か?」
「えっ!? その声……ディランさん、ですか!?」
ティナ・カーヴェル。
数年前、まだ右も左もわからない新米だった少女。ディランがたまたま助けたあの迷子冒険者だった。
彼女は一歩近づき、カーバンクルのディランをまじまじと見つめた。
「声と話し方……やっぱり、ディランさんです……! ほんとに……ディランさんなんですねっ!?」
「お、おう……久しぶりだな。まさかこんな姿で会うとは……」
目を潤ませ、両手を胸元で握りしめるティナ。
セリスが目を丸くしている。
「……師匠、この子は?」
「……昔、ダンジョンで道に迷ってた初心者の子を助けたことがあってな。あのとき以来だ」
「はい! あのとき、ディランさんがいなければ、私は魔物にやられてました……。ずっと恩返しがしたくて、探してました。だから……」
ティナは、深く息を吸い込み、決意に満ちた声で言った。
「わたしも、ディランさんとパーティーを組ませてください! 今はちゃんと魔法も扱えるようになりました。きっとお役に立てます!」
「お、おいおい、落ち着けって。俺は今こんな姿だぞ? 荷物も片付いてないし、スローライフの準備で――」
「私も賛成です。師匠のために一人でも多くの力があれば、もっと心強いですから」
「……お前までそんなに真面目な顔して言うんじゃねえよ……」
ディランはため息をついた。
けれど、どこか嬉しそうに、尻尾をふわりと揺らした。
「……わかったよ。ティナ、お前が本気なら、歓迎するぜ。次のダンジョンには、三人で挑もうか」
「はいっ、ありがとうございますっ!」