おっさん冒険者、カーバンクルになる1-2
ダンジョン第六層。湿り気のある石壁の間を、銀髪の少女と、小さな幻獣が並んで進んでいた。
「……見事な剣捌きだな。昔の倍は強くなってるじゃねぇか」
「ありがとうございます、師匠。でも、師匠のおかげで助かっています。罠を一つも踏まずに進めているのは……本当にすごいです」
銀髪の少女――セリスは、聖なる力を宿した剣を手に、慎重に周囲を警戒しながら言った。
隣を跳ねるのは、モフモフな毛並みに輝く宝石を額につけた、喋る幻獣――カーバンクルと化したディランだった。
元はスキルも持たぬ、ただのベテラン冒険者。だが経験と知識だけは山ほどある。
「床の縁が浮いてる。罠だな。……ああ、あそこも。天井の継ぎ目、落石式だ」
「すごいです……! 全然わかりませんでした」
「お前が前に出て剣を振るうなら、俺は後ろで罠を避けさせる。昔と逆になっちまったな」
「いいえ。昔も今も、私は師匠に導かれてばかりですよ」
セリスの口調は丁寧で、けれど柔らかく温かかった。
以前よりも落ち着きがあり、大人びた印象があったが、その瞳の奥に宿る敬意は、今も変わらない。
「……次の部屋はモンスターが出る。気配が濃い」
ディランの言葉に、セリスは剣を構えた。
「師匠は下がっていてください。私がやります」
そして、部屋に入った瞬間、巨大な双頭狼が現れた。
だが、セリスは怯まなかった。
「――《聖光剣術・断滅》!」
淡く光る剣が弧を描き、次の瞬間、モンスターは苦しむ間もなく倒れ伏した。
残されたのは、うっすらと光る魔核と、血を一滴もこぼしていない空間。
「……お見事」
「ありがとうございます。実はこれ、レアスキルらしいんです。剣に聖属性が自動付与されるらしくて、悪魔系やアンデッドには特に強いとか」
「まさか、あの小娘が聖剣の使い手になってるとはな……」
セリスはくすりと笑った。
「小娘、なんて……。でも、褒められると嬉しいです。師匠がいなければ、今の私はいませんでしたから」
ディランは少し照れたように毛を逆立てた。
「ったく、こんな姿じゃ威厳も何もねぇな……」
* * *
出口の階段が見えたとき、ふたりは無事に地上へと戻れることに胸をなでおろした。
空は夕暮れ色に染まり、風が心地よく吹き抜けていた。
しばらく無言で歩いたあと、セリスがぽつりと口を開いた。
「師匠、これから……どうなさるつもりですか?」
「俺か? 人間でもないし、戦う力もない。……森の外れでのんびり暮らすさ。人に迷惑かけず、ひっそりと」
ディランの言葉に、セリスは少しだけ眉をひそめた。
「……本気で、それでいいと思っているのですか?」
「ん?」
「師匠は……もう一度、誰かと組んで戦おうとは思わないのですか? 力になりたい、とは……」
「俺みたいな奴が隣にいたら、お前の足を引っ張るだけだろ」
「いいえ、私は……師匠と一緒に冒険したいんです」
セリスはまっすぐディランを見つめていた。
「生活のことなら、私が全部サポートします。住む家も用意しますし、食事も作れます。……だから、一緒にいてください。師匠として、パートナーとして」
「……そこまで言われると、断りにくいな」
ディランは小さく笑った。
「まったく……しょうがねぇな。じゃあ、しばらくはお前についていくさ。足を引っ張らねぇように気をつけるけどな」
「引っ張るどころか、導いてください。……これからもずっと、私の師匠でいてください」
セリスの言葉に、ディランはそっと頷いた。