おっさん冒険者、カーバンクルになる5-1
ついに、グランドドラゴン討伐作戦の本番が幕を開けた。
討伐隊は前線基地から慎重に進軍し、ダンジョンの深層部へと突入した。先陣を切るのは、Aランク以上で構成された特務パーティー――その中心に立つのは、漆黒の重装鎧を身にまとい、巨大な両刃剣を背に負う男、クロウ。
彼に並び立つのは、銀髪を結い上げたダークエルフの女剣士ミレーナ、ローブの下に逞しい体躯を隠す魔術師ガレス、小柄ながら熟練の腕を持つドワーフ少女の弓使いメル。いずれも、並の冒険者とは一線を画す歴戦の強者だ。
地鳴りのような咆哮が、洞窟に轟いた。
影が動き、空気が震える。黄金の鱗をまとい、双翼を広げるその巨影は、まさに伝説に語られる存在――グランドドラゴン。
「来るぞ!」
クロウの声と同時に、戦端が切られた。
ミレーナが「縮地」で一気に間合いを詰め、喉元へ斬撃を叩き込むも、龍鱗はまるで城壁のように硬く、それを弾き返した。ガレスの「ストーンバレット」もまた、鱗と魔力の防壁に阻まれ、有効打とならない。
それでも彼らは怯まない。
クロウが龍の爪を受け流し、ミレーナが背後から腱を狙い、ガレスの「アースジャベリン」が地面から突き上げ、メルの矢が喉元の鱗を一枚、吹き飛ばした。
「いいぞ、あと一撃、集中しろ!」
クロウの指示に全員が呼応し、最後の連携攻撃へと動く。魔力を込めた渾身の斬撃が、喉の隙間に突き刺さり――
グランドドラゴンが膝をついた。
咆哮が震えるように洞窟に響く。勝機が見えた。その瞬間だった。
「……待て、何かがおかしい」
ガレスが声を上げた。地面に両手をつき、眉をひそめる。
「魔力の流れ……?」
突如、グランドドラゴンの足元から、黒い魔力が奔流のように吸い上げられていく。
「魔力を……吸っている? ダンジョンと、同調しているのか……!」
龍の瞳が変わった。紅蓮に燃え上がり、全身の鱗が魔力を纏い始める。
「チッ、ダンジョンから魔力を吸収しただと……!」
クロウが苦々しく呟く、その時。
「グアアアアアアァァァ!!」
地響きのような咆哮が、空気を裂いた。
次の瞬間、グランドドラゴンの翼から無数の魔力の槍が放たれた。
「な――」
ミレーナが声を上げる暇もなく、槍の一つが彼女の肩を穿つ。鮮血が舞った。
「ミレーナ!」
クロウが飛び込み、身を盾にしてかばう。だがその背にも深く槍が突き刺さる。
「ぐっ……!」
後方では、ガレスが「マジックバリア」で何本かを弾くも、すべてを防ぎきれず、爆風に吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。
「ガレス! くそっ、動けるか!?」
「……ぉ、ぁあ……リ、リーダー……」
瀕死。魔力の奔流により放たれた一撃は、完全に別格だった。
さらに追い打ちをかけるように、グランドドラゴンがその口を大きく開く。
「来るぞ、ブレスだッ!」
クロウの叫びと同時に、黒炎が吐き出された。
ただの炎ではない。ダンジョンの魔力を喰らい強化された、魔力と炎の複合災厄。
「っが――!」
クロウがミレーナを抱えて飛び退く。だが、避けきれなかった。
黒炎がパーティーを飲み込む。
視界が歪む。聴覚が焼かれる。皮膚が裂けるような熱が、彼らを覆い尽くした。
* * *
――時間が、止まったかのようだった。
炭のように焦げた地面に、倒れ伏す四人。
鎧は焦げ付き、ローブは焼け落ち、矢筒は溶解していた。動ける者は、いない。
流石は熟練の魔法使いと言う訳か、ガレスの付与魔法による対火のエンチャントによりパーティーは一命を取り留めていた。
ミレーナの唇が微かに動く。
「……クロウ……みんな、は……」
「……まだ……終わってない……ッ」
クロウがゆっくりと顔を上げる。両膝を地につき、肩で息をする。だがその目だけは、まだ死んでいなかった。
目の前のグランドドラゴンは、満足げに咆哮し、翼を広げる。
「……仲間を守る。これだけは……諦めない」
再び剣を、手にする――それが限界だった。
「クロウ! 目を瞑れ」
崩れ落ちそうなクロウの耳に聞き覚えのある声がした。
満身創痍のクロウはその声のままに目を瞑る。
「フラッシュ!」
刹那、閉じた瞳でもわかる程の閃光がクロウとグランドドラゴンの間で炸裂する。
クロウが目を開けるとそこには一匹のカーバンクルが居た。