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おっさん冒険者、カーバンクルになる4-5

 前線基地では、グランドドラゴン討伐に向けた準備が着々と進んでいた。緊張感が高まりつつある中、各部隊が交代で巡回にあたり、日々の任務をこなしていた。


 その日も、ディランたちは外周の巡回を無事に終え、束の間の休息をとることになった。


「ふぅー……ようやく戻ったー」


 セリスが背伸びしながら腰に手を当て、パチンと軽く背筋を鳴らす。


「セリスさん、関節そんなに鳴らして大丈夫ですか?」


 ティナが心配そうに覗き込むが、セリスはケロッとした顔で笑っていた。


「ぜんぜん大丈夫ですっ! むしろ調子良いくらい!」


「それ、あとでどっか痛くなるやつ……」


 呆れ顔のティナをよそに、ディランは木陰に腰を下ろして大きく伸びをする。毛並みに光が射し、ふかふかの尻尾がふわりと揺れた。


「それにしても……コカトリスの肉が食えるのは、冒険者の特権だな」


 どこか浮かれた声でディランが言った。


 巡回中に討伐したコカトリスは、いつの間にかフィサリスによって処理され、丁寧な肉塊に姿を変えていた。


「フィサリスさん、本当にすごいですね……」


 ティナが目を丸くして呟く。彼女は魔法には自信があるが、料理や調理の分野は少し苦手だった。


「なかなかの手際だな。俺がやるよりよっぽど早いぞ」


「ふふん……」


 フィサリスは少しだけ鼻を鳴らして、誇らしげに小さな胸を張る。普段は無口で素っ気ない彼女だが、仲間内では時折こうして照れ隠しのように得意げな姿を見せる。


「師匠! 私もできますよ!」


 横から割り込むように、セリスがぐいっと袖をまくり、両手を元気よく上げる。


 だが、ディランは即座に渋い顔で首を横に振った。


「あー……セリスはまた今度な」


「なんでですかー!? わたし、こないだ練習したんですよ!? 火の加減もばっちりです!」


「前回、鍋を焦がしただろ……」


「うっ……」


 セリスはバツの悪そうな顔でそっと腕を下ろす。


 その様子に、ティナがこっそりくすくすと笑う。


 そのやりとりを聞きながら、フィサリスは無言で小さな木のボウルに材料を入れていく。手際良くヨーグルトを注ぎ、いくつかの香辛料を指先で摘んでは振り入れた。


「それ、タレ……ですか?」


 セリスがのぞきこむ。


「魔力草……香草のかわりに」


 刻んだ緑の草を指先で散らしながら、フィサリスがぽつりと答える。


「へぇ、香草っぽい匂いする!」


「ほんと、これだけで食欲そそる……」


 ディランも鼻をひくつかせながら、じっと様子を見守る。そこに、ぶつ切りにされたコカトリスのもも肉がどさりと投入された。


 フィサリスは素手でぐにぐにと肉にタレを揉み込む。無言の作業だが、その所作はどこか真剣で、そして丁寧だった。


「……後は少し置いて、焼くだけ」


「すごーい、料理人みたいです!」


 セリスが拍手すると、フィサリスはちょっとだけ顔をそらして「べつに」と小声で呟いた。


 その後ろ姿を見て、セリスがにっこりと笑う。


「こういうフィサリス、私、好きだなぁ」


「ふふ、可愛くて良いと思います」


「……うるさい」


 フィサリスは顔を赤くしてそっぽを向いた。


* * *


 夕暮れが近づき、設営地の端にある焚き火スペースでは、炭火にかけられた鉄板から香ばしい匂いが立ち上っていた。


 ジュウゥゥ……という音と共に、コカトリスの肉がじわじわと焼けていく。脂が炭に滴り、煙が立ち上るたびに、セリスたちの胃袋が音を立てた。


「うわー……もう待てない……」


「焦るな焦るな、ちゃんと焼けてからだ」


「でも師匠もさっきからちょいちょいつまみ食いしてるでしょ……?」


「カーバンクルだから多少生でも大丈夫なんだよ」


 セリスとディランが軽口を叩いている間にも、ティナは小皿に薬草のピクルスを盛り付け、ささやかなおかずとして整えていく。

 フィサリスは焼き上がったコカトリスの肉を丁寧に串に刺し、皆に配って回った。


「……はい」


 無言で差し出すその仕草に、セリスは「ありがと!」と満面の笑みで受け取る。


「いただきます!」


 その声を合図に、みんなが一斉にかぶりついた。


「お、おいしい……! すごいジューシーで、でもスパイスの香りも引き立ってて……!」


「柔らかいのに噛みごたえある。これは……上等な素材と技術のなせる業だな」


「ふふ、パーティーにフィサリスさんが居てくれて良かったです」


「……べつに、ふつう」


 だがその表情は、少しだけ得意げだった。


 焚き火の光に照らされた皆の顔は、どこか穏やかで、優しい。戦場の緊張を一時忘れさせる、あたたかな時間だった。


 その夜、空に星が浮かぶまで、セリスたちはコカトリスグリルを囲んで笑い合いながら、何度もおかわりをした。


 いつ終わるとも知れぬ戦いの中で――こんな小さなひとときが、何よりも貴重で、心を繋ぐ時間となったのだった。




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