おっさん冒険者、カーバンクルになる4-4
前線基地の設営は無事に完了し、グランドドラゴン討伐作戦は遂に本格始動の時を迎えていた。
討伐隊はグランドドラゴンの根城とされるダンジョンの奥地へ向けて準備を進め、防衛部隊は基地周辺の防衛と警戒任務に当たっている。セリスたちのパーティーもその一端を担い、外周の巡回任務を引き受けていた。
とはいえ、ただの見回りではない。突然の魔獣の襲撃に備え、常に武器を手に、緊張を絶やさない日々が続く。
そしてその日、基地に新たなパーティーが姿を見せた。
隊列の中心を歩くのは、黒銀の鎧をまとい、背中に両刃の大剣を背負った威容の男。均整の取れた筋肉の上に重ねられた鎧は一分の隙もなく、歩みには一切の迷いがなかった。
その姿を見た瞬間、ディランは目を見開いた。カーバンクルの姿のまま、草の陰からじっと男の顔を見つめる。
「……クロウ」
細く低い呟き。かつての戦友、その名を、口の中で転がすように唱える。
忘れられるはずもなかった。かつて命を共にした仲間。
ディランがまだ若かった頃にパーティーを組み活躍し、傲りと実力不足により仲間を喪い、それが理由でパーティーを解散した。
「ディラン、セリスが探してたよー?」
ふわりと後ろから現れたのはフィサリスだった。小さな笑みを浮かべながら、何の疑いもなくディランを抱き上げる。
その時、クロウの目が一瞬鋭く光り、視線がディランに向けられる。
「……ディラン、か」
その名前を口にしたのは偶然か、それとも意図的か。フィサリスはその視線に気づき、咄嗟にディランをぎゅっと抱きかかえる。
「ディランはあげないよ?」
「いや……驚かせたな。ただ、懐かしい名だったから。俺のかつての仲間にも……同じ名前の奴がいてな」
クロウの声に敵意はない。ただ、ふと過去に触れたような、どこか遠くを見つめるような口調だった。
「カーバンクル……“幻獣の聖剣”が使役しているという幻獣か。噂は聞いている。ルヴェルムのギルドで、若き新星が台頭していると」
「ありがと」
そう返したフィサリスの声に、クロウは軽く微笑を返し、前線基地の中枢へと歩み去っていった。
* * *
その数時間後、セリスたちのパーティーは拠点の整備中にクロウの部隊と鉢合わせる。
新たに設けられた防壁の確認と戦術指示のため、クロウは現場を直接見て回っていた。
「防衛陣、しっかりしてるな。予想以上だ」
部下に的確な指示を飛ばしながら、クロウの視線はふとセリスたちのパーティーに向けられた。
「“幻獣の聖剣”だな。君たちがそうか?」
不意に呼びかけられたセリスは、少し驚いたように体を正す。
「はいっ、私たちです。……でも、そんなに大したものでは……!」
「謙遜は必要ない。成果があるから名前がつく」
クロウの言葉は、押し付けがましさも、嫌味もなかった。ただ、まっすぐに事実だけを見据える視線だった。
横からフィサリスがひょこりと顔を出す。
「あ、さっきの人」
「あぁ、さっきぶりだな」
その場の空気は緩み、ティナも挨拶に加わる。
「王都の派遣部隊から来られたんですよね? あなたがクロウさん……グランドドラゴン討伐パーティーのパーティーリーダーと伺ってます」
「肩書きなんて飾りさ。重要なのは、ここで生き残れるかどうか。それだけだ」
クロウの言葉に、セリスは息を飲んだ。
厳しくも優しさを感じるその声音――まるで、誰かを守るように背負った強さがそこにあった。
「お前たち……いい目をしているな。誰がまとめ役なんだ?」
「え、えっと、彼女がパーティーリーダーです」
ティナが指差したのはセリス。ディランが指示を出す場面を見られても、“ビーストテイマーの指示”と説明すれば済む。そのためにも表向きのリーダーはセリスなのだ。
「私が……パーティーリーダーです。剣士兼ビーストテイマーで、こっちが――カーバンクルのディランです」
「……なるほどな。俺も冒険者歴は長いが、カーバンクルを使役するビーストテイマーには初めて会ったよ。期待してる」
クロウの目が一瞬、ディランに向けられる。
しかし、そこに自分のかつての仲間が宿っているとは、夢にも思わないだろう。