おっさん冒険者、カーバンクルになる4-3
灰の迷宮・深層入り口――そこに構築されつつある前線基地には、昼夜を問わず作業の音が響いていた。設営班の男たちが結界柱を打ち込み、魔力障壁を展開していく。しっかりとした設営とはいえ、ここは迷宮の深層に近い危険地帯。そのため、警戒を担う支援部隊たちは皆、常に神経を尖らせていた。
現在、警戒と外周の偵察を担当しているのは、ディラン達のパーティー。
「ディランさん、前方から複数の魔力反応が接近中です……」
ティナが草の上に膝をつき、地面にそっと手をかざした。魔力の波が彼女の指先から広がり、周囲の魔力を探知する。
「何体だ?」
「……八体。かなり早い。あと百メートルもないくらいです」
その報告にディランの瞳が細まる。
夜の闇の中でも周囲の木々を通して、ディランのカーバンクルの瞳は微かな動きを捉えていた。それは不自然な影……そして、頭頂部に目立つ鶏冠を持った巨大な鳥の魔獣だった。
「コカトリス……だな」
灰の迷宮中層から深層に棲息する大型の魔獣だ。
その特徴は鶏の様な外観。加えて麻痺を引き起こすブレス。中級冒険者でも単独では苦労する。
だが、その肉は見た目通り鶏の様で人気がある。コカトリスを専門に狙う冒険者もいるくらいだ。
「好奇心が強くて、人間の匂いや音に引き寄せられるんだ。キャンプを嗅ぎつけたら、設営班がひとたまりもない」
その習性からキャンプ特攻と揶揄される事もある。
実際、ディランも過去に設営したキャンプを少し離れた際に襲撃され、ものの見事に瓦礫の山にされたことがある。
ディランが立ち上がり、仲間を見回す。
「ここで迎え撃つぞ。俺たちで止める」
「もちろんです」
「わかった」
その時、セリスが小さく手を挙げた。
「師匠、試したい技があるんですが。もし成功したら、奇襲にもなるし……」
珍しく控えめな声だが、瞳には意志の光が宿っている。
「どんな技だ?」
「聖剣スキルの応用なんです。遠距離攻撃として使えるように、練習してました」
顔を赤くしながらも、しっかりと前を見据えるその姿に、ディランは頷いた。
「なら、初撃は任せる」
「はい、師匠っ!」
セリスは胸の前でそっと両手を重ね、目を閉じて小さく呼吸を整えた。薄く汗ばんだ額に光が差し込み、彼女の聖剣がわずかに輝きを帯びる。
* * *
「いきます!」
セリスは右腕を頭上に掲げた。その掌に、白銀の光が凝縮されていく。
「《聖槍》っ!」
光が槍の形をとる。
振り被り投擲されたソレはまばゆい閃光を放ちながら一直線にコカトリスの群れへと突き進んだ。
空気を裂く音。次の瞬間、一体のコカトリスが胸を貫かれて絶叫し、吹き飛ぶ。
「やった! 」
セリスが手を叩いて喜ぶが、他の魔物たちが咆哮を上げて突進してくる。
「わたしも行く」
フィサリスが短剣を両手に駆け出す。小柄な体に似合わぬ速さで滑り込み、コカトリスの足を切りつけた。
まるで踊るような足運びで次々と敵の注意を引きつけ、ひらりと跳ねる。
「援護します! 《アイスアロー》!」
ティナの魔術によ空気中に生成された氷の矢がフィサリスの攻撃の届かない群れの後方を狙い撃つ。
「このまま押しきるぞ」
そこへディランも跳び込む。鋭い爪で敵の目を狙い、数体の動きを封じた。
「セリス、あのデカいのが群のボスだ!」
「任せてください、師匠っ!」
襲撃に混乱するコカトリスの群にセリスも吶喊する。
コカトリスの麻痺性ブレスを聖剣の盾で弾く。
群のボスであろう、一番巨体のコカトリスの前に躍り出るとセリスは剣を横に振る。同時に、魔力による光の刃が生まれ、空気を切り裂く閃光がコカトリスを一掃する。
残った魔物たちも、それを見て怯んだ隙を突かれ、ティナの氷弾やディランの爪撃により次々と倒れていく。
戦場が静寂に包まれた。
「ふぅ……終わったか」
ボスも討伐し群も一網打尽、少なくともコカトリスの脅威は去っただろう。
「みんな怪我はないか?」
ディランがパーティーを見回す。
「はい、大丈夫です」
「私も問題ないです」
「ん、大丈夫」
魔力を消費したため、息切れはしているが怪我等はない様子。
「ディラン、これどうする」
フィサリスがコカトリスの死体を見下ろして呟いた。
「そうだな、死体は燃やすか埋めるかして処理しないとな。持ち帰れる分は持ち帰りたいが」
こんな格好の肉を放置しておけばさらなる魔獣を呼び寄せてしまう。
「任せて、荷物運びはポーターの役目だから」
大量の食材を前にフィサリスはフンと鼻を鳴らした。