おっさん冒険者、カーバンクルになる3-2
「ティナ!」
「はい!」
ディランの声に応じ、ティナは瞬時に杖を構えた。
刹那、冷気が周囲の空気を凍らせる。放たれたのは氷の嵐――《アイスストーム》。霧氷の礫が唸りを上げてスキルゲイナーへと降り注ぐ。
だが、氷塊は敵の前に構えられた盾の前で霧のように掻き消えた。まるで、そこには何もなかったかのように。
「魔法が……効いていない……」
ティナが呆然と呟いた。
一瞬、空気が凍りついた。敵が強大であることを理解するには十分だった。だが、誰一人として足を止めなかった。
「聖剣ッ!」
セリスが叫び、光の刃を纏った剣を振るう。放たれた一閃はスキルゲイナーの腹部を正確に捉えた――はずだった。
だが魔力の刃は、敵の鎧に触れる寸前で光の粒子となって消えてしまう。まるで最初からその一撃が存在していなかったかのように。
「くっ……!」
セリスが苦悶の声を漏らす。
「ん、通らない」
荷を下ろし機敏に動くフィサリスの短剣すら、鎧の表面をわずかに削るのがやっとだった。
「まずいな……」
ディランがポツリと呟く。その声には焦りこそないが、状況を静かに見極める冷徹さが滲んでいた。
そのスキルに、彼には心当たりがあった。
(聖女の盾……。まさか、あのスキルを取り込んでるのか)
かつてのディランを裏切ったパーティーの仲間、カエラが持っていたユニークスキル。魔力による攻撃をすべて無効化する絶対防御。それが『聖女の盾』だ。
本来なら女性にしか発現しないスキルだが、使用には問題ないということか。
「ディランさん、魔法の妨害はあの魔物のスキルでしょうか」
ティナが不安げに尋ねる。
「ああ。恐らくは聖女の盾の能力だ。厄介なのを取り込んでるな……」
「それは……厄介ですね」
その時、スキルゲイナーが静かに大剣を振り上げた。
「避けろ、セリス!」
ディランの叫びと同時に、セリスは一歩後退する。直後、炎を纏った剣が地を裂いた。爆風が巻き起こり、地面が赤く焼け焦げる。
「気をつけろ、あれを食らったら一溜まりもないぞ!」
ディランが怒鳴る。スキルゲイナーの炎の大剣は、単なる物理攻撃ではなかった。そこには別のスキルが付与されている。
「魔法を無効化するスキルに炎の剣……。師匠、どうしましょう……」
セリスが眉をひそめて言う。
「ディラン、こいつ硬い。全然通らない」
フィサリスも唇を噛んで悔しげに睨みつける。
「ディランさん、何かあの魔物の対処法などは……」
ティナが恐る恐る尋ねた。
スキルゲイナーは一度に複数のスキルを発動できない。しかも体が重いため、動きも機敏ではない。――通常であれば、それは大きな隙となる。だが、今回のように防御スキルが絶対的な強度を持っている場合、こちらの攻撃手段を封じられてしまう。
「ティナ、ありったけの魔法で奴の動きを止められるか?」
「はい、やってみます」
「フィサリス、俺と一緒に突っ込むぞ」
「ん、任せて」
フィサリスの獣耳がぴんと立つ。短剣を握り直し、鋭く息を吐いた。