おっさん冒険者、カーバンクルになる3-1
この灰の迷宮は、表向きこそ低難易度とされるが、深層へ足を踏み入れれば話は別だ。明確な死の危険が常に隣り合わせとなる。
「とりあえず深層に到達するって目標は達成したし、少しでも何かあれば撤退するぞ」
ディランの低い声が、静かな通路に響いた。
「はい、師匠」
「もちろんです、ディランさん」
「ん、了解」
三者三様の返答が重なる。
ここまで順調に潜ってきたとはいえ、迷宮が牙を剥くのは得てして油断したその瞬間だ。慎重に行動することに越したことはない。
「……とりあえず資源回収に徹する。今のうちに採集できるものを拾っておけ」
言うと、ディランは鼻をひくつかせた。微かに漂う金属の匂い。空気の流れが妙に冷たい。
そのときだった。
彼の耳がピクリと跳ねた。
「ティナ、可能な限り広範囲にマジックサーチ」
「は、はい!」
ティナが杖を掲げ、魔法を発動させる。淡く広がった魔力の波が周囲を包み、罠や魔力反応を炙り出していく。だが——
「ディランさん……!」
眉をひそめるティナに、ディランも目を細める。
「どこだ!」
「前方。近づいてきます!」
カン、カン……。
わずかに、金属を引きずるような音が、遠くから響きはじめる。
「……セリス、構えろ」
「はい、師匠!」
セリスが愛剣を両手で握りしめる。聖剣のスキルによって魔力が刀身を包み、光の刃を形づくっていく。
「魔力探知に反応しないって、どういう……」
ティナが困惑した表情を浮かべる。
「多分だが、魔力を隠す何かを使ってる。スキルか、あるいは道具か……」
「流石、幻獣の感覚」
フィサリスがそう呟いた。
緊張が張り詰める空気の中、音は徐々に大きくなる。そして、視界の先、闇の中から何かが姿を現した。
ギィ……ギィ……
それは、鋼鉄の鎧を身に纏った人型だった。二メートルを優に超える巨体。背中には風化したマントのような布。手には、地面を擦るようにして引きずられた大剣。
「師匠なんですか、アレ……」
「……たぶんだが、スキルゲイナーだと思う」
「……人間のスキルを奪うという」
ティナの声が震える。
彼女も知識だけでは知っていた。スキルゲイナーは人間を襲い、その鎧の中に吸収する。
正確には生存に必要な最低限以外を切り落とし、自らの一部として鎧の中に収納。中の人間は思考を奪われ、スキルを発動する為の道具として生かされる。
背筋を撫でるような寒気をティナは感じていた。
「厄介な相手だ」
ディランが低い声で言う。
つまり、この個体がどんな能力を持つのか分からないという事。
「今わかるのは、少なくとも魔力探知にかからない何らかのスキルを奪ってるって事だけだ……」