おっさん冒険者、カーバンクルになる2-5
静かな足音が、苔むした石床に吸い込まれていく。ダンジョン中層の終わりを告げる領域。ディラン達は、慎重な足取りで進んでいた。
ディランは、フィサリスの背負う大きなカバンからひょっこりと顔を出している。
カーバンクルくらいなら平気だとカバンに詰められてしまったので、仕方なくカーバンクルらしく大人しくカバンに収まっていた。
「この先を曲がった先に群れがいる気配。足音と……土を削る音。おそらくキラーラビットの集団だ」
「キラーラビット?」
セリスが眉をひそめた。
「鋭い角と牙、そして後脚の跳躍力を活かした突進が厄介な魔獣だ。だが、こちらから刺激しなければ……」
そのままそっと歩みを進める一行だったが、次の瞬間――
フィサリスがカバンのバランスを崩し、背負っていた袋のひとつが転がり落ちる。
ガラリと金属器具の音を鳴らしてしまった。
ダンジョンに響く、甲高い金属音。続けざまに、耳障りな唸り声と地を蹴る音。
草陰から飛び出したのは、十数匹を超える銀白の兎型魔獣。
「っ、まずい、群れが……!」
「師匠っ!」
セリスが剣を構え、叫んだ。
「くっ! ティナ、範囲魔法を!」
「アイスストーム、展開っ!」
ティナが詠唱を唱えると、空間が歪み、冷気が広がる。氷の礫がキラーラビット達を貫き、何体かがその場で動かなくなった。
残った数体が逃げ去り、ようやく静けさが戻る。
「すまない、助かったよ……ティナ」
「いえ、私達はパーティーですから」
「ごめん……足、引っ張った」
フィサリスがうなだれる。
「気にするな、俺も知識不足だったみたいだ」
ディランがフィサリスをなだめる様に言った。
中層の先。ダンジョンの奥まで進むと、空気が変わった。粘りつくような重い空気と、目には見えない圧迫感。それが「深層」という領域。
「ついに深層ですね……」
セリスの声に緊張が滲む。
目の前の通路は、今までよりもずっと荒れていた。地形も入り組み、足場の悪い箇所が増える。
「圧、強い……」
フィサリスが耳を伏せ、肩をすくめる。
確かに、空気が重たい。体の内側からじんわりと緊張が染み出してくるような、そんな感覚。長年ダンジョンに潜ってきディラン、その空気の違いにすぐ気がついていた。
「師匠……ここから先って、どんな魔獣が出るんですか?」
「俺の知ってる限りじゃ、ゴブリン・シャーマン、オーガ、あとは大型のアンデッドとか。魔物が混ざる階層だ。魔獣とは違って、連携してくるし、知恵もある」
「面倒……」
フィサリスが短くつぶやくと、ティナが笑う。
「でも、パーティーを組んでるから、乗り越えられるよ」
「ん、がんばる」
四人の気持ちは、どこか静かに一つにまとまっていた。