おっさん冒険者、カーバンクルになる1-1
俺の名前はディラン。
スキルなし、魔法なし、剣も平凡。戦闘で目立つようなことは、何一つできない。
だが、ダンジョンでの地図作成、罠解除、古代語の読解、魔物の生態把握――そういう「地味な仕事」なら任せろと胸を張れる。
この道二十年。冒険者として、若者たちの支えになって生きてきた。
そう、そのはずだった。
* * *
「おっさん、こっちの道……罠があるって言ってませんでしたっけ?」
先頭を歩くカイラが、振り返って文句を言ってきた。険のある声だ。
「罠はある。けど、それを外れたルートで通れば安全だ。確認したか?」
「してないけど……」
「じゃあ黙ってついてこい」
俺は壁に張りつけた紙の地図に目を走らせながら、深層第九層への階段を下りていた。
リーダーのロイドと、斧使いのジグも無言だったが、雰囲気はずっと重いままだ。
嫌な予感が、ずっと胸を締めつけていた。
* * *
そして、それは現実になった。
「……ここまででいい」
後方から聞こえたロイドの低い声。振り返った瞬間――
ズバッ
背中に、鋭い痛みが走った。
熱と冷たさが一度に押し寄せ、視界がぶれた。
「……がッ……!?」
振り向けば、血に染まったロイドの剣があった。
信じられず、言葉が出なかった。
カイラとジグは、目を逸らしていた。
「すまねえなぁ、ディラン。俺たちは、この先を生きて越えたいんだ」
「……な、ぜ……」
「お前が足手まといだからさ。カエラは魔力を無効化スキル「聖女の盾」、ジグには「怪力」、俺には「炎刃」がある。だが、お前になんのスキルがあるんだ? おっさん」
そう言って、ロイドは俺のポーチを引ったくり、回復薬と食料を奪い取った。
足元がふらついて、膝をつく。体が、どんどん冷えていく。
「物資も全部もらってくぜ。……お疲れさん、おっさん」
最後に、そう呟いてロイドたちは背を向けた。
誰も振り返らず、誰も名を呼ばず、ただ無言で階段を下っていった。
* * *
暗闇の中、魔物の唸り声が近づいてくる。
もはや立ち上がることもできず、剣も握れない。
ああ……俺の人生、こんな形で終わるのか。
誰にも知られず、誰にも感謝されず、ただ“使い捨て”として――
* * *
「ディランさん。お疲れさまでした」
次に目を開けたとき、そこには光に包まれた神域が広がっていた。
目の前には、白銀の衣をまとった女性――女神ノアが微笑んでいた。
『あなたは長いあいだ、誰かのために歩んできました。けして華やかではない、でも確かな足取りで』
「……俺が? 俺なんか……」
『けして報われなかった人生かもしれません。だからこそ、あなたに、もう一度歩む権利を』
「生き返るのか……?」
『いえ、形は変わります。ですが、魂はあなたのままです』
その言葉を最後に、意識が深く沈んでいく。
* * *
「ぴゃっ……!?」
目を覚ました俺は、自分の姿に唖然とした。
手足は短く、体毛は柔らかく、額には宝石が輝く。
水たまりに映ったのは――ふわふわの魔獣、カーバンクルだった。
「マジかよ……これ、俺……?」
喋ればちゃんと声が出る。記憶も残ってる。
だけど、もう人間には戻れないらしい。
「もういいさ……誰にも使い捨てにされない場所で、のんびり暮らそう」
俺はちぎれそうな心を抱えながら、ダンジョンの出口へ向かって歩き出した。
* * *
数日後。浅層に差しかかる通路で、俺は出会った。
剣を携えた、銀髪の少女――セリス。
その顔を見て、俺の心は跳ねた。
(あいつ……あの子は……)
かつて、初心者の頃に数日だけ俺のパーティーにいた、あの少女。
彼女は俺の姿を見て、一瞬驚き、そして――
「……カーバンクル? でも、そんな瞳……もしかして、師匠……ですか?」
俺は、静かに頷いた。
「おう。喋るカーバンクル、ってやつだ。正体は、ディランだ」
「……やっぱり、師匠……!」
セリスの瞳が潤む。
「たとえお姿が変わっても、私にとって、師匠は師匠です!」
「お、おい……いきなり何を……」
「私、今は一人で冒険しています。でも、もしよろしければ――私と一緒に、ここから脱出していただけませんか?」