私たちの初めての出会い
「あの日のことは一度たりとも忘れたことはなかったよ…」
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ユリアとの出会いは十三年前の春だった。
ここ、フェルナリア王国と隣国のヴァルグア王国の親交をより深めるために行われた式典にエルディアス家が招待された。当時の俺はまだ8歳。王族としての立場を薄々理解してはいたが、人混みや人と関わるのが苦手でその場から逃げ出していた。
そんな時、裏庭にある花壇の前にしゃがみ込んで肩を震わせながら泣く一人の少女がいた。その子はまだ小さく、周りを見ても大人の姿はなかった。人と関わるのは苦手だが、その時は声をかけなければと思い咄嗟に声をかけた。
「……ねえ。君、どうしたの…?」
俺が一言声をかければビクッと体を震わせ、こちらを向いた少女。その子の顔を見た瞬間、俺は胸が高鳴った。綺麗に伸びた黒髪に透き通った瞳。目が合った瞬間、引き込まれたように目が離せなくなった。
「……おかあさんが…いなくなっちゃったの……」
そう言う彼女はまた泣き始めた。
(やっぱり迷子か……)
すぐに見つけないと…
それに、この子のお母様もきっと必死になって探しているはずだ…
「大丈夫。一緒に探そう…!」
「うん…!」
俺が手を差し出すと満面の笑みを浮かべて小さなその手を重ねてくれた。
俺は手を引いて、会場の中を探す。
泣いていたはずの彼女はいつのまにか一人じゃないと安心して涙が止まっていた。
「お兄ちゃん、名前は?」
「レオンだ。レオン・エルディアス。」
「かっこよくていい名前だね!」
そんなことをエルディアス家の人間以外から言われたのは初めてだ…今度は俺に見せるその満面の笑みに俺の胸がまた高鳴った。
「君の名前は?」
「私はユリア!ユリア・フレイン!」
そう名乗った少女はまるで太陽のようだった。
少女を家族の元へ連れて行ったあと、別れが寂しかった。
またいつか会えると信じてこの十三年間、一度も忘れたことはなかった。
当時はまだ、幼かったせいで俺は胸の高鳴りの意味を知らなかった。だが、成長していくにつれて気づいたんだ。あの胸の高鳴りは恋の始まりだったのだと…
君に会いたい。君を妻にしたい。君のそばにいたい。君を幸せにしたい。君に触れたい…
俺はずっとそう願っていた。
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「そして今に至るんだ。」
式典…レオン様の話を聞いて思い出した。
確かに5歳の頃、私は迷子になって一人の年上の男の子に一緒になってお母様を探したわ……
実はその光景は夢で見ていたの…
誰かに手を引かれて歩き回る夢。
だけど、それがどこなのかも、私の手を引く男の子が誰なのかも分からなかった。
「私は…夢で幼い私の手を引いて一緒に歩き回る男の子の夢をよく見ていました……。今、思い出しました…私が迷子になったことも…一緒になって探し回ってくれた男の子がレオンと言う名前の男の子だったことも……。それが、レオン様だったのですね。」
「ユリア。君はあの時から何も変わっていない。綺麗に伸びた黒髪も、その透き通った瞳も…やっと、君のそばにいれる…」
レオン様の言葉に胸がだんだん熱くなっていくと同時に鼓動がうるさく鳴り響く。
私はなぜ彼を“悪魔”だと思ったのだろう…
噂を信じて彼を“悪魔”だと思い込んだ。
私は最低だ…
「レオン様…」
「ん?」
「申し訳ありません。」
「え?なぜ謝るんだ…!?…俺との婚約は嫌で断るということか…?」
「違います…!謝らなければならないのです…。私は噂を信じ、レオン様を“悪魔”のような人だと思い込んでいました。でも、それは違った…私を助けたり、私の意思を尊重するような優しいレオン様を…“悪魔”だなんて…本当に…申し訳ありません…」
謝らなければ気が済まなかった。
そんな風に思っていた自分が許せなかったから。
そんな私に優しく声をかけるレオン様。
「ユリア、頭を上げてくれ…俺はそんなこと気にしない。その噂にも、そのあだ名にも慣れてしまったからな。」
(レオン様は本当に優しい人だ…)
「ユリア、約束してくれるか?」
「何をですか?」
「これから先、何があっても俺のそばにいると…約束してくれないか…?」
私はその言葉に大きく頷いた。
「約束します。あなたのそばにいることを…」
「ありがとう…。」
私はこれから、レオン様のそばにいる。
これが私の一つの決意なの。
そういえば、契約を結ぶための私の望む条件を一つも言っていなかった…
「レオン様。」
「どうした?」
「先程言っていた、私の望む条件についていくつかよろしいですか…?」
「ああ、構わないよ。」
「ありがとうございます。」
私はレオン様と話すうちに思いついた条件を伝えることにした。
「一つ目、寝室は共にすること。どれだけ忙しくても寝室に必ず来て、休んでください。二つ目、食事も必ず一緒に取ること。余程のことがない限り、食事は一緒がいいです。」
「分かった。」
「まだありますよ。三つ目、必ず二人だけの時間を少なくとも週に一度は作ること。私とレオン様はお互いをよく知りません。ですので、二人だけの時間を作り、お互いを知っていきましょう。四つ目、嘘はつかないこと。嘘はいつかバレます。だから、いつだって正直に。もし嘘をついたのなら謝ればそれでいいんですけどね。」
「…。」
「最後の五つ目、二人で幸せになること。」
「え…?」
「レオン様。先程、レオン様は“悪魔”と呼ばれることに慣れたと仰っていました。ですが、それに慣れてしまうのは良くありません。それに先程そう言ったときのレオン様の目はすごく辛そうに見えました。だから、みんなにも知ってもらいましょう。レオン様は“悪魔”なんかじゃないと。そしてレオン様は私を幸せにすると言いましたが、私も同じです。」
「同じ…」
「はい。私もレオン様を幸せにします。だから、二人で幸せになりましょう。これが最後の条件です。」
私のその言葉に優しく微笑むレオン様。
「ありがとう…。ユリア……!」
その表情に釣られるように私も気づけば笑っていたみたい。
「やっと、その笑顔を見れた…十三年間恋焦がれたユリアのその笑顔を…」
「…っ!」
甘く優しいその声に私の胸は高鳴っていた。
昨日婚約を破棄され、今日突然、レオン様と婚約を結んだのに、もう胸が高鳴ってしまうなんて…
普通じゃ考えられない…
だけど、胸の高鳴りに納得してしまうのは、彼がきっと、私の初恋で、私のたった一人の初めて見つけた王子様だからだと思う。
「ユリア。」
「はい。」
「触れても…いいのか?」
そう言われて少し動揺してしまう。
「…?どうして聞くのですか…?」
「条件に触れていいのかダメなのか何も入れていないから気になって…触れるのがダメなら触れない…外でも手を繋いだりもしないから…」
「…条件に入れてないということは…そういうことですよ…。…っ!」
私がそう言うと私を勢いよく抱きしめるレオン様。
自分の顔が熱を帯びていくのが自分でも分かった。
「こうしてもいいのだな?どこにいても君に触れてもいいのだな…?」
「…はい…。レオン様。」
「分かった。ユリア。君を離さないよ。俺は、君が思っている以上に、嫉妬深くて、欲深い男だ…。ずっと、俺だけのユリアだ…。」
(それは…ちょっと怖いかも……)
彼の独占欲は恐怖に似ているのかもしれない。
だけど、その独占欲にまみれた彼の私を見るその目に温かさを感じてしまう私も相当、独占欲があるのかもしれない…。
こうして私たちの条件付き政略結婚生活が始まった。
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