契約と条件
アンナも自分の部屋に帰ったことで一人部屋に残された私は今日あったことを思い出しては、ため息をついてしまう。
(どうしてこうなったのだろう……)
だけど、不思議と涙は出なかった。
多分、国境を超えた時点で私は覚悟が出来ていたんだろう。もう、どうすることもできないと…。
それよりも、気になるのはレオン王子が言ったあの言葉……
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「……ようやく手に入った…」
「君が俺のものになるまで、これほどまで時間がかかるとは……」
「俺はずっと君を見ていたよ。」
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この言葉たちが頭から離れない…
私たちは今日が初対面のはず…
それなのに、レオン王子はまるで私を前から知っているような口ぶりだった。
私が忘れているだけで、会ったことがあるのかしら…
だけど、噂になるほどの彼が目の前に現れたらみんな分かるはず…それは私も同じ…それなのに、彼がヴァルグア王国に来たという話は聞いたことがない。
だけど、彼の冷たくも熱を帯びたような目は嘘を言っているようには見えなかった…
なら、一体どこで……
(はあ……考えても仕方がないわ…いつか分かるその時を待ちましょう……)
ベッドに横たわり天井を眺める。
(明日からどうしよう……)
この国に何があるのかも分からない。
どういう国なのかもよく知らない。
そんな右も左も分からない状態に不安が募っていく。だけど、今の私はただ怯えて一歩踏み出すのが怖いだけ。そんな状態では、この国ではやっていけない。
私は決意した。
まずはこの国を知っていこうと…
それに、レオン王子の妻になる以上、彼に相応しい人でいないとね。
その時、扉がノックされた。
───トン、トン、トン
「はーい!」
私の返事を聞いてから扉が開く。
入って来たのはセレンだった。
「ユリア様、レオン様がお呼びです…!」
「い、今!?」
「はい…!執務室にてお待ちです…!」
「…分かったわ…案内してもらってもいいかしら?」
「かしこまりました…!」
「ありがとう。」
もう夜なのに、一体何の用があるのかしら…
私はセレンの後ろについて行き執務室へ向かった。
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私は執務室の扉を開けて一人で部屋に入る。
執務室は黒を基調とした部屋で家具は白で統一されていた。
机に向かって座り、書類に目を通しているレオン王子。その表情は真剣で凛々しく、まるで彫刻のようだった。
「…来たな。」
「はい。お呼びだと聞きましたので…」
「ここに座るといい。」
レオン王子の指差す向かいの席に座り、彼と向かい合った。
「ユリア。君と契約について話そう。」
「…契約…?」
私が聞き返すと頷くレオン王子。
「君との婚約はいわゆる政略結婚にすぎない。だが色々と不安だと思う。政略結婚とはいえ、俺の妻になるのだ。そこで、君の望む条件を決め、契約を結ぼうと思う。」
「私の望む条件…ですか?」
「ああ、そうだ。」
彼は優しい声で分かりやすく説明してくれた。
「例えば、夫婦で寝室は別にするであったり、公の場でのスキンシップは断るとか、お互い、自由な時間を設けるなど…ユリアの嫌なことやこれだけは譲れないことなどを条件に決めてくれ。君が決めたことは全て尊重する。」
そう話すレオン王子はみんなが言う“悪魔”とは程遠いほど、冷静で私を尊重してくれている。
(この人が“悪魔”だなんて……)
「レオン王子殿下。」
「レオンでいい。」
「…レオン様。どうしてそこまで私を尊重しようとするのですか…?」
「当たり前のことだ。知らないこの国で生きていくことさえ不安なのに、君は“悪魔”と呼ばれ、誰もが恐れる俺の妻になるんだ。俺は君をずっと知っているが、君からすれば俺は噂でしか知らない人間だ。そんな人間とこれから生涯を共にするなど、不安になるだろう。だからだ。」
そう言って視線を下に落とすレオン様。
「俺は、ユリアを大切にしたいんだ。」
そんなレオン様の目は真っ直ぐ私を見つめていて、私はその視線に釘付けになった。
(どうしてこの人の言葉は暖かく感じるんだろう…)
心にスッと溶け込むように入り込んでいく。
「レオン様…」
私は自然とレオン様の名を口にしていた。
「ユリア。君が望むならこの婚約はただの表向きのもので構わない。自由を奪いたくはないから。それと……君に一つ謝りたいことがある…」
謝りたいこと…?
私に…?
レオン様が私に何かしたかしら…?
全く覚えていない…
「君を俺の“所有物”と言ったことだ…すまない。」
ああ…そう言えば言ってたわね…
でも、忘れていたってことはそれほど気にしていないというなによりの証拠なのに…本当にこの人は“悪魔”と呼ばれるレオン・エルディアス王子なのだろうか。今までの私なら彼を“悪魔”だと思い込んでいたはず。だけど今、彼と話していて分かった。彼は“悪魔”なんかじゃない。ただ、不器用なだけで誤解されやすいんだわ…
所有物と言われたことは全く気にしてはいない。だけど、そう言ったのには何か理由があるはず…
「…レオン様。なら、なぜ“所有物”と仰ったのですか…?」
「……。」
私がそう質問すれば、目線を逸らすレオン様。
そしてレオン様はそのまま話し始めた。
「あれは、その……感情が先走って出た言葉だったんだ…君と婚約出来る。君のそばに居られる。そう思うとどうしても抑えきれなかったんだ…それで…」
やっぱり、この人はただ不器用なだけだ。
彼のことが一つ分かった気がして嬉しい。
この際、聞いてみようかな…
「レオン様。あの時、“君が俺のものになるまで、これほどまで時間がかかるとは……”と仰っていました。教えてください。私たちが会うのは今日が初めてではないのですか…?」
ここでしか聞けない。
レオン様も忙しいだろうから、今二人でいるこの瞬間がその謎を聞けるチャンスだった。
するとレオン様は優しく微笑んだ。
「当時、俺はまだ8歳ごろだったが、ユリアはそのときはまだ5歳ぐらいだっはずだ…君が覚えていないのも無理はない。」
私が5歳ぐらいの時に会ったことがあるの…?
5歳の頃…何かあったかしら…
「あれは冬が過ぎ、暖かくも涼しい風の吹く十三年前の春の頃だった。」
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