嫌な予感は当たる
アンナに案内されて私は書斎へ向かった。
屋敷の窓から見えるのは騎士たちの姿。
この屋敷の警備。
普通なら安心するだろうけど…
今の私は全く安心できない。
何か起こりそうで胸騒ぎがするの。
こう…嫌な予感って感じ…?
…気にしすぎたら本当に何か起こりそう…
考えるのはもうやめた。
「ユリア様、ここが書斎ですよ…!」
アンナは扉を開けて中に入る。
私もそれに続くように中に入った。
部屋の中には沢山の本棚。
入りきらなかったのだろうか。
机の上に何冊も本が積み重ねられていた。
本棚の本の中にはしおりが挟まった本も何冊かあってここにはよく人が来ているんだろうと分かる。
それに、窓もあって外から日差しが差し込む。
沢山の本の香りが私の鼻に吸い込まれる。
(落ち着く匂いだわ…)
「ユリア様、いかがですか?」
「素敵な場所ね…ありがとう、アンナ。ここに連れてきてくれて。」
「メイドの仕事ですから…!」
そう言って明るく笑顔見せるアンナ。
アンナは私の表情をよく見ている。
だから、体調が悪いときも私自身より先に気づくぐらい私をよく見ている。フレイン家にいるときから私は本をよく読んでいたし、一人で庭に行くことさえ出来ない私を心配してここを選んだんだろう。
ここなら一人でも安心できる場所だろうって。
確かに、書斎は静かだし本を読むときは集中できる。だから安心出来るかもしれない…。
「そういえば聞いた話なのですが、窓側の一番端にあるあの本棚、あそこにある本はレオン様がよく読んでいるようですよ…!」
レオン様がよく読んでる本…
どんな本なのかしら…
私が読むのは大体推理小説だけど…
レオン様はどうかしら…
「ありがとう教えてくれて。」
「いえいえ…!では私は一度昼食の準備を手伝ってまいりますので…!失礼します…!」
「分かったわ!ありがとう。」
そう言ってアンナは書斎を出た。
書斎の中に残るのは私ただ一人。
書斎の外にはクリストフさんがいるし、大丈夫。
私はアンナが教えてくれた窓側にある一番端の本棚を見る。
(レオン様がよく読むのはこの本棚にある本ね…)
本棚を見れば詩集や歴史書もあるけど…
(私と同じだ……。)
詩集や歴史書よりも多くあったのは推理小説だった。その中には私が好きな推理小説がいくつもあった。
(レオン様も推理小説が好きなのかしら?…それならいいのに…。)
私はまだ読んだことのなかった一冊の推理小説を手に取った。椅子に座り本を開く。
最初は集中出来なかった。
不安でどうにかなりそうだったから。
でも、いつの間にか1ページ1ページ読み進めていくにつれて、小説にのめり込んで集中出来た。
(なかなか面白かったわ…)
気になっていた小説だったこともあってすごく読んでいて楽しかった。内容も面白くてすごく見応えがあった。レオン様も読んでいたらいいなぁ…
──トン、トン、トン
「ユリア様。」
「クリストフさん…」
書斎に入ってきたクリストフさん。
「私たちに、さん付けなど必要ありません。それより…安心出来ていますか…?」
「…ええ。なんとか。」
こうやって安心できているかどうかも大事なのだろう。ここまで気を遣ってもらうのは恐れ多く思うけど、今は有難く思う。
「それなら良かったです。」
私はそう言ったクリストフさんを他所に他の小説も読んでみようと思いさっきまで読んでいた小説を元の場所に戻し、どの本を読むか考えているときだった。
──パリンッ
「…っ!」
何、今の音…
何か割れたような音…
慌ててクリストフさんがやって来た。
その時だった。
──パリンッ
「伏せて!」
そう言って私の上に覆い被さって落ちてくる窓の割れていく破片から守ってくれる。
(どうして…警備は万全のはず…)
そして破片の近くで見つかったのは一本の矢。
「ここは危ない。今すぐこの部屋から出ましょう。」
私はクリストフさんに掴まり、身を屈めながら書斎を出た。窓の割れた音が聞こえたのか書斎の外に出た途端ちょうどスターレフさんと私のメイドのアンナが来ていた。
「クリストフ副団長。ユリア様に怪我は?」
「ない。外の警備は一体どうなっているんだ。」
「窓から侵入されているかもしれません。俺は書斎に入ります。」
「ああ、頼む。ユリア様は私と共に部屋へ。」
「は、はい…。」
私はアンナと共に部屋へ向かった。
クリストフさんに守られながら…
入った部屋は私とレオン様の寝室。
窓から離れた場所に座る。
「ユリア様。戸締まりの確認はいたしました。ここから一歩も外には出ないでください。一応、この部屋にも鍵を閉めておきます。必要な物があれば私に。」
「あ…ありがとうございます…」
失礼しますと言って出ていったクリストフさんは言っていた通り部屋に鍵をかけた。
「ユリア様、大丈夫ですか…?」
不安そうな表情を浮かべるアンナ。
「ええ…大丈夫よ…。だけど、アンナはどうして書斎に?昼食の手伝いに行ったんじゃなかったの…?」
「昼食の手伝いが終わったので、紅茶を持って行こうと思って…」
本当だ…アンナの手には紅茶のセットがあった。
「ユリア様、これに気づかないほど混乱していたのですね…。」
「ごめんね…アンナ。わざわざ用意してくれたのに。」
「いえ、よろしければ今淹れましょうか…?」
「お願い。」
「かしこまりました。」
アンナが淹れた紅茶からいい匂いが。
「この紅茶は?」
「これはラベンダーティーです。セレンが教えてくれたんですよ…!落ち着きたいときや、不安なとき、疲れたときは飲むといいらしいです。」
私にはピッタリの紅茶ってことね…
「アンナ、ありがとう。アンナも最近疲れているでしょ?一緒に飲みましょう。」
「よろしいのですか…?」
「ええ。」
「ありがとうございます…!」
アンナも自分で紅茶を淹れた。
「「いただきます。」」
一口飲めば口の中に香るいい香り。
確かに落ち着くわ…
「美味しいわね…」
「そうですね…。こうなるならクッキーでも焼けばよかったですね…!」
「そうね…。」
アンナはこういうときすごく元気付けようとしてくれる。そんなアンナに私はいつも感謝しているの。これほどまで私を理解し、安心させるメイドは他のどこを探してもいないわ。
「ユリア様、私が書斎へ行こうと言わなければ…」
自分を責めるアンナ。
「アンナのせいじゃないわ。私が窓のそばに行ったのが悪いの…」
「でも、それも私が教えたから…」
「やめなさい、自分を責めるのは。私はアンナを信頼しているの。アンナの言うことに今まで間違いなどあった?無かったわ。あなたは何も悪くない。一番悪いのは私を狙い、この幸せな日々を壊そうとしている犯人よ。」
アンナは俯きながら肩を震わせていた。
アンナが泣くのは初めて見る…
私が婚約破棄された日でも泣かずにただ不安そうな顔で見つめるだけだったのに…
そんなアンナが泣いている。
私はアンナを抱きしめることしかできない。
「アンナ、大丈夫だから。きっと…なんとかなるわ…。レオン様がなんとかしてくれるわよ…。きっと…。」
「ユリア様…。」
私はアンナが落ち着くまで背中を撫で落ち着いたところでまた紅茶を飲み始めた。
──トン、トン、トン
ノックの音で身体が震え上がった。
だけど鍵が開いた音でクリストフだと分かった。それなのに…
「…あなた…誰…。」
昨日の夜に見た暗殺者と同じように黒い布で隠れた顔。それを見て私は身体が固まった。
(クリストフは…?スターレフは…?もしかして…やられた…の?)
王都が派遣してきた騎士団がやられるなんて、あり得ない。なら、どうして…
「ユリア様、後ろへ…!」
アンナが震えながらも私の前に行く。
「アンナ、ダメ…!」
だけどアンナは私の言うことを聞かない。
手を広げて私の盾になろうとしている。
このままじゃ…アンナが…
「ユリア様に近づくことは私が許しません。」
そう言うアンナに剣を抜く暗殺者。
(ダメ…このままじゃアンナが斬られる。ダメ…アンナ…)
「やめて!!アンナを斬らないで…!あなたが用のあるのは私でしょ?関係のないアンナを傷つけることは私が許さない。」
そう言うと暗殺者はアンナを突き飛ばす。
そして私の前にやって来た。
ここで終わるんだ…
私の人生…
レオン様の帰りを迎えることもないまま…
最後に私が感じたのは、首の痛みとアンナが私を呼びながら泣き叫ぶ声だった…。
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