恐れていた一つのこと
翌日、私とレオン様は屋敷の庭でお茶をしていた。二人で紅茶を飲みながら色んな話をした。
「ユリア、ユリアは何の花が好きだ?」
「んー…。私は薔薇が好きです…!」
「どうしてだ?」
「綺麗だからですかね…。」
「ユリアみたいだ。」
…それって私を綺麗だと言ってるの…?
「わ、私は薔薇ではないので!」
そう言えば笑いながらクッキーを食べるレオン様。私もそれに釣られるように笑いクッキーを食べていたそのときだった。
一台の馬車がやって来て屋敷の敷地内へ入って来た。
「今日は何かご予定でもありましたか?」
私が聞くとレオン様は首を振った。
「いや、今日も特に予定はないはずだ。なら…。まさか…。」
レオン様もそう思ったのだろう。
私もレオン様が予定はないはずと言った瞬間にもしかしてと思った。出来ればその予想が外れてほしかったのに…。
馬車から降りて来たのは、アルガド公爵とアリス……。だけではなかった。
「どうして…お父様とお母様が……。」
恐れていたことが一つ起きた。
昨日、ジェリス国王陛下が私の両親を連れてくるのではないかと仰っていたけど…。
まさかこんなに早くその日がくるなんて。
「ユリア。久しぶりだな。」
私にそう声をかけるお父様。
「お久しぶりです…。お父様、お母様。」
私は一歩ずつ後退りしてしまう。
怖い…。この人たちが…。
そんな私を見てレオン様が私の前に出る。
「ユリア。先に屋敷に入っていろ。俺がなんとかする。」
私の恐怖を感じ取っての行動だと思う。
でも、いつもレオン様に頼ってばかり…
そんな自分に嫌気がさす。
「レオン様、私は大丈夫です。私もここにいます。」
私の言葉に少し顔をしかめたレオン様だけど、一つだけ条件を出された。
「良いが、一つ条件がある。」
「なんでしょうか?」
「ずっとそばにいろ。俺の手を握り、ただそばにいろ。」
その言葉はその場にいたお父様たちに聞こえるように放たれた。
「もちろんです。そばにいます…!」
私はレオン様と共に屋敷へ入り、お父様たちもそれに続いて屋敷に入った。
「アルガド公爵。どういうつもりだ。昨日あれほど断ったはずだ…」
呆れたように聞くレオン様にアルガド公爵は笑う。
「あははっ!いや…今日は私からではなく…。そちらのユリア嬢のお父様とお母様からユリア嬢にお話があるようでして。連れて参っただけですよ。」
また不気味な笑み。
その笑みを見れば何かを企んでここへ来たのはすぐに分かる。
「ユリア、ヴァルグア王国へ帰ってきなさい。」
「お父様、私はもう、レオン様と生涯を共にすると決めました。帰りません。」
するとお父様はテーブルを強く叩いた。
───バンッ
「いい加減にしろ。リューク王子がお前を待っている。それにここにいるアリス嬢がレオン王子との婚約を望んでいるんだ。それに、お前のような女に“悪魔”が相手にするとでも思っているのか。馬鹿が!お前は馬鹿だから騙されてるんだぞ!」
“悪魔”。
レオン様を知らないから言える単語。
私はもう彼を知った以上、その単語は絶対に口にしない。だって彼は“悪魔”とは程遠いから。
それに、馬鹿と二度も言ったわよ…
ほんと…笑えるわ…
馬鹿なのはどっちなのよ。
「お父様。今、レオン様に対し“悪魔”と仰いましたね。」
「だからなんだ。」
そのなんとも思っていないような表情…
腹が立つ。
「取り消してください。」
「なんだと?」
「レオン様は“悪魔”だと言ったことを取り消してくださいと言っているのです。それが分からないのですか?」
「誰に対してものを言っているんだ…!!!」
突然立ち上がったお父様は手を上げる。
思わず私は目を閉じた。
だけどいつまで経っても痛みはやってこない。不思議に思った私は目を開けた。
すると私の目の前でレオン様が庇うようにお父様の腕を掴んでいた。
「…っ!」
「フレイン家公爵。俺への挨拶もなしにユリアは話しかけるとはいい度胸だ。それにも関わらず、ユリアに手を上げようとするとは…。」
「ちがっ…」
「何が違う!実の娘を傷つけようとするとは…それが親のやり方か!お前は今、ユリアを馬鹿だと罵ったな…。馬鹿はお前たちの方だ。」
「申し訳ありません!レオン王子!」
そう言うお父様はレオン様に土下座をしているその姿は哀れな姿だった。
「私、ユリアの父であるロドリゲス・フレインと申します。こっちにいるのは私の妻でありユリアの母サリーであります。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません…!」
「ああ。」
レオン様が放った言葉は相槌のただ一言だけだった。
そんなレオン様にお父様は話しかけ続ける。
「レオン王子、娘を返してはいただけませんか?娘にはヴァルグア王国で自由に暮らしてもらいたいのです。それに、ユリアは異国の地で不安になっているはずです。どうか娘を自由にしてください。」
自由…?
あの国にいて私が自由になれる?
それならもっと早くに自由になってるはずよ。
嘘ばかりじゃない…
どうせ、私がヴァルグア王国に帰ればあなたたちに縛られて駒になって人生を終えるだけ。私にもう一度その暮らしをしろと言っているの?ふざけないで…私はもう…自由になりたいの。もうあなたたちの駒になるのは嫌。
「お父様。」
「お前は黙っていろ!」
私にはいつも強気なのね…
相変わらずお父様は私を怒鳴るばかり。昔からそう。都合の悪いことや気に入らないことがあればすぐに私に当たっては怒鳴りつける。お母様は今みたいに何も言わず、お父様の行動をただ傍観するだけ。
だから私はずっと思っていることがあるの。
“絶対にあなたたちみたいにはならない”ってね。
「ロドリゲス公爵。俺はユリアを手放す気などない。それに、ヴァルグア王国に帰ったところで自由にはなれない。なぜならお前たちがいるからな。」
「レオン王子。今の発言は聞き捨てなりません。フレイン家を侮辱するということはそこにいるユリアも侮辱しているのです。ユリア、これで分かっただろ?レオン王子はお前を1ミリも愛していない。お前は騙されてるんだ。」
「ロドリゲス公爵。勘違いしているようだな?」
「勘違い…?」
「お前たちがどのような手を使ってもユリアは永遠に俺の妻だ。ここに来たときからユリアの名は、ユリア・フレインではなく、ユリア・エルディアスだ。俺はユリアを侮辱はしない。」
「……。」
黙ってしまったお父様に追い打ちをかけるかのようにレオン様は話す。
「お前は今、俺がユリアを1ミリも愛していない。ユリアは俺に騙されていると言ったな?」
「ええ、言いました。どう見ても、ユリアよりもアリス嬢の方が魅力的で全てにおいて完璧です。我ながら私の娘は私たちがいなければ何もできない世間知らずの娘ですから。」
そう堂々と話すお父様に私は呆れる。
それはもちろんレオン様も同じらしい。
レオン様の表情を見れば大体分かってしまう。
今どう思っているのか、どう感じているのか、感情が顔に出やすい…というのがあっているのかもしれない。
「ユリアが世間知らずか…全くそうは思わないが?礼儀を知らないお前たちの方がよっぽど世間知らずだ…。お前たちは何も知らないだろう。俺がどれほどユリアを愛しているのか…。」
そう言って突然立ち上がるレオン様。
そして突然私の背後へいき、後ろから抱きしめられる。
(…!!)
突然のレオン様の行動に頭が追い付かない。
(レオン様…一体何を考えているの…!?)
レオン様は私の耳元で話し始める。
「ユリア、俺は君の意見が聞きたい。ユリアはヴァルグア王国へ帰りたいか?」
私は首を横に振って答える。
「そうか。俺は愛しているが、ユリアは俺を愛しているか?」
私はレオン様の方に首を向け至近距離で目を合わせた。
「愛しています。レオン様…」
私の言葉に微笑むと迫ってくるレオン様の彫刻のように整った顔。私は自然と目を閉じた。周りにお父様たちがいても関係ない。これは多分、レオン様が考えた作戦のはずだから。
そして近づいた顔が止まったのは私たちの唇が触れ合ったから。長く触れ合う唇。レオン様に軽く手を添えられる後頭部に離れることは許されない。私は目を瞑りながら今、何が起きているのかは分からない。
だけど、私が思うことはただ一つ。二度と私の自由、そして彼との二人の時間を邪魔しに来ないでくれと願いながらレオン様に身を委ねた。
そしてどれくらい経ったのだろう。
レオン様の唇が離れた。
私はそれと同時に目をゆっくりと開ける。
目の前には優しく微笑み私の頬を撫でるレオン様。
「もう帰ったよ。ユリア、大丈夫か?」
帰ったのね…
良かった…。
「大丈夫です…。レオン様、ありがとうございます。」
「妻を守るのが夫の役目だ。俺は当たり前のことをしただけ。」
私を安心させてくれるレオン様という存在が私にとって人生の一部になって欠かせない存在になっていると感じた。
「ですが、レオン様。突然、あんなに大胆な行動を取るのはやめてくださいね!」
私の言葉に首を傾げるレオン様。
「なぜだ?」
「私の心臓が持ちませんから!!…あっ…」
(言ってしまった……)
私がチラッとレオン様な顔を見ると真剣な顔でこちらを見ていた。
(…私、もしかしてまた言ってはいけないこと言ってしまった…?)
私は思い出した。
私がレオン様にかわいいと言ったときのことを…
やばい…どうしよう…
内心焦っていた。だけど、レオン様は何もしてこない。
「…レオン様?」
「ユリアは、もう俺のことが相当好きみたいだ…」
(…っ、)
そうか…
私はもう、レオン様が好きなんだ…
いや、日々少しずつ愛してるなんて言ったけど、もう、すごく愛しているんだ…。
「確かにそうかもしれないですね…レオン様をもうすごく愛しているのかもしれないですね…!」
私が伝えればレオン様はいつもと同じ優しい微笑みで私を包み込んでくれた。
「もっと聞かせてくれないか…」
「…レオン様、愛しています。」
「足りない…。」
「愛していますよ、レオン様。」
「まだだ…。」
「愛しています。愛しい私の旦那様…」
「……。」
目を丸くしたレオン様。
ふふっ…かわいい…
言わないけどね。
「レオン様は言ってくださらないのですか?」
「…何度でも言う。」
「言ってください…何度でも。」
「愛してる、ユリア。」
「足りませんよ、全然。」
「ユリア、愛してる。この世界中の誰よりも。」
「もっとです…。」
「愛してるよ、俺の愛する奥様。」
「ふふっ…!私も愛しています。」
そして私たちは初めてどちらからというわけでもなくキスをした。
心の底から思う。
夜まで国王陛下と王妃様が出掛けていて良かったと…。
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