婚約破棄された令嬢の新しい婚約者は“隣国の悪魔”!?
「ユリア・フレイン公爵令嬢。私は今ここでお前との婚約を正式に破棄することをここに宣言する。」
その言葉が私の頭の中で渦巻くように鳴り響く。
信じたくないその光景は、どうやら現実みたい。
今日は、私の婚約者であるリューク様の正式な婚約発表パーティーとしてサトクリフ家の屋敷で夜会が開かれていた。そんな華やかな日に告げられた突然の婚約破棄。
「…っ!リューク様……」
「君は公爵令嬢ではあるが、俺の妻になり、将来の王妃になる器ではない。」
彼はそう言いながら私を冷たい目で見下ろす。
「紹介しよう。新しい婚約者のアリスだ。彼女こそ、俺の妻に相応しい…ここでアリスとの婚約を宣言する…!」
彼の新しい婚約者…
彼女の名前はアリス・ヨバンナ。
ヨバンナ家はここ、ヴァルグア王国の公爵家で、一番の権力を持つ公爵家と言われている。
そんなヨバンナ家の一人娘がアリス。
アリスは成績優秀、容姿端麗、誰からも愛される人。彼女は相当な策士なことを私は知っている。
彼女は別に私と仲良くもないのにも関わらず、よく話しかけて来てはリューク様のことを教えてと言われた。だけど、私は彼女を怪しむこともなくリューク様のことを色々話してしまったのだ。質問されたことにも答え、日常のことも話した。
怪しまなかった理由はただ一つだった。
それは彼女がヨバンナ家の一人娘だから。
アリスは自分のお父様に指示されて質問をして来ているのだと勘違いしていた。これからのこの国のためになる取引を続けるための探りだと思っていた。
だけど、それは全て私の間違いだった。
アリスのその行動は全て、リューク様と婚約するためだったのね…
リューク様の隣にいるアリスは私を見下ろして笑っていた。
私は拳を強く握り、唇を噛んだ。
私は今まで何のために妃教育を受けていたのだろう…全てリューク様の妻になるためにやっていたことだった。それなのに……その意味が無くなってしまった……私が絶望していると、リューク様は話し始めた。
「代わりといってはなんだが、君には新しい婚約者を用意した。────隣国フェルナリア王国の王子だ。“悪魔”と呼ばれているそうだが……まあ、君にはお似合いだろう?」
リューク様の言葉にざわつく夜会の場。
招待された令嬢たちは口元を隠して笑う者もいれば、私をみながらヒソヒソと話す者もいる。私はその視線が痛くて仕方がなかった。
私のお父様もお母様も何も言うことなく、私が目線を向けても逸らされた。その行動はきっと、フレイン家としての世間体や名誉を守るためなのだろう。
その行動に私は少し呆れてしまった。
自分の娘よりも世間体と名誉が大事だなんて……
……それよりも
“悪魔”に嫁げってどういうこと…?
そう言いたかった。だけどリューク様とアリス、周りの視線がそれを許さなかった。
こうして私は、婚約者に捨てられた。
そして、その代わりに私は噂でしか知らない“悪魔”と呼ばれる隣国の王子の元へ嫁ぐことになった。
◇ ◇ ◇
「この国境を越えれば、もう戻ることは出来ないよ。」
馬車の御者が私にそう伝える。
そんなことを言われても私にはどうすることもできない。決められたことに従うことしか許されないのだから。
なぜこの国境を超えたらもう戻ることが出来ないのか。それはヴァルグア王国とフェルナリア王国の関係にあった。
昔、ヴァルグア王国とフェルナリア王国は敵対関係にあった。だが、長年の戦いのせいでそれぞれ国民の疲弊がすごく暴動が起きた。その結果、停戦をし、友好関係を結んだ。その友好関係を結ぶにあたっての約束事として、許可なくお互いの国境は超えないこと。
だから私はヴァルグア王国から許可がでなければ、もう戻ることは出来ない。
国境を超えて入国したフェルナリア王国。
私が嫁ぐのはこのフェルナリア王国のレオン・エルディアス王子。噂では、冷酷非道で悪魔で、捕えた罪人を笑いながら処刑したと言われているのは聞いたことがあった。
正直、私は自分の目で見たものしか信じられない人間だけど、その噂はあまりにも流れてくるせいで本当にそうなのではと思ってしまう。リューク様から嫁ぎ先にレオン王子殿下のことを言われたときは、恐怖でしかなかった。これから先、私は無事に生きていられるのか。幸せになれるのだろうか。ただただ不安でしかない。
「ユリア様…大丈夫ですか…?」
「ええ。大丈夫よ。」
私は偽りの笑みをメイドのアンナに向けた。
大丈夫だと言ったけど、本当は何も大丈夫じゃない。手の震えは止まらず、恐怖からか鼓動が早くなる。
どうか…どうか……
『この婚約がレオン王子殿下にとって、どうでもいい政略結婚でありますように……』
だけど、私のその願いはレオン王子殿下の待つ屋敷に到着してすぐに打ち砕かれた。
その場にはレオン王子殿下だけでなく、フェルナリア王国の国王陛下であるジェリス国王陛下とその妻で王妃のエリー様、そして数多くの使用人たちがいた。
「ジェリス国王陛下、エリー王妃様、レオン王子殿下、お初にお目にかかります。私、ヴァルグア王国から参りました、フレイン家長女のユリア・フレインと申します。」
自己紹介をすれば近づいてくるレオン王子殿下。
私は恐怖からか固まってしまい身動きが取れない。
「……ようやく手に入った…」
「……え?」
彼の発言に驚き、動かない私にどんどんレオン王子殿下は一歩ずつ距離を縮めてくる。そんな彼の目は獲物を見つけたような目だった。
その視線に背筋が凍ってしまう私。
そんな私に近づいたレオン王子は私を見つめる。
「君が俺のものになるまで、これほどまで時間がかかるとは……」
…どういうこと…?
「私たちは、今日が初対面では……?」
「君はそうだろうな。」
その声は悪魔と呼ばれる人とは思えないほど優しく、包み込むような声で彼の目は冷たくも熱を帯びたような目だった。
「俺はずっと君を見ていたよ。」
その言葉にゾワっとしてしまう。
ずっと見ていた…?私を…?
一体どこで……国境は許可がなければ超えられない。それなら、他のどこかでなのかもしれない。だけど、私にはそれがどこであったかなんて分からない。
だって私がレオン王子に会うのは今日が初めてなのだから。
「今日から君は俺の妻であり、俺の“所有物”でもある。」
所有物……私は物じゃないのに……
そんなことを思っているとレオン王子の手が私の頬に触れる。優しい仕草にも関わらず、私は恐怖で何も言えなかった。それなのに、心が熱くなるのを感じたのはどうして…?これはきっと気のせいだ…私は自分にそう言い聞かせることにした。
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「ユリア様、お部屋の用意が整いました。」
そう言ってやって来たのは一人のメイドだった。
私はメイドの後ろについて行き、用意された部屋へ向かった。
「それでは、私はこれで失礼致します…!」
「あっ、ちょっと待って…!」
「なんでしょうか…?」
「あなたのお名前は?」
「私は、セレンと申します。今日からユリア様に仕えさせていただきます…!よろしくお願いします…!」
「セレン…!ありがとう…!よろしくね。」
「はい…!」
あ、そうだ…聞きたいことがあったんだった。
「ねえ、セレン。聞きたいことがあるんだけど…」
「私に答えられることならなんでも…!」
「この国の人たちはみんな、レオン王子殿下のことを悪魔と呼んでいるの…?」
そう聞くと少し悩むようにしているセレン。
まずいことでも聞いてしまったのかしら……
「…この屋敷にいて、そう言っている人は一人もいません…ですが、それ以外のこの国の人はみんなそう呼んでます…」
「そうなのね……」
「でも、レオン様が悪魔だなんて嘘ですよ。レオン様は、私たちに対しても優しいですし、すごく大切にしてくださりますから。変な噂もありますけど、あんなの気にしてはなりません!あっ…すみません…つい…」
そう言ってすぐに黙ったセレン。
それだけ熱く語るということは、それほどレオン王子をよく見ている証拠だと思う。
「いいのよ、セレン。ありがとう。それともう一つ聞いてもいいかしら?」
「はい!」
「この屋敷の使用人ってほとんど男性で、女性が少なかったけどどうしてなの?」
そう、この屋敷に来たとき目に入った使用人の性別。ほとんどが男性で女性はセレンを合わせると四人ほどだった。それが妙に気になって聞いてしまった。
「あ…それは昔からだそうです。女性は王妃様にだけ仕え、男性は国王陛下や王子たちに仕えるというのがこの屋敷のしきたりなのです。そして、王子の妻になる方にも女性だけが仕えるのです。」
「ということは、セレンも王妃様に仕えてたの?」
「はい!ここに来たときからエリー様に仕えておりました!そして今日、ユリア様が来られましたので私はユリア様専属のメイドに移動になりました!」
「なるほどね…」
ところで、それならアンナはどうなるの…?
アンナは私の専属メイドだけど…
まさか、解雇されてしまうのでは……
「ユリア様、今、ユリア様についてきたメイドに関して考えていますよね?」
「どうして分かったの…?」
「ユリア様は顔に出過ぎですよ!」
しまった……
顔に出てたのね……
もしかして…恐怖で怯えているのもバレてた…?
…ダメだ。考えないようにしよう。
それに、顔に出る癖は直さないと。
「ユリア様、安心してください…!旦那様も奥様もレオン様も、仕えることを認めてくださいましたので…!」
「本当に!?」
「はい…!」
「ありがとう…教えてくれて…!」
「いえいえ、それではまた何かあればいつでもお呼びください…!」
「ありがとう。」
ジェリス国王陛下、エリー王妃様、レオン王子には感謝しないとね…
「ユリア様ー!これからも一緒にいられますね!」
「そうね。だけど、少しは落ち着きなさい…!」
「あ、はい…!」
「アンナ、これからもよろしくね…!」
「はい…!よろしくお願いいたします…!」
「ふふっ…!!」
でも、この時の私はまだ何も知らなかった。
この婚約が“悪魔”と呼ばれるレオン王子の独占欲にまみれた欲望と甘すぎるほどの溺愛に変わっていくことを……。
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