3話 純粋無垢な美少年。
3話 純粋無垢な美少年。
神殿から追い出された帰り道で、
オッサンが、また、ボクの頭をガツンと殴ってきて、
「お前がシッカリ証言しないから、信じてもらえなかったんだ!! 本当に、貴様は、なんの! なんの! なんっっの、役にもたたんなぁあ!!」
そう叫びながら、
オッサンは、さらに、ボクをボッコボコにしようとしてきた。
怒りで我を忘れているのか、
いつものような『最低限の手加減』をしている拳ではなく、
マジで肉が裂けるレベルの剛腕パンチを連打してきた。
あ、ヤバい……
これは、へたしたら、マジで死ぬやつ……
と思った、その時、
ピタっと、オッサンの暴力が止まった。
反射的に目を閉じていたボクは、ソっと目をあけてみる。
すると、オッサンの腕を、ガシっと掴んでいる『女性』がいた。
宝塚系のイケメン系美女。
パリっとした鋭い目つきと、端正な顔立ち。
すらっとした長い手足と身長。
きらびやかだが、動きやすそうな、軍服っぽい恰好。
そのイケメン系美女は、
オッサンに、
「奴隷は、この巨大都市ユウガを支えてくれている大事な労働力だ。敬意を払え。無意味に壊そうとするなど、言語道断」
「か、か、か、カルシーン閣下! ……い、い、いえ、こ、これは、あくまでも、しつけでして……」
カルシーン閣下。
『外周西南西区』全体の支配を任されている伯爵位の貴族様。
それぞれの区は、全部で10エリアに分かれており、
ウルベ卿は『外周西南西区』の『エリア7』だけを担当しているが、
カルシーン卿は『外周西南西区』全体を担当している。
つまり、ウルベ卿とカルシーン卿の間には、
単純計算で、『10倍の権力差』があるってこと。
絶大な力と美しさを誇る貴族の中の貴族、カルシーン伯爵閣下様……
雲の上の相手すぎて、正式に会ったことはないが……
遠目にお姿を拝見したことは何度かある。
カルシーン卿は、厳しい目つきで、オッサンを睨み、
「しつけとは、『学び』を与えること……決して暴力をふるう事ではない。そもそもの話として、平民風情が、私に口答えとは何事か」
凛と涼やかな声。
うむ……やはり、伯爵ともなればオーラが違う。
ウルベ男爵とは、ほんと、えらい違いだ……
なんにだって、ピンとキリがあるもの。
カルシーン卿が月なら、ウルベは、黒ずんだハナクソ。
「も、も、もうしわけございません! カルシーン閣下!」
その場で、綺麗な土下座をする、平民の鏡、ポルの旦那。
ボクは、この人に飼われた時から、
ずっと、一生、この人の『愚かしいところ』と『情けないところ』しか見ていない。
……突っ立っているわけにもいかなかったので、
ボクもオッサンの横に並んで土下座をする。
土下座……転生する前は、一度もやったことがないけど、
この世界に転生してから、もう、100万回ぐらい土下座している。
カルシーン閣下は、土下座しているボクの肩に、ポンと手をあてて、
「いつも君たち奴隷には感謝している。健全で安定した都市運営のために、縁の下の力持ちを担ってくれてありがとう」
優しい声音でそう言うと、
そのまま凛とした足取りで、その場を去っていった。
足音が聞こえなくなったところで、
オッサンが顔をあげて、
小さな声で、
「ちっ……偉そうに……ただ『生まれ』が良かったってだけのくせに。親が貴族だっただけで、お前自身は何もしていないだろうが。……ああ、くそ、犯してやりてぇ……あのクソ女……」
などと、やばいコトをブツブツつぶやいている。
ほんとに、このオッサンは、ゴミみたいな人間だな。
★
《雅暦1001年7月6日》
夜が明けて、
馬小屋のワラの上で目覚めたボクは、
一度、大きくのびをしてから、
オッサンを起こしにいく。
どうやら、オッサンは、『魔王に対する恐怖』とか、『貴族連中に対するイライラ』とかで眠れなかったらしく、目の下に大きなクマをつけていた。
「くそ……今日は、待ちに待った奴隷配給の日だってのに……なんで、こんな不愉快な気分で……くそっ」
このオッサンは鍛冶屋をしており、
闘技場などに武器を納めたりするのが仕事。
人間性はクソだが、腕はまあまあで、仕事はキッチリこなすため、『執行部』からの評価がそこそこ高い。
平民の中でもランクがあるのだが、
このオッサンは『B3』で、平民の中では上の方。
『E1』が最低で『E2』『E3』と上がっていき、一番上は『S5』。
S5(最高) S4 S3 S2 S1
A5 A4 A3 A2 A1
B5 B4 B3 B2 B1
C5(普通) C4 C3 C2 C1
D5 D4 D3 D2 D1
E5 E4 E3 E2 E1(最低)
合計30段階のランク分けがされていて、
奴隷もおなじランクが使われている。
ボクは『C4の奴隷』。
普通よりちょっと下の奴隷って感じ。
平民が奴隷を持てる数は『一人がせいぜい』なのだけれど、
頑張って評価されると2人目が支給されるコトもある。
……日本でいうところの、車みたいな感覚かな。
AとかSの階級の平民だと複数の奴隷を所持する感じ。
Bランクで二人目の奴隷を獲得するのはなかなかのもの。
……このオッサン、本当に、仕事だけはマジメにこなしているんだよなぁ……
「新しい奴隷は、貴様の後輩ということになるが、偉そうに先輩風はふかすなよ。あくまでも、貴様らは奴隷。立場は一緒だ」
「……はい、わかっています」
★
午前中は、オッサンの仕事の手伝いや家事をして過ごした。
ボクは、そこまでどんくさいってワケでもないのだけれど、
オッサンは『妙なこだわり』が多い人で、細かいマイルールがやたら多い。
それなのに、ちょっとでもルールに抵触すると、怒りくるって暴力をふるってくる。
……本当に厄介。
どこにでもいるよね、こういうタイプ。
日本でバイトしてた時の店長も、こんな感じだった。
★
……こんなクソしんどい生活にも慣れてしまっているのが、人間の怖い所。
……新しい奴隷は、このオッサンと生きていけるかな。
――そんなことを考えていると、
新しい奴隷がやってきた。
「は、はじめまして。『蛇の9番』です。……これから、よろしくお願いします」
ペコっと頭を下げた奴隷。
年齢は6歳ぐらい。
かなりの美形だった。
くりくりの目に、ツヤのある髪。
奴隷はもっと小汚いものだけれど、
このルーキーは、歪なほど綺麗に整っていた。
その奴隷を見た瞬間、
オッサンは、めちゃくちゃキモい笑顔を浮かべて、
「よっしゃぁああああ! 当たりだぁああ!!」
と、両手を掲げてガッツポーズ。
ウキウキしながら、
「女だな?! お前、女だな?!」
と、じゅるじゅると舌なめずりしながらそう言うと、
ルーキーは、
「あ……いえ……よく間違えられますが……性別は男……です」
「なにぃ?」
そこで、オッサンは、ルーキーのズボンをグイっとひっぱって、
「……ちっ……男か……」
『ちん〇ん』を確認するやいなや、吐き捨てるようにそう言った。
……が、ルーキーの端正な顔をもう一度確認すると、
「まあ……でも……これなら……」
などとつぶやきつつ、舌なめずり。
「いやぁ、夜が楽しみだ」
などと、うきうき声で仕事に戻りつつ、ボクに、
「おい、17番、9番に仕事を教えてやれ。……無駄に疲れないよう、優しくなぁ。くくく」
きっも。
ボク、ブサイクでよかったぁ。
顔が良かったら、あのオッサンの相手をしなきゃいけなかったんだもんな……
きっつ。
さすがに、そこまでいけば、自殺もんだわ。
心の中で、ペっと、ツバを吐きながら、
ボクは、9番に視線を向けて、
「ここから、大変だな、お前」
「え、なにがですか?」
何もわかっていない純真無垢な目を向けられてしまった。
同情はするけど、仕方がない。
奴隷ってのはそういうもんだ。
自分のことは自分でなんとかしてくれ。
ボクはボクのことだけで精一杯なんだ。
と、そこで、ボクの『中』にいる『火の玉』が、ボソっと、
(そのガキ、今夜は、あのキモいオッサンに無茶苦茶されるのか……地獄だな……)
この火の玉との共同生活も、半日もすれば慣れてきた。
火の玉は、たまに、こうやってボソっと喋るけど、それ以外は特になにもできないようなので、さほど迷惑だとは思わなかった。
ちなみに、この火の玉のことは、今後、『モンジン』と呼ぶことになった。
本当の名前はどうしても思い出せないらしい。
あくまでも仮の名前。
★
オッサンは、9番がくるまで、ずっと、『魔王がまた来るかもしれない』とビビッて、ビクビク仕事をしていたけど、
9番の顔を見て以降は、ずっとルンルンで仕事をしていた。
性欲ってやつは、恐怖を超えていくらしい。
その気持ちだけは、分からなくもなかった。
――そして買い物も食事も終わった夜、
「9番、来い!」
馬小屋でワラをしき、寝床を用意していた9番を呼び出すオッサン。
何のことか分かっていない様子で、
「あ、はーい」
と、呼ばれるがまま、家の中に入っていく9番。
その背中を見つめながら、
ボクは、どうしたものかと考える。
……9番は、普通にいいやつだった。
仕事中も、買い物の時も、食事の時も、
ずっと、ボクのことを気にかけてくれていた。
ボクの方が先輩だから、色々と遠慮していただけかもしれないが。
「んー……なんだかなぁ……んー」
義理も筋もクソもないけれど……
なんというか、
普通に、このままだと気分が悪かった。
「……くそ……っ」
だから、
ボクは、
「ほうっておけばいいのに……関係ないのに……なんで、ボクが……くそ……」
自分自身の行動に対して、ぶつぶつ不満をこぼしつつ、
家のドアを力強く開けて、
「ポル様!」
「……あん?」
『ズボンを脱ごうとしていたオッサンの背中』が目に飛び込んできた。
キモすぎる。
……ちなみに、9番は、いまだ、なにがなんだかわかっていない顔をしている。
純粋無垢な顔しやがって。
バカが……
「なにしにきた、クソバカ。貴様は呼んでないだろうが。消えてろ。しばらくどっかいけ」
「ポル様、やめておきましょう。さっき、ちらっと、カルシーン伯爵閣下様が、その辺を通っているのを見かけましてね。もし、そいつが悲鳴をあげたりしたら、色々と厄介なことになるかもしれないでしょ? だから――」
「嘘つけ、バカが」
そう言いながら、オッサンは、キレた顔で、ボクに近づいてきて、
「お前、もしかして、9番に惚れたか? ははは、まあコイツも奴隷だから、身の程知らずってわけじゃないが……しかし、コイツを好きにしていいのは、おれの特権だ。黙って、独りでマスかいてろ。……お前の年齢じゃ、まだ、たたないか? はははっ」
そう言いながら、ボクを蹴り飛ばして、
バタンとドアを閉める。
頭を打ったボクは、
痛む部分をおさえながら、
「……くそが……」
そうつぶやくと、
それまで、しばらく黙っていたモンジンが、
(残念だったな。あの美少年を寝取られて。かわいそぉ)
「ボクは女の子が好きだよ。おっぱいが好きだ。でっかければでっかいほどいい。……9番には、おっぱいがない。だから、どうでもいい」
(そのわりには、すごい顔になっているが?)
「……」
そこで、ボクは、一度、天をあおいだ。
でっかい龍型の魔王が、上空でホバリングしていた。
ほかにも空では、火を噴いている魔王とか、意味なく発光している魔王もいた。
どいつもこいつも、バカみたいに膨大な力を持っている。
それに比べて、ボクのなんて非力なことか。
「ねぇ、モンジン」
(なんすか?)
「魔王を召喚して」
(……オッサンをぶんなぐるためだけに、貴重な5分を使うつもりか? 考え直せよ、17番。あんなガキ、放っておけ。『お前はお前のためだけに、魔王の力を使うべきだ』と、俺なんかは思ったりなんかしちゃったりするなぁ)
「いいから」
(……はいはい、おおせのままに)
モンジンが、そう言った直後、
足元に、禍々(まがまが)しい魔方陣が出現した。
……モンジンは、ボクの『中』にいるから、顔とかは見えない。
けれど、『モンジンの表情とか感情』みたいなものが、
なんだか、手に取るようにわかった。
ニタニタと、ボクの愚かしさを笑っている……そんな気がする。
(おいでませ、魔王召喚)
モンジンがそう言うと、
前の時と同じで、
呼びかけに応えるように、
足元の魔方陣が、
カァアア!!
と、力強く輝いた。
そして、出現する。
――前と同じ魔王。
黒いツノが生えた超イケメン細マッチョの成人男性型魔王。
改めてよく見ると、すさまじい美形ぶりだ。
同じ人間とは思えない……あ、いや、人間じゃなかった。
……前と同じく、
魔王は、ボクの足元で、かしこまって、丁寧に、片膝をついて、
「偉大なるマイマスターよ、さあ、ご命令を。決死の覚悟で、あなた様の命に従いましょう」
そこで、ボクは、いったん、モンジンに、
「ねぇ、モンジン……前の時は、なんだか、長ったらしい詠唱をしていたのに……今回は、なかったね。なんで?」
(あれは、気分で言っただけで、特に意味はねぇよ)
「ええ……そうなの? 絶対に必要なプロセスだと思ってた……」
ため息交じりにそう言ってから、
ボクは、魔王に意識を向けて、
「君、名前は?」
「ゼラビロスと申します、尊きマイマスター」
「魔王らしい名前だね。……ゼラビロス、命令だ。あの家の中にいる小さい子供には手を出さず、小汚いオッサンだけを――」
そこで、ボクは、ゴクっと一度だけ唾を飲み込むと、
決心して、
「……殺してこい」
「拝命いたしました、マイマスター」
そう言って、ゼラビロスは、一度頭を深く下げてから、
スタスタと家へ向かっていった。
00000000000000000000
名前『ポル』
メインクラス『鍛冶屋』
サブクラス 『剣士』
・称号『平民』
《レベル》 【25】
[HP] 【780】
[MP] 【9】
「攻撃力」 【20】
「魔法攻撃力」 【5】
「防御力」 【18】
「魔法防御力」 【7】
「敏捷性」 【11】
「耐性値」 【9】
「魔力回復力」 【1】
「反応速度」 【3】
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