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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

アイに任せて

作者: 結城 刹那
掲載日:2023/10/15


 1


 教室は異様な空気に包まれていた。

 朝のホームルーム前だというのに、まるで授業中であるかのようにクラスメイトは自分たちの席に座って教科書を見たり、ノートに書いたりしていた。中にはただ机を眺めているだけという生徒もいる。近くの席の友達と話す生徒もいるが、話し声はいつもより小さい。


「藍沢くん、昨日はお疲れ様」

 

 窓側から二番目の最前列にある自分の席に座ろうとすると、隣にいた女子が声をかけてきた。黒髪を肩まで長く伸ばし、読書中のためかメガネをかけている。読んでいる本は今話題のミステリー小説だった。

 相賀あいが 彩葉いろは。学級委員長を務める才色兼備の少女だ。


「そっちこそお疲れ。事情聴取なんて初めての体験で何だか新鮮だったよ」

「怖い発言ね。まあ、アイってつくだけで怪しまれている身としては、そうポジティブに考えた方がいいかもしれないわね」

「ホントだよ! 私なんてクラスでは大曲くんと最もかけ離れた存在なのに、めちゃくちゃ事情聴取長かったんだから」


 二人で話していると、俺の後ろの席の一之瀬いちのせ あいがいつものように話に割って入ってくる。茶色の長い髪を垂れ流し、顔には薄化粧を施している。制服を着崩している姿からあまりいい印象を受けない彼女だが、根はいい奴だ。


「一之瀬も災難だったな。飯塚はまだ来てないみたいだな」

「おそらく、今日は来ないと思うわ。自分の友達が酷い目に遭った上に、自分が目をつけられているのだもの。まともな神経をしていたら、来ないわよ」

「それは、暗にここにいる三人がまともじゃないって言っているのか」


「違うわ。大曲くんは友達とは無縁の存在だから、何も思っていないだけ」

「もっと酷いな。その様子だと誰が死んでも平気そうだな。相賀って、友達と思っている人間いなさそうだし」

「そんなことないわ。あなたのことは友達だと思っている。今回の件でより一層ね」

「嫌な友情の深まり方だな」


 相賀と会話をしていると、ホームルームを告げるチャイムがなった。同時に先生が教室のドアを開けて入ってくる。表情はいつものような晴れやかなものとは異なり、曇っている。

 生徒たちはすぐさま静かになった。いつもなら先生が注意するまでうるさいのだが、今日は違うらしい。先生は名簿を教壇に置くと皆へと顔を向ける。


「おはようございます。突然でずが、皆さんにお知らせがあります。もう知っている方もいるとは思いますが、一昨日の土曜、大曲くんが亡くなりました。現在警察が捜査を進めております。もしかすると、皆さんに警察の協力をお願いする可能性がありますので、どうかご協力お願いいたします」


 そう言って、先生は深々と俺たちに頭を下げた。

 一昨日の土曜、大曲おおまがり たすくが亡くなった。部活帰り、校舎近辺を歩いていたところ、上から花瓶が降ってきて彼の頭に直撃したらしい。花瓶は窓近辺に置かれており、何らかの形で花瓶が倒れ、空いていた窓から落ちたようだ。


 なぜ俺がそこまで知っているかと言うと、俺は容疑者候補の一人として警察に事情聴取を受けたからだ。大曲とは無縁の関係ではあるが、なぜ俺が容疑者候補となったかというと先週の金曜日、アイと名乗る人物から謎のメールが来ていたらしい。


『出席番号8番。大曲 扶。空に注意してね』


 メールの受信者は同じクラスの榎本えのもと あんず

 後ろにいる彼女の様子を見ると瞳は潤い、目尻は赤く染まっていた。メール内容を少しでも気にしていれば大曲を救えたと、自身を責め、泣いているのだろう。とはいえ、送ったところで大曲自身が気にしたかと言われれば、否だろうな。


 兎にも角にも、アイという送信者名をヒントに警察は捜査を進めているらしい。それで俺や相賀、一之瀬や飯塚に事情聴取がなされた。俺と相賀は氏名に『アイ』が入っているから。一之瀬と飯塚は氏名のイニシャルが『アイ』だからだろう。特に一之瀬は名前が『アイ』のため、特に目をつけられている。


 ただ、もしそんな理由でアイという名前を使ったのなら、逮捕してくださいと言っているようなものだ。仮に俺が犯人であるならば、絶対にしない。


「では、これでホームルームを終わります。あと一つ、山越くんと萩原くんは私のところへ来てください。読書感想文についてお話があります」


 ホームルームが終わっても、生徒たちは静かなままだった。

 教室には先生の悲しくも怒りに震えた声が響く。


「山越と萩原は何をしたんだ?」

「さあ。流行りのチャットに読書感想文を書いてもらったんじゃないかしら?」

「ああ、なるほど」


 疑問が晴れたところで俺は席を立ち、教室を出ていった。

 流石にあんな異様な教室にずっといるのは気分が悪い。授業が始まるまで渡り廊下で涼むとするか。


「藍沢くん、ちょっと待って」


 廊下を歩いていると後ろから小さく声をかけられる。廊下は閑散としていたため小さくも聞き取りやすかった。見ると、前髪の長い生徒の姿があった。背は俺よりもやや低め。だが、本人の性格ゆえかとても小さく感じる。


 頬には湿布が貼られており、痛々しい様子が伺える。本人に聞いたところ階段で転けた際に擦ってしまったとのことだった。見た目どおりといえば偏見になるかもしれないが、ややドジな面がある。


 九頭くず 雄大ゆうだい。クラスの中で唯一の男友達だ。


「どこへ行くの?」

「ちょっと涼みに」

「僕も一緒に行っていい?」


 俺は静かに頷く。すると九頭はパッと晴れやかな表情になり、俺の横についた。


「昨日は大変だった?」

「いや、別に。ただ自分の手元にある事実を伝えただけだから疲れることもないよ」

「そっか。災難だったね。アイなんて名前つけられたために。ねえ、何でアイは榎本さんにメールを送ったのかな。普通だったら、大曲くんじゃない?」

「さあ。大曲と榎本に恨みがあったんじゃないか。だから、一人には死を、一人には生き地獄を味合わせたとか」


「藍沢くんって、ほんと変わった考えしているよね。でも、そういう所が好きかも」

「お前もかなり変わっているやつだぞ」

「だから僕たちは友達になれたのかもね。類は友を呼ぶってやつかな」


 俺たちはおかしな会話に花を咲かせながら渡り廊下へと歩いていった。

 この時はまだ、これが美醜な惨劇の始まりであることを知る由もなかった。いや、もしかすると俺だけは気づけたのかもしれない。


 2


 大曲の死だけでは終わらず、それからもクラスメイトの不幸な事件は続いた。


 一人目は榎本 杏。

 大曲が死んだ翌週の土曜日に亡くなった。その日は大雨が降っており、川が氾濫するほどだった。当時、川の近辺にいた榎本は川に飲み込まれ亡くなったそうだ。なぜ、そんな日に榎本はそんな場所に行ったのかはわかっていない。


『出席番号7番。榎本 杏。水には注意してね』


 榎本の死の前日、アイと名乗るアカウントからメールが届いていた。

 宛先は同じクラスの萩原はぎわら 幸宏ゆきひろ、萩原はメールを受け取った後、クラスチャットに貼り付け、榎本に注意喚起した。しかし、それは叶わなかった。


 そして、その萩原 幸宏が二人目の被害者となった。

 これも同じく榎本が死んだ翌週の土曜日に亡くなった。土曜の夜中に萩原の家で火事が発生。萩原はおろか、家族全員が焼死する大事件となった。


 しかし、今回の件に関しては事前に誰からもクラスチャットで注意喚起するものはいなかった。ただの事故だったのかもしれない。でも、それは約一週間の時を経て、間違いだったということが分かった。


「おい、康平! お前、どういうつもりだ!」


 昼食時、突然教室に怒号が響き渡った。

 声に惹かれるように顔を向けると、山越の胸ぐらを渡部がつかんでいた。渡部は怒りに狂った形相で山越を見る。昼食は先生も共にしている。すぐに二人の元に割って入り、喧嘩を止めた。


「二人ともどうしたの?」

「先生、康平のやろう、幸宏を見殺しにしやがったんだ。これを見てくれ」


 そう言って、渡部は先生にスマホを見せた。先生は画面を見ると、山越の方を見た。山越は気まずいのか不貞腐れた表情をして、先生から視線を逸らす。

 俺からは内容が見えないためあくまで推測にすぎないが、渡部が持っているスマホは山越のものだろう。


『出席番号23番。萩原 幸宏。火には注意してね』 


 きっと彼が先生に見せた画面にはアイから送られてきた上記のメール内容が映し出されているに違いない。


「山越くん、どうして教えてくれなかったの?」

「教えたところで意味はないと思ったから。杏の時がそうだったように」

「そんな訳ねえだろ! 今回は火事だったんだ! 事前に知っていれば防げたし、たとえ防げなかったとしても幸宏は救えただろ」


「それは……ただの結果論だろ。火に注意って書いてあるだけだ。火事とは言ってない」

「そんな言い訳あるかよ。お前、幸宏を殺したかったんだろ。杏に対して、下劣な手法でアプローチしようとした幸宏が許せなかったんだろ。確かに、あのメールはクラスチャットじゃなくて、杏だけに送るべきだ。それをクラスチャットに送ったのは幸宏が杏にとってのヒーローだって、クラスメイトに思わせるため。特に幸宏、お前にな」

「……」


 山越は渡部の発言に対して、反論することはなかった。図星をつかれたみたいだ。


「お前が幸宏のことを憎んでいることはわかる。でもな、だからって命を見捨てるようなことをするのは間違っている。俺はそんなことはしない。だから見せてやるよ。俺がどうしてお前にアイからのメッセージが届いているのが分かったか」


 渡部はそう言うと今度は自分のスマホを取り出した。少しの時間操作したところで画面を山越に見せる。画面は彼とほぼ同じ位置にいる先生の視界にも入っていたようで、彼女の目が見開くのが見てとれた。


「今日、俺のスマホにアイからメッセージが来た。『出席番号33番。山越 康平。車には注意してね』という文面だ。今までの流れとして、メールの届いた奴が次のターゲットにされている。つまり、俺の宛先に書かれた名前、お前のもとに幸宏に関するメールがいってたはずだ」

「大介……」

「俺はお前みたいに届いたメッセージをわざと誰にも言わないなんてことはしない。お前は私欲のために友人を裏切るとんでもない野郎だ。でも、お前の友人として、俺はお前に死んでほしくない。だから、土曜日は絶対に家から出るなよ」


 渡部は山越のスマホを彼の胸へと押し付ける。彼がスマホを手に持ったところでそのまま教室のドアの方へと歩いていき、廊下へと出ていった。教室全体が呆然とした空気に包まれた。しかし、先生が「渡部くん!」と叫んで教室を出ていったのを境に再びいつものようにみんな話し始めた。


「急にびっくりしたね」


 向かいに座る九頭がほっと一息ついて僕を見た。ピリついた空気の中でみんな神経が敏感になっているはずだ。急に怒鳴り声が響けば、驚くのも無理はない。


「だな。でもやっぱり、萩原の件はアイの仕業だったんだな」

「こうなると、次は僕たちがターゲットになる可能性もあるのかな?」

「今のところ共通しているのは、うちのクラスって感じだもんな。俺もお前もどこかのタイミングでターゲットにされるかもな」


「……もし、僕がターゲットになったら、藍沢くんは守ってくれる?」

「俺の力が働くのであればな」

「やっぱり、藍沢くんは優しいね。僕なんかとこうして一緒にご飯食べてくれるし」

「言っただろ。俺の力が働くのであればなって」

「うん……」


 それからは二人して、別の話をしながらご飯を食べた。昨夜見たアニメや最近ハマっているゲームの話だ。アイの件を食事中の話題にするのは酷だ。話せば話すほど、食欲がなくなっていくのだから。


 次の休日、渡部の願いは叶うことなく、山越 康平は帰らぬ人となった。


 ****


 山越の死は今までの規則から少しズレていた。山越は渡部に言われた通り、土曜はずっと家にいたらしい。そして、土曜を超え日曜になった時、生き残ったことの歓喜からかクラスチャットで連絡が来た。


 山越が生き残ったことを誰もが讃えた。だが、それを裏切るかのように日曜日、山越はトラックに轢かれて命を落とした。天から地に落とされたことで今週のクラスの雰囲気は最悪だった。


 おそらくだが、アイは元から規則なんて考えていなかったのではないだろうか。考えていたのは、メールの送り方と殺人の手口のみ。殺人日が規則的になったのは、榎本を殺すための絶好の日が大曲を殺した日と同じ土曜日になったため。


 規則的にしたのは、渡部が山越に「土曜日は家から出るな」と忠告したように土曜日という枠だけに注目させ、視野を狭めさせたかったからだろうか。それを知るのはアイ本人のみ。


「ようやく来たか」


 金曜の朝、俺の元に一件のメールが届いた。

 俺はスマホを開いてメールの内容を確認した。差出人はやはりアイだった。


『出席番号40番。渡部 大介。同級生には注意してね』


 文面だけ見てすぐにスマホをポケットに入れ、学校へと足を運んでいった。

 おそらくこれがアイの最後のメールになる。俺は頭の中でこれからの行動を思案した。


 3


「こんな朝早くから私を呼び出すなんて珍しいわね。何か急用? もしかしてアイからメールでも来たのかしら?」


 学校に着くと、俺は机に座っていた相賀を誘い、一緒に校庭にある鉄棒へと赴いた。鉄棒に来た理由はクラスから見えない位置にあることと背もたれに使えることだ。


「察しがいいな。お前がアイじゃないかって疑うレベルだ」


 俺はポケットからスマホを取り出すと相賀に向けて今朝届いたアイからのメールを見せた。相賀は俺のスマホを凝視すると、「やっぱり……」とつぶやいた。


「やっぱり? まるで俺のところにアイからのメールが来ると予想していた言い草だな」

「まあね。あなたか小糸さんのどちらかには来るんじゃないかって思ってた」

「小糸? 相賀は今回の件で何かに気づいたのか?」

「確信に近いところまでは。それで、今の藍沢くんのメールを見て確信に至った」


 さすがは成績優秀のクラスメイトだ。今までのヒントの中から犯人を炙り出したらしい。


「私にこれを見せたってことは、渡部くんへの被害を未然に防ぐための手伝いをしてほしいと言うことかしら?」

「相賀の言う通りだ。同級生に注意って書いている以上、クラスチャットに貼るわけにはいかない。けれども、協力してくれる仲間は一人くらいは欲しい。だから相賀に」

「別に構わないわ。犯人も目星がついたことだし。でも、なぜ私に? 私も一応同級生だから疑いはあると思うのだけど」


「この件を一番手伝ってくれそうで頼りになる友達なんて、相賀くらいしかいないからな」

「あなたには九頭くんがいるじゃない? 親友でしょ?」

「なんで九頭のことが出て来るんだよ。頼りにはならないだろ。いつもの様子を見ると」

「……まあ、そうね。分かったわ。その代わり、私は私の方針で動かせてもらうわ」

「それでいい。犯人の目星がついているのなら、今日から来週の月曜にかけて俺は渡部を、相賀は犯人を尾行してくれ」


「分かった。それと犯人だけど、捕まるまでは私だけの秘密にしておくわね?」

「教えてはくれないんだな」

「ええ。私は誰のことも信用していないからね。私の中での犯人が仮に違ったとして、真犯人があなただった場合に困るもの」

「それはないだろ。もしそうだったら、お前にこんなことを話さないよ。もっと単純なやつを狙う」


「どうかしら? 最初に頭のキレる人物を抑えることで自分の思惑を有利に進めることも考えられる。ここまでの行動があなたの自作自演でないという証拠は出せないでしょ?」

「……まあ、いいや。分かった。その代わり、ちゃんと追ってくれよ」

「ええ。尾行している間はチャットで会話しましょ」


 話が決まったところで俺たちは朝のホームルームのチャイムが鳴る前に教室に戻った。


 ****


 金曜、土曜、そして日曜の夕方にかけても渡部の元に犯人が現れることはなかった。

 今、渡部は部活帰りにスーパーのフードコートにておやつを食べていた。俺は彼から離れた席に座り、彼の様子を伺う。


 尾行に関しては渡部にも伝えてある。メールが送られたことは俺と渡部と相賀だけの秘密にしてくれと頼んだら、案外簡単に承諾してくれた。渡部も渡部で山越の件があって、疑心暗鬼になっているのだろう。


 おやつを食べ終え、渡部は盆を片付け、出口へと歩いていった。彼の動作に少し遅れて俺もフードコートを後にする。犯人に気づかれないように渡部とは一定の距離を保っている。

 外に出ると日は沈み、夜になっていた。今日ももう終わる。おそらくここからが勝負だ。


 渡部を尾行しつつ、相賀と連絡を取る。チャットで呼びかけるとすぐに返信が来た。相賀は現在、渡部の家の最寄駅にいるらしい。犯人はそこで待ち伏せしているのか。

 であるならば、今はある程度大胆に行動できるか。俺は電車に乗り遅れることがないように渡部との距離を少しだけ近づけた。


 やがて駅に到着し、渡部の乗る車両の一つ隣の車両に乗る。

 電車に揺られること十数分、渡部の降車とともに俺も降車した。

 そのタイミングで相賀に、最寄駅に着いた旨の連絡を送る。彼女からはすぐに返信がきた。いよいよ犯人と対面すると思うとなんだか緊張する。心拍数はいつもより上がっているように思えた。


 渡部の降車駅には人気はあまりなかった。駅周辺は店が多いため明るく照らされているが、少し歩くと閑散とした暗い道が広がる。犯行にはもってこいの場所だ。俺は厳重注意を払いながら渡部の様子を見る。住宅の角に隠れ、渡部を観察する。渡部が曲がったところで素早く走り、再び住宅の角から渡部を見張る。


 事件は渡部が三度目の曲がり道を曲がった時に起こった。渡部が曲がった瞬間、発砲音が閑散とした住宅街に響き渡った。俺は慌てて道を走り、渡部の曲がった方へと目をやる。そこで驚愕の事態を目の当たりにした。


 目の前に見えるのは、倒れた渡部の姿。その隣で彼の体を揺らす相賀の姿。彼女は必死の形相を浮かべ、彼に語りかけていた。よく見ると渡部の近くのコンクリートには液体が垂れ流されていた。


 それだけじゃない。彼らの奥で一人の男が誰かの右腕を締め上げ、身柄を取り押さえている。彼の横ではもう一人の男がスマホで連絡をとっていた。彼らは、俺に対して事情聴取をした刑事さん達だった。犯人は顔を地面に疼くめている。犯人の近くには拳銃らしきものが転がっていた。あれで、渡部を撃ったのか。


「午後6時21分。銃刀法違反、殺人容疑の疑いで逮捕する」


 刑事さんはそう言って、犯人に手錠をかける。

 その瞬間、犯人はこちらを向いた。そこで俺は犯人の容顔を目で捉えた。

 アイの正体。それは『九頭 雄大』だった。


 九頭は逮捕されたにも関わらず、勝ち誇った笑みを浮かべてこちらを見ていた。


 4


 九頭が逮捕されてから一週間の時が過ぎた。

 事件に関与した俺と相賀はしばらくの間、警察署に通い、事情聴取を受けていた。

 

 これまでの一連の出来事は全て九頭によって行われたものだった。

 大曲に向けて花瓶を落としたのも、榎本を川辺に呼び出したのも、萩原の自宅に火をつけたのも、山越がトラックの走るところに行くように仕向けたのも全て九頭の犯行だった。


 相賀が思っていた犯人も九頭だったみたいだ。彼女はアイからのメール文の違和感で九頭だと特定したらしい。アイのメールには名前だけ書けばいいもののわざわざ出席番号も書かれていた。これはアイの正体を探るためのヒントとなったみたいだ。


 まず、彼らの出席番号の数字の和を取り、その数値をキーとする。出席番号『4』なら4、出席番号『12』なら3と言った感じだ。次に彼らの名前を頭から数え、キーとなる数値の文字を抜き取ると以下のようになる。


 おおまがり たすく。出席番号8番。キーは8。よって、『く』

 えのもと あんず。出席番号7番。キーは7。よって、『ず』

 はぎわら ゆきひろ。出席番号23番。キーは5。よって、『ゆ』

 やまごえ こうへい。出席番号33番。キーは6。よって、『う』

 わたべ だいすけ。出席番号40番。キーは4。よって、『だ』


 そして、最後にメールが送られたのが俺。

 あいざわ よしてる。出席番号2番。キーは2。よって、『い』

 これらを全て合わせると『くず ゆうだい』。九頭の名前が浮かび上がる。


 こんな洒落たミステリーをよく九頭が考えられたものだ。成績は学年で下の方、理系科目は特に苦手のあいつがな。ただ、刑事さんからの話を聞いて腑に落ちた。

 九頭はチャットを使って、犯行の手口を教えてもらったらしい。今話題のAIチャットを使ってだ。


「お疲れ様……」


 署を出ると相賀が俺を待っていた。事情聴取された二人、仲良く帰ろうということらしい。俺は彼女の横につき、二人で警察署を後にした。しばらくの間、俺たちは無言だった。相賀はこの一週間、渡部を助けられなかったことを悔やんでいた。


 あの時、事前に刑事さんは九頭に対して職務質問をしていたらしい。そこで凶器であるナイフを見つけ、九頭に問い詰めていた。しかし、そのナイフはダミーで、問い詰めている間に渡部が九頭の元へとやってきて、九頭は持っていた拳銃で渡部を撃ち殺した。


 もっと注意して見ておけばよかったと、相賀は何度も口にした。正義感の強いだけあって、目の前で助けられなかった命があれば、悔やむのも無理はない。


「それにしても、アイなんて洒落た名前もよく考えついたもんだよな。九頭、アルファベットの頭から数えて九番目はアイ。手口を考えたのはAIアイで実際に行ったのは九頭アイ。全く違うものでも意味は一緒なんてな」

「……そうね。ねえ、九頭くんとは会った?」

「いや、渡部を殺した時を最後に会ってない」

「そう。ねえ、あの時、九頭くんが言っていたあの言葉。あれは本当? あなたは知っていたの?」

「……」


 俺はあの夜、九頭が言った言葉を反芻した。

 

『ねえ、いじめられっ子がいじめっ子を殺すのは悪いことなのかな。いじめという社会的害悪を抹殺できたのに、なんで僕が悪者みたいになっているのかな。世の中って不思議だね』


 九頭 雄大はいじめを受けていた。成績最悪で名前通り『クズ』というレッテルを貼られ、クラスのみんなから揶揄われたのをきっかけに、いじめへと発展した。俺はそのことを知っている。でも、止める術はないと思った。せめて九頭の居場所だけは確保しようと共に行動していた。


「ねえ、何で知っていて何もしてあげなかったの? あなたが何かしていれば、九頭くんは今回の件で誰も殺さずに済んだかもしれないのに」

「……それは、悪いと思ってる」

「そう。なら罪はつぐわなくちゃね」

「……それって、どういう」


 俺の言葉はそこで途切れた。相賀が俺の胸に顔を埋めてきたのだ。俺は相賀越しに自分の心臓の音を聞いた。鼓動は大きく脈打っている。意識はそのまま鼓動から離れて、下の腹部へと注がれる。


 激痛。とにかく耐え切れないほどの痛みが俺を襲った。

 相賀の両肩を持つと力限り前へと押し出した。その瞬間、腹部に刺さっていたものが抜ける。見ると、相賀の手には『血塗られたナイフ』があった。


「私ね、九頭くんのことが好きだったんだ。私たちは二人とも孤独だったから。でも、九頭くんにはあなたがいた。だからそれが憎かった。何が憎かったかって、九頭くんがいじめられていたのに、あなたが見向きもしなかったから、九頭くんは寂しい孤独を味わうはめになったこと。二人いるのに一人の気分。もし、私が彼のそばにいてあげれたら、そんな真似はしなかった。私も一緒になって彼といじめを受けていた。でも、九頭くんはあなたを選んだ。そしてあなたは自分がいじめられないために九頭くんを押し付けた。だから私はあなたを許さない」


 痛みで座り込む俺に対して、相賀が近づいてくる。不幸か、思惑か、周辺には人も車もいない。いるのは俺たち二人だけ。


「ねえ、藍沢くん。もうあなたはこの世から消える。だから最後に全て教えてあげるね。真犯人は私。アイは私なんだ。私が九頭くんに伝授したの。AIチャットという名の私のアカウントでね。私、ミステリー小説好きだから、事件を起こすなら少し洒落た事件にしようと思ったの。でも、みんなには難しかったようだね。残念」


 痛みに堪えながらも俺は顔をあげて、相賀を見た。

 彼女は口角をあげて笑みを浮かべていた。だが、目は笑っておらず、憎しみに満ち溢れている。俺に対する憎しみと俺を殺せる嬉しみが現れた表情は言葉にするのも忌々しいほどのものだった。


「これで今度こそ私と九頭くんは二人でいられる。殺人者というレッテルを貼られた私たちの絆はきっと強固なものになるに違いない。これからは私たち二人はずっと一緒。そのためにも邪魔者は排除しないといけないね。ねえ、藍沢くん、私たちって友達だっけ?」


 相賀の言葉に俺は一番初めの事情聴取で刑事さんから言われた言葉を思い出す。

 刑事さんは大曲のスマホに以下のメールがあったことを知らせてくれたのだった。


『出席番号2番。藍沢 善輝。友達には注意してね』


 あいが いろは。AIチャットに成り済ました異才。九頭を愛してやまない狂人。

『あい』であり、『AI』であり、『愛』である真の『アイ』は俺に向けて再びナイフを振るった。

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