37 第四皇女からの手紙。
グルノー皇家の皆様へ。
大好きな皆様。如何お過ごしですか?
私が皇都レンファスのお城を出発したあの日から、早いもので、半年近くが過ぎようとしています。
私は現在、ザルツリンド王国の王都ゼーレンにある王家の離宮に部屋を与えて頂き、そちらでつつがなく生活しておりますので、どうかご安心下さい。
もちろん私だけでなく、ヒセラも、ジネットも、ローラも、皆元気ですよ。
グルノー皇国を出発する前に想像していたよりも、ゼーレンでの暮らしは思いがけないことの連続で、私なりにそんな毎日を楽しんでいます。
ザルツリンド王家の皆様もとても良くして下さっていますので、こちらに関してもご安心下さい。
第二王子のハインリッヒ殿下なのですが……聞いていた噂とは全く違う人物でした。
出発前にラファエルお兄様が仰っていたように、ハインリッヒ殿下が剣術も体術も相当な実力者の竜騎士だと言うのはどうやら本当みたいです。ですが殿下は、粗野でも、乱暴者でも、魔獣退治が趣味の血みどろ王子でもありませんでした。
とても親切で、頼り甲斐のあるお方です。
ハインリッヒ殿下はザルツリンド王国飛竜騎士団の分隊長をされていて、隊員の皆様からもすごく慕われています。
実は私とジネットは、リスカリス王国最初の町まで迎えに来て下さっていたその飛竜騎士団の皆様と共に、なんと、飛竜に乗って王都ゼーレンまで移動したのです。
飛竜はもの凄いスピードで大空を飛ぶので、たったの2日でゼーレンに到着することができたのですよ。馬車で移動したヒセラとローラは、ゼーレンに到着までに9日もかかったのに! 凄いでしょ?
殿下の飛竜は、ヴァイスと言う名前の真っ白で、とても頭の良い飛竜です。私が話しかけると、ちゃんと聞いてくれているように思えます。これ、本当ですよ。
初めて飛び立った時はヴァイスの背中から落ちてしまいそうに思えて、ちょっとだけ怖かったのですけれど、空の上から見る景色はとても素晴らしくて、すっかり私は飛竜での移動が気に入ってしまいました。
詳しい仕組みは私には分かりませんが、快適に飛行を補助する魔導具が飛竜に取り付けられているらしくて、お喋りしながらでも、快適な空の旅を楽しめるのです。
ですが、可哀想なことにジネットに関しては、飛竜で移動した2日間はかなり辛い時間だったみたいです。
と言うのも、大空に飛び立ってしばらくしてから、ジネットは自分が高いところが苦手だと気付いたらしくて……。初めて空を飛んだのですから、自分がそんな体質だったと知らなくても仕方がないですよね。
でも、もう気付いたその時には、飛竜騎士団は隊列を組んで上空を飛行中。
今さら引き返して欲しいとは言い出せず、再び地上に降り立った時には、ジネットの顔色は真っ青を通り越して土気色でした。
あの様子では、ジネットが飛竜に乗って移動することは残念ですがもう2度とはないでしょう。
次に飛竜に乗れる機会があったら、今度はローラを誘ってみます。
ああ、そうでした! お父様にお伝えしておかなければならないことがあったので、この手紙を書き始めたのだったことを、私、すっかり失念していました!
もしかするともう既にご存知かもしれませんが、グルノー皇国からザルツリンド王国へ向かう際、私たちを乗せた馬車は “聖なる森” の途中で休憩を取りました。近くに小川が流れている、とても心地の良い場所でです。
その日は日の出前に出発していたので、ローラがそこで昼食用のサンドウィッチとスープの支度をしてくれることになったのです。
全員分のを、ローラ1人でですよ。
少し時間がかかりそうだったので、私とジネットは近くを流れている小川まで散歩をして、食事の支度が終わるのを待つことにしたのですけれど……。
ああ、そんな細かいことはどうでも良いですね。『要点を端的に!』それがお手紙を書く上で重要なことでした!
その小川の近くで、私は小さくてモコモコした白い仔猫を見つけたのです。
私には、その仔猫がなんだか弱っているように思えたし、親猫はどこにも見当たらないし、飼い主が居るとも思えなかったし、このまま森に置き去りにするわけにもいかないし、すごく可愛かったし……。
兎に角、仔猫のことは私が保護することにしたのです!
ただ、困ったことに、私はその後ザルツリンド王国へ向かわなくてはなりません。
私の身元引き受け人となるザルツリンド王家の許可なくその仔猫を一緒に連れて行って良いものか、私はすごく悩みました。
でも、待ち合わせの地まで私を迎えに来て下さっていた飛竜騎士団の隊長さんが『仔猫も一緒に連れて行って大丈夫だと思う』と言って下さったので、仔猫も飛竜に乗って私と一緒にザルツリンド王国へ向かうとこになったのです。
そうそう。後になってから判明したのですが、その隊長さんと言うのが、実は、ザルツリンド王国第二王子のハインリッヒ殿下だったのです!
驚いたことに、お父様のところにマキシミリアン陛下からの親書を届けに来た、あの竜騎士様だったのですよ。
ビックリですよね? お父様に謁見を求めれれたあの騎士様です。
ハインリッヒ殿下はグフナー公爵でもあるので、あの時は、たぶんそう名乗られていたと思います。覚えていらっしゃるでしょう?
ちなみに、私が乗った飛竜の主もハインリッヒ殿下です。
ああ、また話が逸れてしまいましたね。
ここからが本題ですわ!
私が保護してザルツリンド王国へと共に入った仔猫と思っていた生き物は、実はルーナリオンという聖獣らしいのです。ルーナリオン。お父様はご存知でしょうか?
真っ白で、ふわふわの毛皮で、額に “三日月” に似た模様があるのです。
グルノー皇国内の “聖なる森” の中で、グルノー皇国皇女の私が保護したので、セレストは私が自室でお世話をしています。と言うか、一緒に生活しています!
もふもふと一緒の毎日は楽しいですよ。あっ。セレストというのは、私が聖獣のルーナリオンに付けた名前です。
つまり、何が言いたいかといえば(今は私自身がザルツリンド王家にお世話になっている立場なので、セレストはザルツリンド王家の保護下にあるも同然な状態なのですが)聖獣ルーナリオンの主はこの私なので、私がグルノー皇国の皇女である限り、セレストはザルツリンド王国にあってもグルノー皇国の保護下に属するそうです。この説明でお分かりになるかしら?
ただ、問題が1つあって……。
セレストが思いの外大きく成長してしまっているのです。それでもまだ成獣にはなっていないらしく、ザルツリンド王国の学者の方の話では、この先もしばらくセレストの成長は続くようです。
そうなると、私がザルツリンド王国からグルノー皇国へ戻る際には、こちらに来る時に利用したような馬車ではセレストを連れて帰国できないと思うのです。
その件に関しては、また後日帰国の際に改めてお父様にご相談させて頂きたいと考えています。
ああ、そうそう。セレストなのですが、マキシミリアン陛下のご意向もあって “聖獣” としてではなく、私の “従魔” として、ザルツリンド王国の冒険者ギルドには登録してありますので、その旨ご報告致します。
という感じで、私はザルツリンド王国での日々を楽しく過ごしております。また何か楽しいことが起きましたら、すぐにお手紙を書きますね!
グルノー皇国の大好きな家族の皆様も、どうかご自愛下さいませ。
ザルツリンド王国より、溢れんばかりの愛を込めて。
ルイーズ・ドゥ・グルノー
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