36 第四皇女と厄介な訪問者。
耳を劈くキンキン声の主は、案の定、見覚えのある人物だったわ。
「どうして王妃様のすぐ近くに魔獣が? 近衛騎士はいったいどこに行ったの? ああ、もう。誰でも良いから、今すぐ、この魔獣を始末してしまいなさい!」
いつの間にか私たちがお茶会をしていたガゼボの近くに、この金切り声の主以外にも、数人のご令嬢たちと、その付き人らしき人たちが立っていたのよ。
どうやらこの方たちは、王宮裏手にある湖の畔に建てられている小離宮の方からこの中庭まで歩いて来られたようね。
先程ファラーラ王妃様が、小離宮で何か別の集まりが開かれているようなことを仰っていらしたから、きっとそこの参加者だと思うわ。
「落ち着きなさい、アルマンダ・フォン・ジャビル公爵令嬢。何も心配することなどありはしませんよ。ここに居るのは、貴女が思っているような危険な ”魔獣“ などではありません。ルイーズ皇女の “従魔” のシルバーリオネルですから」
「“従魔” なのですか? その大きな毛むくじゃらの獣が?」
「ええ、そうよ。それと、もう少し静かにして下さると助かるわ。貴女のとても良く通る非常に大きな声は、従順なシルバーリオネルを寧ろ刺激して興奮させてしまう恐れがあります」
「まあ、怖いわ!」
いえいえいえ。セレストはそんな危険な生き物ではありませんよ!
どちらかと言えば、身体が大きく育ってしまっただけで、とても温厚で、やたらと食いしん坊で、なんなら、かなりぐうたらな生き物ですわ。
それはさて置き、アルマンダ・フォン・ジャビル公爵令嬢は、今日も真っ赤なドレスをお召しなのね。
余程赤いお色がお好きなのかしら?
そうね。似合っていないこともないけれど、第一王子妃のエリーザ様の淡い色合いの上品なお召し物と比べると、随分と……。まあ、これ以上言うのは、流石に止めておこうかしら。
それにしても、一緒にいるアルマンダ様の取り巻きらしき4人のご令嬢方も、皆揃いも揃ってとても派手なお色のお召し物だわ。
もしかすると、今日の小離宮での会合は、そういったドレスコードのある集まりだったのかしら?
「“従魔”? それって、契約によって無理矢理従わせているだけの “魔獣” のことですわよね?」
アルマンダ様の背後に並んでいる令嬢方も、セレストの方に一瞬だけチラリと目をやると、一様に嫌なものでも見てしまったかのような不快そうな表情を浮かべて、眉を顰めながら分け知り顔で頷き合っているわ。
「せれしゅ。まじゅ、ちがうお!」
「れしゅと。いいこいいこ。やちゃちぃお!」
私がご令嬢方のお召し物の方にばかり気を取られている間に、ハッセン侯爵家のルキウス君とニコラス君は、寝そべっているセレストにしっかりと覆い被さったまま、セレストに対して敵意の目を向けてくるアルマンダ様に可愛らしく食ってかかってくれています。
なんて良い子たち!
それでも、アルマンダ様は双子たちの意見など、全く意に介してはいないみたいね。
寧ろ、王妃様のお声以外、自分の耳に入れるつもりはないみたいだわ。
「あらっ? お待ちになって! この獣がルイーズ様の “従魔” と言うことは……。つまり、ルイーズ様は、冒険者登録をなさっていらっしゃるということなのね?」
「はい、その通りですわ」
「まあ、嫌だわ! 皇女殿下が冒険者になることを許すだなんて、グルノー皇国は “聖女の国” だなんて言われている割には、随分と野蛮なお国柄ですのね」
あらあら。やっと私の存在にも気付かれたようね。アルマンダ様の謗りの矛先が私の方に向かって来たわ。
許すも何も、グルノー皇国にはそもそも魔獣もいなければ、冒険者ギルド自体が存在しないことを、アルマンダ様はご存知ではないみたいね。
それに、グルノー皇王である私のお父様は、私が冒険者になったことなどご存知ないわよ。(←言っていないし)
「アルマンダ・フォン・ジャビル公爵令嬢。“魔獣” など、この王宮内に存在していないことは、もうご理解頂けたかしら?」
「それはもちろんですわ。例えそのルイーズ様の獣がどうであれ、王妃様がそうでないと仰られるのであれば、私はもちろん王妃様のご意見に従いますわ」
「……ならば良いのです」
やはりアルマンダ様の目には、王妃様以外の者は映っていないみたいだわ。
公爵令嬢であるアルマンダ様よりも家格の低いアリシア・ハッセン侯爵夫人は兎も角、第一王子妃のエリーザ様や、王弟であるヨーゼフ・フォン・ハイド公爵夫人のプリシラ様にも挨拶をしないだなんて。
アルマンダ様の後ろに並んでいるご令嬢方も、自分たちの置かれている立場や身分を正しく理解できないのかしら?
「あの、王妃様」
「何かしら?」
「もし宜しければ、私たちもこちらで王妃様とお茶をご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか? 私たち、先程まで小離宮の方で開かれていた集まりに参加しておりましたのよ。そこで私、とても面白いお話を耳に致しましたの。是非、王妃様にも聞いて頂きたいと思って」
「いいえ、結構よ。今は、私が声を掛けたとても個人的な集まりの最中なの。貴女にも、それくらいはご理解頂けるわよね?」
◇ ◇ ◇
あの後、ファラーラ王妃様にピシャリと拒絶されたアルマンダ・フォン・ジャビル公爵令嬢たちは渋々ガゼボから立ち去ったわ。
だけど、第一王子妃のエリーザ様も気分が優れないと仰られて、程なくしてお茶会を途中退席されてしまわれたのよ。
「……全く、あの娘たちにも困ったものだわね」
「そうですわね」
「ああ、もう。どうしてかしら……」
「こればかりは、人の想いだけでどうにかなる問題ではございませんから」
「そうよね。プリシラ、私だって、分かってはいるのよ」
王妃様と、ハイド公爵夫人であるプリシラ様のお2人は、アリシア様に付き添われながら自室へと戻っていくエリーザ様の後ろ姿を見つめながら小さな溜息をつかれているわ。
以前、私の侍女のエルマ・クラウゼが、第一王子のラディスラウス殿下とエリーザ様との間になかなかお子がお生まれにならないことで、いろいろと良からぬ画策をしている者がいるらしいと話していたっけ。
いつまで経っても第一王子妃ののファラーラ様が世継ぎを身籠らないのなら、次の手立てとして、第一王子のラディスラウス殿下に側妃を娶らせてはどうかと言う声。
第一王子のラディスラウス殿下にエリーザ様以外の側妃を娶る意思がないのなら、第二王子のハインリッヒ殿下を代わりに立太子させたらどうかと言う声。
そういったいろいろな周りの余計な声が、エリーザ様を精神的に追い詰めていっているのでしょうね。
「あのぉ、お母様。お話し中に申し訳ありません」
遠慮深気なその声がした方に目をやると、ハイド公爵家令嬢のマリアンヌ様が、困ったような表情を浮かべてお母様であるプリシラ様のドレスの袖を引っ張っていらっしゃったのよ。
あらあら。マリアンヌ様は、急に自分に皆の注目が集まってしまったことに気付いたようで、顔を真っ赤にして俯いてしまったわ。ふふふ。
「マリアンヌ? どうかしたの?」
「ルカ様と、ニコ様が……」
「ルカ様とニコ様?……まあ、まあ、まあ!」
マリアンヌ様の視線の先には、ごろりと寝そべるセレストのお腹の上辺りに、乗り掛かるようにして並んで眠りこけているハッセン侯爵家の双子のルキウス君とニコラス君の、なんとも可愛らしい姿が!
そしてその横には、至福の笑みを浮かべている侍女のエルマの姿もね。くふふ。
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