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32 第四皇女は畑を耕したい。

「ルイーズ様、本気なのですか?」

「もちろん本気よ。あの場所を見つけた時から、ずっとやりたいと思っていたことを、ジネットだって知っていたでしょう?」

「それは、そうなのですが……」

「兎に角。王宮へ出発する前に植えてしまわないと! 折角手に入れた貴重なレイモニック草が駄目になってしまうわ」



ザルツリンド王国へ到着して、この離宮で暮らし始めてすぐの頃。私は散歩の途中で中庭の横の散歩道の先に何も植えられていない、畑にするのに丁度良い場所を発見していたの。

いろいろと忙しくて忘れていたけれど、あの場所だったらレイモニック草を植えるのにピッタリだと思うわ。

執事長のクラウス・アインホルンは、あの場所のことを『庭師の手が足りずに放置された元花壇』だと言っていたしね。

少し掘り返せば、すぐに立派な畑になるわよ!

取り敢えずレイモニック草を植えて、そのうち、他の苗を植えたいわ。そうね、例えば大好きなイチゴ、とか?

……ああ。でも、イチゴはちょっと季節的に合わないわね。



「ですが、畑を作るのは、この離宮の持ち主でもあるマキシミリアン陛下の許可を頂いてからの方が良いのではないでしょうか?」

「そう? ジネットはそう思う?」

「はい。一応私たちは、グルノー皇国からの客人扱いですので。何事も、勝手は許されないかと」

「……それもそうね。だったら今すぐ大々的に畑を耕すのは待って、今日のところは、一旦レイモニック草を植えるだけにしておくわ。枯れてしまったら困るし」



ダーガルウルフの群れに襲われてまで手に入れたレイモニック草ですものね。枯らしてしまうのは、どう考えても惜しいわ!


レイモニック草は、新人冒険者向けの比較的簡単な薬草採取の依頼と違って、発見すること自体が難しいとされる “高難度依頼” に分類されている薬草なのよ。

リリの話では、濃い紫色の目立つ花が咲いているこの時期にしか見分けることが難しく、その上、花が咲いている状態のものを丁寧に掘り出して、根っこがついた完璧な状態で採取したものでないと『依頼達成』とは認められないのですって。


今私の手元にあるレイモニック草は、採取から既に2日が経過してしまっているので、花もすっかり萎れてしまっているのよ。今更ギルドに持ち込んでも、もう買い取っては貰えないと思うわ。

だったら、手元にあるレイモニック草はギルドへは持ち込まずに私が畑に植えて、可能ならば増やしてみたいと考えているのよ。

レイモニック草を使って作れるかもしれない “麻痺状態を解除できるポーション”。面白そうよね。



「小さなスコップと、水を入れるバケツがあれば良いわね。クラウスに言って、庭師から道具を貸してもらえるように頼んでもらいましょう!」



兎に角。王宮へ出発する前までに、なんとしてもあの枯れかけてしまっているレイモニック草だけは畑に植えておかないとだわ!



  ◇   ◇   ◇



「畑を作りたい? ルイーズ姫が自ら畑を作るのか?」

「はい。離宮に丁度良い感じの元花壇だった場所を見つけました。陛下のお許しを頂けましたら、そこを畑にしたいと考えております」

「はっはっは。全くもって面白い! 構わん。好きにすると良い」

「ありがとう存じます」



思いの外呆気なく、マキシミリアン陛下から畑を作るお許しは頂けたわ。

横にお座りになられているファラーラ王妃様は、私と陛下のやり取りを呆気に取られたような表情を浮かべてご覧になられていたけれど。

まあ、それはそうでしょうね。

どこの国であっても、自ら畑を作りたい! などと言い出す貴族令嬢なんて、普通はいないでしょうから。



「元々その場所が花壇であったのなら、わざわざ畑にせずとも、花を植えれば良いではないのか?」

「ですが、お花では美味しく食べられませんから」

「美味しく食べる? 食べるために育てるのか?」

「はい。その通りです」



マキシミリアン陛下は、不思議な生き物でも発見したかのように私を見つめてらっしゃるわ。



「その畑で、姫はいったい何を育てて食べる気だ?」

「イチゴがまず初めに頭に浮かんだのですが、今の季節では栽培時期が合わないので……。トマトとか。ハーブ類でしたら簡単に育てられますね」

「ハーブ。……そう言えば、ルイーズ姫は “緑の手” の持ち主であると、報告書にも書かれておったな。薬草を育てるのが大層上手いと、そう報告を受けているぞ」



ああ、やっぱり。そういうことはちゃんと調査済みなのね。


“緑の手” と言うのは、地属性の人の中に極稀に存在する “無詠唱” で強力な魔力を扱うことのできる特別な人のことを指す言葉よ。

普通、どの属性の人も魔力を放出する時には “詠唱” が必要なのだけれど、私の場合はそういった “詠唱” は不要なの。

ちなみに地属性は、土に働きかけることで植物を育てるのに特化した魔力。

つまり “緑の手” の持ち主である私が育てた植物は、通常より短期間で育ったり、特別に美味しくなったりするわけ。

だから何? って思うかもしれないけれど、なかなか役に立つ能力だと自負しているわ。


グルノー皇国が国として薬草の栽培に力を入れていて、王家の後押しでそれらの薬草を乾燥させてからポーションの材料として他国に輸出していることは既に有名な話だわ。だから陛下も、そこに私の “緑の手” が関わっているのだとお考えなのでしょう。実際そうだしね。


そう言えば、初めて薬草採取の依頼を受けて草原へ行った時、ハインツ殿下が『ザルツリンド王国でも薬草の栽培を試みてはいるが、なかなか上手くいっていないようだ』と話されていたけれど……。

ハインツ殿下もマキシミリアン陛下も、()()()として私の “緑の手” の能力を必要としているのかしら?

でも……。そういった感じでもない気がするのよね?


タイミングよく “薬草” の話が出ているし、ここへ来る前にレイモニック草を離宮の畑に植えてきたことを、陛下にも報告しておいた方が良いかしら?

でも、あのレイモニック草、半分枯れかけていたわよね……。うーん。

やっぱり。ちゃんと育つとはっきりしてからお伝えした方が良い?



「話は変わるが……。其方。ジルベスターとファーベリアンヌを招いて、離宮で食事会を開いたそうだな」

「はい」

「これまで食べたことのないほど美味い魚料理を馳走になったと、ジルベスターに物凄く自慢されたぞ」

「そうね。前菜からデザートまで、どれも絶品だったと私も義姉上から聞いたわよ」



……やっぱりこの件に関しても、当然ながら陛下と王妃様のお耳にはちゃんと届いているようね。


私がグルノー皇国から連れて来た専属料理人のローラを、離宮の料理人たちに認めさせるために計画した食事会は予想していた以上に大成功だったわ。

食通として知られているヘンラー公爵ご夫妻からの太鼓判を頂いたローラは、あの日以来、離宮の料理人たちから完全に一目置かれる存在になったもの。



「ジルベスターとファーベリアンヌは呼ばれたのに、何故、私とファラーラはその食事会に声が掛からなかったのだ? ああ、そうだ。ちゃっかりハインツも参加していたそうだな?」

「……えっ? あ、はい」

「その上、その食事会用の食材は、ハインツに命じられたザルツリンド王国飛竜騎士団の者が用意したらしいではないか。その礼にと、第7分隊の者たちは大層美味い焼き菓子を食べたと聞いておるぞ」

「ええと、確かにそれは、そうなのですが……」

「陛下。ルイーズちゃんが怖がっているではありませんか!」

「ん? そうか?」

「ルイーズちゃんは何も心配しなくて良いのよ。陛下は、ルイーズちゃんの自慢の料理人が作った特別なお料理やお菓子を、自分も味わいたかった。そう仰っているだけですから。うふふ。分かり難い人でしょ?」

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