30 リリカ・ルーゲルの懺悔と誓約。
「貴女が昨日ここに担ぎ込まれて来た姿を目の当たりにした時には、場合によっては助からないかもしれないと心配しましたが、幸運なことに、見た目ほどの大怪我ではなかったようですね」
私の診察をしてくれているこの医師の口振りから考えるに、ルイーズ様と一緒にゼーレンの城壁外にある草原へ薬草採取に向かった先の草原で私たちがダーガルウルフの群れに襲われたのは、どうやら昨日の話のようです。
ちょっと眠っていただけだと思っていたけれど……。
「この傷の具合なら、今日はもう家に戻っても大丈夫でしょう。ですが、数日間は無理をせずに安静に過ごして下さい」
「はい。……あの。一つお伺いしても良いでしょうか?」
「何でしょう?」
「私と一緒に行動していたあの方は、どうなりましたか? お怪我をされていたりは……」
「ああ。あのお嬢さんでしたら、どこにも怪我はありませんでしたよ。冒険者ギルドの方と貴女をここへ運び込んだ後、迎えが来たようで一緒に出ていかれました」
「……そうですか」
「何か、他に質問は?」
「いいえ」
「では、お大事に」
「ありがとうございます」
冒険者を追って森から出て来たダーガルウルフの群れに気付いた時、すぐにルイーズ様を逃すことができなかったのは、明らかに私の失態。
おそらくギルドから連絡を受けた離宮の誰かが、ルイーズ様を迎えに来てくれたのでしょう。
お怪我は全くされていないという話だったし……。それだけでも幸運だったと思わなくてはなりません。
私の名前はリリカ・ルーゲル。
ザルツリンド王国飛竜騎士団第5分隊に所属する飛竜騎士であり、ハインリッヒ第二王子殿下の婚約者としてゼーレンの離宮に滞在中のルイーズ・ドゥ・グルノー妃殿下の護衛騎士の大任を拝しています。
ルイーズ様は “聖女の国” とも呼ばれているグルノー皇国の第四皇女殿下。
魔獣討伐の功績から一代限りの騎士爵に任命された父親の娘でしかない私は、本来であればルイーズ様のように高貴な身分の方と関われるはずはないのだけれど、運良く、騎士選定を経て、私は他の2名の先輩騎士と共にルイーズ様の専属護衛の任を拝命しました。
ルイーズ様は、私の知るこの国の高位貴族のご令嬢方とは一風、いえ、かなり違っています。
気さくで、何にでも興味をお持ちになるし、ハインリッヒ殿下と “お忍び” で街にも遊びに行き、屋台で美味しい串肉を食べたと喜んでおられる。
さらに、聖獣ルーナリオンの主であり、“従魔登録” をするためにギルドで冒険者登録をし、自ら依頼を受けて薬草採取にまで行ってしまう、そんなユニークなお方なのです。
それにしても、ルイーズ様の聖獣のセレストに、まさかあのような力があったとは……。
森から逃げ出て来た冒険者たちにダーガルウルフの群れをまんまと押し付けられたと分かった時、私の頭の中は、如何にルイーズ様に怪我を負わせることなく、城壁の門までルイーズ様を逃すことができるか、そのことでいっぱいでした。
今更こんなことを考えても仕方のないことなのでしょうが、ギルドでルイーズ様の知り合いだという男が『今日は依頼を受けるのを止めるべきだ』と声をかけて来た時、もっと男の話をきちんと聞くべきでした。
最近、冒険者の中に強引な方法で魔獣を狩ろうとする輩がいること。
いつもより魔獣の動きが活発になっていること。
草原の先にある森には、絶対に近付かない方が良いこと。
巻き込まれる可能性があること。
今思い返してみれば、彼は多くの情報を与えてくれていたのです。
にも関わらず、私はそれを軽く受け止め、ルイーズ様を危険に晒してしまいました。
ダーガルウルフは、1匹もしくは数匹であれば、騎士が脅威を感じるほどの魔獣ではないとされています。
でも、流石にあれだけの群れを、たった1人で相手にするなど “無謀” を通り越して “死にたがり” と揶揄されても仕方のないレベル。
もっと早くルイーズ様を連れて逃げる選択もできた筈。その選択をしなかったのは、私の中に騎士としての “驕り” があったからだと思います。
私の判断ミスでダーガルウルフの群れに完全に囲まれてしまった以上、自分の命を投げ出すしか、ルイーズ様の御身をお守りする方法はない。
それがルイーズ様の護衛騎士として、私に残された唯一の取るべき道でした。
ですが、襲ってきたダーガルウルフに一太刀浴びせた次の瞬間、私の横を恐ろしい程の速さで走り抜ける何かに私は目を奪われました。
ダーガルウルフの群れに向かって走っていったその何かは、いつもはルイーズ様のすぐ後ろについて愉し気に歩いているか、ルイーズ様の足元で気持ち良さそうに寝息を立てて眠っている、聖獣のセレストだったのです。
普段はおっとりとしたあのセレストが、まるで別の生き物かように、次々と襲いかかるダーガルウルフを叩きのめしていくのです。
神々しい程のセレストの圧倒的な強さに、途中からダーガルウルフの方も戦意を喪失しはじめたようで、最後には、致命傷を負った仲間を残して群れの多くが森へと逃げ戻って行きました。
もしも、あの時あの場にセレストがいなければ、おそらくは私もルイーズ様も無事で済まされなかったことでしょう。
ルイーズ様の護衛騎士を任されていながら本当に情けない話ですが、セレストは主であるルイーズ様だけでなく、私のことをも守ってくれたのです。
セレストの予想外の強さにも驚きましたが、私をセレスト以上に驚かせたのは、主であるルイーズ様です。
ルイーズ様はダーガルウルフの返り血で真っ赤に汚れている私を、ご自身が汚れてしまうことなど全く厭わずに、労いの言葉と共にしっかりと抱きしめて下さいました。
その瞬間、ダーガルウルフを撃退することができた高揚感と、ルイーズ様をなんとかお守りできた安堵感とが私の全身を駆け巡りました。
ダーガルウルフと対峙している間ずっと感じていた恐怖心も、もしかすると死ぬかもしれないと思っていた不安感も、その一瞬で消え失せ、身体の中心から心が穏やかに温まっていくように感じ、身体が軽くなったように思えたのです。
実際に見せてもらったのですが、私の着ていた服はダーガルウルフの鋭い爪によって、あちこちがズタズタに引き裂かれてしまっていました。
にも関わらず、身体のあちこちに鈍い痛みはあるものの、私には、ダーガルウルフの爪に抉られたと感じた左腕でさえも、どういうわけか全くと言って良いほど損傷がないのです。
『奇跡のような幸運』だと、最初に私を診察をしてくれた医師が不思議そうに首を傾げていたとも聞きました。
『神のご加護に違いない』と、今朝私に食事を運んで来てくれた女性が言っていました。
ですが私は、もしかすると “聖女の国” から来られたルイーズ様の起こされた『癒し』なのではないかと密かに思っているのです。
聖教会に縛られずに国を離れることができる以上、ルイーズ様が “聖女様” ではないことは間違いないですし、私を抱きしめて下さったあの瞬間に、ルイーズ様は “癒しの呪文” は唱えていません。
それでもあの時、私は確かにルイーズ様から何かを感じたのです。
ルイーズ様が “聖女様” であろうとなかろうと、私にとってルイーズ様がこれからも私の護衛対象であることに変わりはありません。
ですが、今の私には、ルイーズ様をお守りする力が圧倒的に不足しています。
あの時、もしも側にセレストがいなければ、ルイーズ様は確実に大怪我を負ってしまっていたでしょうから。
ですから今後は、ルイーズ様をお守りすべく己を律し、二度と今回のように不甲斐ない自分を晒すことのないよう、剣の鍛錬に励まなくてはなりません。
ルイーズ様が私をお見限りになられない限り、私はルイーズ様の護衛騎士として、身を賭してルイーズ様をお守りすることを改めて己の剣に誓います。
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