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28 第四皇女と薬草採取。

「ねえ、リリ。これなんてどうかしら?」

「良いと思います」

「後は、どうする? 他の依頼も一緒に受けておいた方が効率が良いと思うのだけど……」

「ル、ルーがそうしたいのなら」

「そうしたいわ! ねえ、リリのオススメの依頼ってある?」

「でしたら、これなんてどうでしょう。買取金額が他の薬草よりずっと高いです」

「……これってレイモニック草? 麻痺状態を解除できるポーションを作るための薬草よね?」

「そうです」

「この薬草のこと、随分前に本の中でなら読んだことがあるわ。麻痺状態を解除できるポーションなんて、グルノー皇国では需要がなかったけれど、魔獣と対峙する場面がある国では必要とされるのね」

「はい。飛竜騎士団でも必需品です」

「でも私、今までにこの薬草を一度も見かけたことがないのだけど、いつもの草原で採取できるのかしら?」

「レイモニック草は、花が咲いている短い期間しか採取できないので、この時期にしかギルドに依頼は出ません。期間限定の珍しい依頼です」

「そうなのね。それは面白そうだわ」



ハインツ殿下が任務のために王都を離れてしまっているので、私の冒険者資格継続のために必要な依頼を受けるため、私の護衛騎士であり、飛竜騎士でもあるリリカ・ルーゲルと一緒に冒険者ギルドに来ています。


冒険者ギルドに出入りする時、私は自分の名前と身分を隠して、ただの新人冒険者 “ルー” として振る舞うようにとハインツ殿下から言われているの。

余計な詮索を受けたり、トラブルに巻き込まれたりするのを避けるためだそうよ。

だから、今日の私たちは “皇女” と “護衛騎士” ではなくて、“新人冒険者ルー” と “先輩冒険者リリ” っていう設定なの。

なのだけれど……。リリは、なかなかこの設定に馴染めないみたい。



「あれ、もしかしてそこに居るのってルーちゃん? へぇ、珍しいな。ハインツは一緒じゃないのかい?」



背後から急に掛けられた声に対して、私の横にいたリリの表情が一瞬にして強張ったのが分かったわ。

リリは近付いて来る人物を警戒するように一歩前に進み出て、それと同時に左腕で私を自分の背中側へと下がらせ、いつでも相手に斬りかかれるように右手を剣に添えたのよ。

って。ここはギルドの中よ!?



「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺には害意はないよ! 君、ルーちゃんの “連れ” だよね? 綺麗な顔をして、随分とおっかないお嬢さんだなぁ」



そこに立っていたのは、以前ハインツ殿下と私が一緒に薬草採取をしていた時に、少しだけ会話をしたことのある冒険者の、確か……。ああ、そう! ケントさんだわ!


ケントさんの申告通り、彼に私に対する害意がないのは確かだと思うわ。

と言うのも、私の横にいるセレストが、ケントさんに対して全く警戒していないもの。

少し前から、セレストは私に対してちょっかいをかけようとする冒険者だったり、すれ違いざまにお財布を盗み取ろうとしたスリを、何度か撃退してくれているのよ。凄いでしょう?



「こんにちは、ケントさん。そうなの。彼はしばらく忙しいみたい。だから今日は別の人と一緒に来たのよ」

「……そうなんだ。ルーちゃんは、今日もあの草原に薬草を摘みに行くつもりかい?」

「ええ、その予定よ」

「ハインツが一緒でないなら、今日は依頼を受けるのは止めておいたらどうかな。あまり天気も良くなさそうだし?」

「そう? 今日は、凄く良いお天気だと思うけど?」

「ああ、そう? そうだったかな?……まあ、良いか。こっちのお嬢さんも、それなりに腕は立ちそうではあるしね」



ケントさんからしてみたら、私のような()()()()()は、危なっかしく思えるのでしょうね。



「実はここ最近、冒険者の中に少しばかり強引な方法で魔獣を狩ろうとする輩がいるらしくてさ。そいつらに刺激されたのか、いつもより魔獣の動きが活発みたいなんだよね。まあ、そんなわけだから、草原の先にある森には、絶対に近付かない方が良いよ! 万が一巻き込まれたら困るだろう?」

「そうですね。情報ありがとうございます」

「いやいや。じゃあ、またね」



ケントさんはそう言って笑顔で私に手を振ると、勢いよく奥にある階段を2段飛ばしで駆け上がって行ってしまったわ。

あら? 確か2階には、会議室と、ギルド職員の事務所と、ギルドマスターのお部屋があるだけだって聞いた気がするのだけど……。



「ルー。そろそろ行きましょう!」

「そうね。ああ、そうだわ、リリ! 草原に行く前に、屋台で何か食べる物と果実水を買って行きましょう」

「食べる物と果実水ですか?」

「そうよ! 折角だもの、楽しまなくっちゃ♪」



  ◇   ◇   ◇



「なんだか、これでは “薬草採取” と言うよりも、ほとんど “ピクニック” ですね……」

「そう? うーん。まあ、確かにそうかもね。必要な薬草はもう充分に採取し終えているのだし、たまにはこんな風にのんびり過ごしても良いと思わない?」

「こんな風に草むらに寝転がったり、ですか?」

「そうよ! 離宮じゃ、こんなこと絶対に許されないでしょう?」

「そうでしょうね。絶対に駄目だと思います」

「でしょ」



冒険者ランクを上げたいと思っているのなら、もっと頻繁にギルドに通って依頼を沢山受ける必要があるのでしょうけれど、私の場合は『セレストの従魔登録を維持するために、主である私自身が冒険者であり続ける必要がある』というだけだから、私の冒険者ランクがずっとFランクのままでも問題ないの。


それよりも、こんな風に草むらに寝転がったり、手掴みでパンを食べたり、瓶から直接果実水を飲んだり、草原を走り回ったり、大きな声で笑ったり……。そんなことが、楽しくて仕方ないわ。


セレストもこの草原をとても気に入っているみたいで、ここに一緒に来る度に、嬉しそうにあちこち走り回っているのよ。

それにね、こんなに早く私が薬草採取を終えられるのは、走り回りながらもセレストがしっかりとお目当ての薬草を見つけてくれるからなの。


初めて採取のためにこの場所を訪れた時、薬草を探して歩き回っている私の後ろを、セレストはずっとぴったりとついて歩いていたの。

そうしているうちに、私が探している薬草を覚えてしまったようで、しばらくすると勝手にあちこち歩き回って、お目当ての薬草を見つけるとその場所を教えてくれるようになったのよ。

匂いを嗅ぎ分けているのか、それとも何か別の方法で薬草を判別しているのかは私には分からないのだけれど、採取に来る度にセレストの薬草発見能力が確実に上がっている気がするわ。

だから最近では、セレストのおかげですっかり楽をさせて貰っています。



「ルイーズ様は、私が想像していたよりも、なんと言うか……。ずっと気さくな方なのですね」

「そうかしら?」

「高位貴族のご令嬢らしくないと言うか……。ああ、高位貴族どころか、皇女殿下でしたね。申し訳ありません」

「構わないわ。私たちは今は()()()()()なのだから、身分や立場を気にせずに “ルー” と “リリ” として接してくれた方が嬉しいわ」



リリ。リリカ・ルーゲルはね、騎士爵家の娘なのですって。

リリの父親であるルーゲル騎士爵がまだ若い頃、ザルツリンド王国内のあちこちで大規模な魔獣による災害が起きたそうよ。そのせいでザルツリンド王国は大混乱に陥った。

その際、多くの冒険者に混じって、リリの父親も討伐作戦に志願したのですって。

リリの父親の活躍は目覚ましく、かなりの数の魔獣を討伐して、彼が暮らしていた町を魔獣の襲撃から救った。そして、その功績が国に認められ、リリの父親は(一代限りではあるけれど)騎士爵の称号を得たらしいわ。



「つまり私は、貴族の娘として飛竜騎士団に所属はしてはいますが、身分的には平民とそれほど変わりません。本来であれば、皇女殿下の護衛騎士に任ぜられるような立場にはないのです」

「でも、マキシミリアン陛下は貴女の剣の腕を認めて私の騎士に任命したのだから、何の問題もないと私は思うわよ」

「ですが……。私はあの選定会では、早い段階でアリシア・ハッセン様に敗れております」

「でも、アリシア様は優勝者なのだから、誰が戦っても結局は勝てなかったのだと思うわ。もしもそんなことが気になるならば、リリはこれからもっと鍛錬をして、アリシア様よりも強くなれば良いのよ。だって、アリシア様よりリリの方がずっと若いのだから!」

「ぷ、ぷふふふっ」

「えっ。リリ? どうして笑うの?」

「だって……。ルイー、ルー様、ありがとうございます。私、ルー様のために、これからもっともっと精進致します!」

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