8 第四皇女と大好きな本。
「ルイーズ様、お待ち下さい。どちらへ向かわれておられるのですか?」
「ラファエルお兄様のお部屋よ! ご本を読んで頂こうと思って」
お兄様のお部屋に行こうと思って廊下を歩いていたら、お兄様付きのメイドに呼び止められた。
「ラファエル様でしたら、本日は外出されておれれますよ。お戻りは、2時過ぎになる予定だと伺っております」
「そうなの?」
困ったわ。アデルお姉様は今、マナーの先生のお時間だし……。
図書室へ行って、植物図鑑か、画集でも眺めていようかしら。でも、ここから図書室までって遠いのよね。
うーん、仕方ない。調理場へ行って、メラニーとお喋りでもして、お兄様がお帰りになるのを待ちましょう!
そうだわ。この前のお茶会の時に一切れも食べられなかったジネットのために、苺のタルトを焼いてくれるように頼みたかったし。うん。丁度良いわね!
私は本を抱えて、調理場へと向かうことにした。
……重いっ。この本、とっても立派な装丁なだけあって、とっても重いの。
と、とても、調理場まで、辿り着けそうに、な、い……。
私は本を抱えたまま、廊下にへたり込んだ。
「おチビちゃん、どうした? そんなところに座り込んで、具合でも悪いのか?」
「えっ?」
このお城で、私のことを “おチビちゃん” なんて呼ぶ人は居ないはず!
だって、私はこう見えても、私は歴としたこの国の第四皇女なのよ!
確かにちっちゃいのは認めるけど、“おチビちゃん” では無いわ!
この失礼なことを言う相手の顔を確認しようと思って上を向いたら、目の前に、とっても綺麗なお顔があった。
ビ、ビックリした!
その人は心配してくれているのだろう。私の顔を覗き込んでくる。
それにしても、近い! 近いです! 貴方、距離感おかしく無いですか?
「貴方は……どなたですの?」
「ああ、これは失礼! 私はザルツリンド王国から参りました、アンゼルム・ファッジャーと申します。で、そう言う貴女は?」
「私はルイーズ・ドゥ・グルノーです」
「ドゥ・グルノー? もしかして、皇女殿下ですか?」
アンゼルム・ファッジャーと名乗った男の人は、驚いた顔で慌てて立ち上がると、私に向かって、とっても優雅なお辞儀をした。
だから私も負けじと、美しいお辞儀で応えたわ。
「ええ、そうよ」
「これはこれは。皇女殿下とは気付かず、大変失礼致しました。お一人で?……侍女も付けずにお散歩ですか?」
「お散歩ではありません。今から調理場へ行くところです!」
「皇女殿下が調理場へ?」
「いけませんか?」
「ああ、いえ。そう言うわけでは無いですが……。では、どうしてここで、座り込んでいらしたのです?」
「それは……」
どう答えて良いか分からずにモゴモゴと口籠っていると、ファッジャー氏の視線が私が抱えている本に注がれているのに気付いたの。
私は慌てて本を背中に隠したわ。
「その本。もしかして、騎士が姫君を助けに行く話ではないですか?」
「えっ?」
「火を吐く魔獣を倒して」
「は、はい、そうです! どうしてお分かりになったの?」
「その本は、私の国で書かれた本なのですよ」
「本当に?」
「ええ。それは第3巻でしょう? 確か半年ほど前に £#$&€下は、最新巻を書き上げておられましたよ」
(£#&€? よく聞き取れなかったけど、今なんて仰ったのかしら?)
「……? えっ? 半年も前?」
「……ええ」
ラファエルお兄様は『最近』って仰っていたのに、実際は半年も前なのね。
「皇女殿下は、その本を、ご自身でお読みになるのですか?」
「いいえ。まだ私にはこの言葉は読めないので、いつもお兄様に読んで頂いています。でも、書かれている内容は、すっかり頭に入っておりますわ。だから、飛ばして読んでも、すぐに私、気付くことができるのです!」
そうなのよ。お兄様ったら、時々ズルをするの。
私が気付いていないと思って、途中を読み飛ばそうとするのよ!
「それは素晴らしい!」
「だって、私。この本が本当に大好きなのですわ」
私は、この本の国から来た男の人と、少しだけお喋りすることにしたの。
だって、調理場まではまだ、だいぶあるんですもの。重たい本を持ってこれ以上歩くのは、あまり良い考えでは無いでしょ?
「皇女殿下は、随分と、その本を気に入られているようですね?」
「ええ。一番大好きな本ですもの!」
「他のシリーズも、お読みになられたのですか?」
「もちろん! でも、さっき仰っていた最新巻はまだよ。お兄様が頼んで下さっているそうだから、今は届くのを待っているところなの」
「そうですか。それは楽しみですね」
「そうなの」
私たちは、廊下でお喋りを続けた。
本の国から来た男の人は、私を抱き上げて、陽の当たる出窓に座らせてくれたわ。ポカポカして気持ちの良い場所に。
「不思議なことにね、届けられる同じシリーズの他の本は、この本よりも一回り小さいし、薄いし、色もついていないのよ。これだけが “特別” みたいなの」
「そうでしょうね」
「貴方の国には、これと同じ本があるのかしら?」
「ございますね。王宮の図書室の特別な場所に並べられています」
「やっぱりね! この本はやっぱり特別な本なのね? このお城の図書室にも、似たような本が沢山あるもの。とても立派で、鎖が付いている本とか」
「チェインドライブラリーですか?」
「名前は知らないけど、こんな風に金色の綺麗な模様も似ているわ」
私は表紙に描かれている、美しい金色のデコボコした葉っぱや蔦の模様などを、本の国から来た男の人に見せた。
男の人はニコニコ嬉しそうに笑っている。たぶん、この人も本が大好きなのだわ。
「ねえ、貴方はこの本に出てくるような “お肉” を食べたことがあるかしら?」
「肉ですか?」
「そうよ。騎士様が魔獣を倒して、その魔獣を焼いて食べるシーンが本の中にあるでしょう?」
「魔獣……。魔獣は、あまり美味しくは無いですよ。姫様にはお勧めはできませんね」
「魔獣を、食べたことがあるの?」
「ええ、まあ。でも、流石に普段は食べませんよ。任務中で仕方なく……」
「任務? もしかして、貴方も、騎士様なの? 魔獣を倒すために戦っていらっしゃるの? それとも姫君をお救いするため?」
「……いやぁ。参ったな」
本の国から来た男の人は、自分は確かに騎士だが、捕われの姫君は助けたことはまだ無いと言って笑った。魔獣討伐は大事な仕事の一つだと言う。
「この国には魔獣は居ないそうですが、私の国には魔獣が多く生息している地域もあって、町の近くに現れれば、騎士団は討伐に向かいます」
「まあ、そうなのですね」
「それより、皇女殿下。貴女はいつもこうしてお一人で出歩かれているのですか?」
「ええ。お城の中だったら。でも、外へは一人では行かないわ」
「お一人は危ないですよ! 捕われの姫になったら困るでしょう?」
「大丈夫よ。お城の中に悪い人は入って来ないから!」
「でも、もしも私が悪い人だったら? 貴女を攫うことくらい、私には簡単にできますよ」
「貴方は……悪い人なの?」
「いいえ。例えばの話です。ですが、万が一もあります。今後は、お一人でのお散歩はお控え下さい。ああ、散歩ではありませんでしたね」
その時、遠くからジネットが私を探す声が聞こえて来た。
本の国から来た男の人は、私が抱えた本ごと、私を出窓からふわりと廊下に下ろしてくれた。
「どうやらお迎えが来たようですね。では、私はこの辺で。またいつかお会い致しましょう」
男の人はそう言い残すと、あっという間にいなくなってしまった。
「もうちょっと、お喋りしたかったな……。またいつか? あの本の国の騎士様に、また会える日が来るのかしら?」
「ああ、ルイーズ様、そんなところに! あちこち探しましたよ! 何をしていらっしゃったのですか?」
「ひなたぼっこをしていたわ」
「ひなたぼっこですか? ああ、そうでした! ラファエル様がお帰りになられたそうですよ」
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