26 第四皇女と飛竜騎士団第7分隊。
「美味い!……じゃなくて、どれもこれも素晴らしくお美味しいです、ヨハネス副隊長!」
「ルドファー。お前が焼き菓子を気に入ったことはよく分かった。いいから、少し落ち着け!」
ヘンラー公爵ご夫妻をお招きして離宮で開いた昼食会からさらに数日後のこの日。
私はハインツ殿下が隊長をされている、ザルツリンド王国飛竜騎士団第7分隊の皆様をお茶会にお招きすることにしたの。
もちろん招待の理由は、先日の昼食会に使用した新鮮な海産物を飛竜騎士団の方に手配して頂いたお礼としてよ。
「ルドファーの言うように、ルイーズの専属料理人の腕はとても素晴らしいよ。食事会で提供された食事はどれもとても美味しかったよ」
「はぁぁぁ、良いですねぇ、ハインツ隊長は! 焼き菓子だけでなく、コース料理を召し上がられたわけですから、羨ましいです!」
「ルドファー。お前、本当にもういい加減に黙れ! そうでなければ、向こうへ行っていろ。また新しい菓子がテーブルに運ばれて来たみたいだぞ」
「えっ、新しい焼き菓子が? 向こうに? 了解です! 失礼しますっ!」
「まったく……」
新しい焼き菓子があると聞いたルドファー・ノルマン様は、本当にあっという間に居なくなってしまわれたわ。
もちろん、今日テーブルに並べられている焼き菓子も、全てローラの作った最高に美味しいものばかりよ。
ルドファー様以外の第7分隊の皆様にもローラの焼き菓子は好評のようで、どんどんお皿が空っぽになっていっているみたい。補充するのが大変そうだわ。
ルドファー様が行ってしまったので、ソファーに残されたのは私と、ハインツ殿下と第7分隊副隊長のヨハネス・レングナム様と、それからもう1人。
「これでやっと静かになるな。ルイーズ、改めて紹介するよ。彼がアーレンだ。先日の海産物をルルーファ王国の港からこの離宮まで運んでくれた、我が隊の “スピードスター” だよ」
「その呼び方は止めて下さい、ハインツ隊長!」
ハインツ殿下に “スピードスター” と呼ばれた騎士様は、お顔を真っ赤にされています。
でも、すぐにその表情はキリリと変わって、すくっとソファーから立ち上がると、私の目の前で左胸に手を当てて騎士の礼を取られたの。
凄くお育ちの良さそうな方ね。ああ、別にルドファー様と比べてってことではないわよ。ああ見えてルドファー様も侯爵家のご令息ですもねの。
「ルイーズ様、ザルツリンド王国飛竜騎士団第7分隊所属、アーレン・ガンズと申します。本日は、お招きありがとうございます」
「ようこそおいで下さいました。グルノー皇国第四皇女、ルイーズ・ドゥ・グルノーです」
実は、アーレン様とは初対面ではないけれど、ほとんど初対面のようなものよね。
初めて私が飛竜騎士団第7分隊の皆様とお会いしたのは、私がグルノー皇国からザルツリンド王国へと入ったあの日よ。
あの時は、まさか私をこの国へと運んでくれることになった飛竜騎士団第7分隊の隊長が、私の婚約者候補であり、ザルツリンド王国の第二王子でもあるハインリッヒ・フォン・ザルツリンド殿下その人だったとは思いもしなかったけれどね。
「先日は本当に助かりました。アーレン様のお陰で、とても素晴らしい昼食会になりました」
「恐縮です」
実際、あの日に出された “白身魚のポアレ” は、昼食会にお招きしたヘンラー公爵ご夫妻にも好評で、離宮の料理人たちのローラに対する態度は一変したのよ。
あの日を境に、ローラは離宮の調理場で、他の料理人たちに混じって調理に参加しているわ。
もちろんローラはお肉の扱いにまったく慣れていないから、下拵えや基本的な調理方法などを一から学ばなくてはならないので “見習い” に近い立場のようではあるらしいけれど。
何はともあれ、一歩前進よね。
「それにしても、ルイーズの提案には正直驚いたよ。まさか新鮮な海産物を運ぶために、王国軍に所属する誉れ高き我らが飛竜騎士を使おうと考えるなんて。流石は皇女殿下だ」
「……も、申しわけありません」
「別に構わないよ、今のは冗談だから」
でも、冗談では済まされないことだったわと、私だって今はちょっとは反省しているのよ。
ハインツ殿下が仰る通り、飛竜騎士はザルツリンド王国のもの。国王陛下に従うべきものであって、荷物の運び屋さんではないのだから。
でも、陸路を馬車を使って海産物を運んだとすると、最も近いルルーファ王国の港からだったとしても数日はかかるでしょ。
だからこの国の人は海産物を食べないのよ。というか食べられないのよね。
でも、飛竜で運んでもらったので、本当にあっという間だったわ。
鮮度が落ちることなく、まるでたった今海から上がった様な新鮮な状態でローラのところまで白身魚もアサリも届けられたそうよ。
それにしても、よくルルーファ王国の方たちも、こんな急で突飛なお願いを受けて下さったものだわね。
以前『騎士団の飛竜は完璧に躾けられているから、無闇に人を襲うようなことは絶対にないけれど、民間人の中には見た目で飛竜を怖がる者も少なからずいる』と殿下は仰っていたのに……。
ルルーファ王国の漁師たちは、飛竜を恐れたりはしなかったのかしら?
「僕たち第7分隊はね、ルルーファ王国にちょっとした “貸し” があるんだよ」
「“貸し” ですか?」
「そう! もう随分と前になるね。まだアーレンは入隊前の話だから知らないと思うが、国境近くで魔獣の群れに襲われている複数の馬車を見つけて、当時の第7分隊が討伐の手助けをしたことがあるんだよ。救出してから分かったんだが、襲われていたのはグルノー皇国の聖女派遣団の隊列だったんだ」
「えっ!」
「ルイーズ、どうしたの? そんなに驚いて」
「お姉様を助けて下さったのって、殿下たちだったのですか?」
「お姉様?」
「はい。私のすぐ上の姉です。第三皇女のヘンリエッタ・ドゥ・グルノー。ヘンリエッタお姉様は聖女で、その派遣団に参加されていました」
「そうなの? 皇女殿下があの時の派遣団に加わっていたなんて話は……。ふぅん、初耳だな」
「ですね。おそらくは箝口令が敷かれていたのでしょう」
「……だろうな」
そんなことがあったので、ルルーファ王国としてはザルツリンド王国飛竜騎士団に対して恩を感じているらしく、以来、ある程度の融通が利くそうなのよ。
「私はてっきり、マキシミリアン陛下はその派遣団の中にお姉様が参加していたことをご存知だったので『第三皇女を婚約者候補に』と書かれた “親書” を届けられたのかと思っていましたわ」
「ああ、あれは……」
「殿下。やはり今後のためにも、ここではっきりさせておいた方が良いと私は思いますよ」
そう指摘されたハインツ殿下は、何か考え込んでいるようにも見えます。ヨハネス様は何をはっきりさせておく方が良いとお考えなのでしょう?
「後になって我が国にある聖教会の担当者から尋ねられて初めて気付いたのだけれど、僕は、ルイーズ、君に3人も姉君が居るとは知らなかったんだよ。親書を送った時点で、既に2番目の姉君は結婚されて皇籍を離れておられただろう?」
アデルお姉様のことを仰っているのね?
そうね。第二皇女だったアデルお姉様は、あの時点ではとっくにヴィンガル公爵家に嫁がれていたわね。
「だから、君には “大聖女” と “聖女” をしている2人の姉しか居ないと勘違いしてしまったんだ」
「それで “親書” には、第三皇女と書かれていたのですね?」
「そうだね。確かにあれは誤りだった。だが、親書にはちゃんと君の名前も書かれていた筈だよ!」
まあ、それはそうね。確かに書かれてはいたわ。第三皇女のルイーズ・ドゥ・グルノーと……。
いろいろと誤解や混乱はあったけれど、ちゃんと最初から私を欲して下さってはいたのね。
「あら? そういえば、私が初めて飛竜をこの目で見たのは、聖女派遣団救出の一報を届けて下さった時だった気がします。確か、4頭いた飛竜の中にとても綺麗な真っ白な竜がいて……」
「ああ。あの時なら、当時の第7隊長の命を受けて僕もレンファス城に向かったよ。ルイーズが見たという白い飛竜は、間違いなく僕の愛竜だね」
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