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24 第四皇女と花祭り。

「おーーーい。こっち、こっち!」

「ルドファー。声が大きい! 分かっているのか? 我々は一応ここには “お忍び” で来ているんだぞ」

「それはそうですけど、こんなお祭りの日に、他人のことを気にかけている人間なんて何処にもいやしませんよ。副隊長は、いつもいつも心配しすぎなんですよ」

「お前はいい加減すぎだ! それに、護衛は任せろとかなんとか大口を叩いていなかったか?」

「そうでしたっけ? それより何か食べましょうよ。ほら、戻って来られた隊長の奢りで!」



手を振るルドファー様たちの方へ近付いて行くと、食欲を刺激するような、なんだかとっても良い匂いが漂ってきているわ。

うわぁ。香ばしいこの匂いの正体は……。ああ、あの大きなお肉の塊ね!

ほら、すぐそこの屋台!

見たこともないような凄く大きな塊のお肉を、じっくりと炭火で炙ってる。どうやら香ばしく焼き上げたそのお肉を薄くスライスしてから、数種類の野菜と一緒にパンに挟んで食べるみたいよ。美味しそう♪



丁度同じタイミングで、ジネットとエルマも戻って来たわ。

2人とも手にそれぞれ色違いの小さめの花束を持っているから、私たちとは別の花屋台を見て戻ったところなのでしょう。



「皆さん、そろそろ小腹が空きませんか? 隊長の奢りで美味しい物でも食べましょう!」

「ちょ、ちょっと待て、ルドファー。流石にこれはないと思うぞ! 食事ならこの辺の屋台ではなく、どこかちゃんとした店に入って……」



ヨハネス副隊長がかなり慌てた様子で、屋台の方へと向かおうとしているルドファー様の腕を引っ張ったの。



「あの、ヨハネス様。私でしたら、こちらで大丈夫です」

「えっ?!」



ヨハネス副隊長は私の言葉に驚いたらしく、掴んでいたルドファー様の腕を急に離したので、ルドファー様は危うく転びかけたわ。



「ここ、ですか? ここは炭火焼きを出す()()ですよ?」

「ええ、そうですね」



戸惑い顔のヨハネス副隊長とルドファー様に向かって私は大きく頷いて見せたわ。

だって、ルドファー様が向かおうとしていた屋台は、私が食べてみたいなぁと思っていた塊肉を焼いている正にあの屋台なのだもの!



「姫君はご存知ないと思いますが、屋台というのは基本的に立ち喰いを前提としていて……。ああ、立ち喰いと言うのは……」

「大丈夫です。屋台のことも、立ち喰いの意味も、ちゃんと理解していますから」

「まさかとは思いますが……。既に屋台の物を食したことがおありですか?」

「はい。以前美味しい串焼きを食べられるという屋台に連れて行って頂きました」

「殿下! 貴方の仕業ですね?」



ヨハネス副隊長は素早くハインツ殿下の方を振り返ったの。ヨハネス副隊長のあの表情は、既に確信しているってお顔だわね。

殿下の方は……。あらあら。この状況を面白がっているように見えるわ。



「はぁぁぁぁ。全く、貴方という人は……」

「何事も経験だと、ヨハン、お前もよく言うじゃないか!」

「それとこれは全く別でしょう! グルノー皇国の皇女殿下に屋台の食べ物を……。当然、毒見役などお連れになっていない時ですよね? はぁぁ……」

「そう何度も溜息を吐くなよ。更に老けるぞ」



  ◇   ◇   ◇



「この花束を私にですか?」

「建国祭の期間中、ゼーレンの街のあちこちに花屋台が出ていて、親しい人に芍薬の花を贈るのだそうよ」

「うわぁ、ありがとうございます。とっても嬉しいです!」

「ローラも私たちと一緒に行けば良かったのに。街中が色とりどりの芍薬の花で溢れていて、とっても素敵だったわよ」



出発前。私は一緒に行ってみないかと声をかけてみたのだけれど『自分は貴族ではないので、皆様方と同行するのは気が引けます』と言い張って、ローラは離宮に残ったのよ。

ちなみに、グルノー皇国から同行してくれている私のもう1人の侍女のヒセラ・モンカナはと言うと……。『祭りで混雑する街の中を歩き回るほど、私はもう若くはございません』ですって。


だから帰り際、花屋台でローラとヒセラにも花束を買ってお土産にしたの。



「ジネット様の花束も、素敵な色合いで可愛らしいですね」

「ありがとう。これはエルマとそれぞれのイメージで贈り合ったのよ。私って、こんなイメージなのかしら?」

「ええ。とってもお似合いだと思います!」



エルマは明日から数日休暇を取っているらしくて、離宮へは戻らず、食事をした後に別れて、実家であるクラウゼ伯爵家へと帰ったわ。



「そう言えば、ルイーズ様。この花束を選んでいる時にエルマから教えて貰ったのですが、“花祭り” 期間中に贈る芍薬の花には、いろいろと意味があるそうですよ」

「そうなの?」

「はい。好きな方に自分の気持ちを伝えるのに使われることが多いそうです」

「そ、そうなの?」



エルマから聞いた話では、意中の相手に芍薬の花束を贈るのだそうよ。花束が立派な物であればあるほど、効果があるとかないとか……。

家族や友人には、花を1輪だけとか、小さめの花束で良いそうよ。



「じゃあ、ルイーズ様がハインリッヒ殿下から贈られたような帽子の花飾りにも、何か意味があるのですか?」

「……帽子に芍薬の花を飾っている女性は『私には既に()()()()()()()()()()()』ってことだとエルマが言っていたわ。ちなみに、ハインリッヒ殿下が胸ポケットに入れられていたお揃いのブートニアは、つまり……そういうことですね」

「ん?」

「ハインリッヒ殿下とルイーズ様が()()()()()()()だという意味です!」

「えっ? えええっ?」



そんな話、全然知らなかったわ!

でも、思い返してみれば……。あの時、花屋台の店主は『お幸せに』って言っていたかも。


ああ、でも。きっとハインツ殿下だってそんなことなど知らずに、私にあの帽子に飾る芍薬の花飾りを選んで下さった……のよね?



「それより……」

「……ですか?」

「そうなのよ。ローラも近いうちに行ってみると良いわ。ですよね、ルイーズ様!」

「ルイーズ様?」



ここ数日いろいろと忙しかったこともあって、ちょっとぼーっとしてしまっていて、ジネットとローラの話を聞いていなかったわ。



「えっと、何の話だった?」

「屋台で食べたパンの話です。思いのほかとても美味しかったので。今度ローラも食べに行ってみると良いと思いませんか? きっといろいろと参考になりそうですよね」



そうよ、そうだわ! 離宮に戻ったらこの話をローラにしようと思っていたのよ!

私たちがザルツリンド王国へ入って随分と経つけれど、ローラは依然としてこの離宮の料理人たちから仲間として認めてもらえていないみたいなの。


もちろん離宮の料理人の中でも、トーマス・ダイナーだけは別よ。

トーマスはすっかりローラの作る焼き菓子に魅せられたみたいで、ローラがお菓子を作るために厨房を使えるようにいろいろと取り計らってくれているらしいから。



「あのね、ローラ。私から提案があるのだけれど」

「何でしょうか?」

「今度、離宮でお食事会を開きたいと思っているの。そうね、ハインツ殿下とヘンラー公爵ご夫妻をお招きして」

「……はい」

「そのお料理を、ローラに作って貰いたいのよ」

「私に、ですか?」

「そうよ!」

「ですが……」



きっと、離宮の料理人たちは良い顔をしないでしょうね。

でもね、このままだと、ローラがわざわざザルツリンド王国まで私と一緒に来てくれた意味が見出せないまま、あっという間に1年なんて過ぎてしまうわ。

ザルツリンド行きを決めた時、ローラが言っていた言葉を私はちゃんと覚えてる。

グルノー皇国以外の土地に暮らす人々がどんなものを、どんな料理方法で、どんな味付けで、どんな風に食べているのかを知りたいと。他所の国の料理を自分でも食べてみたいし、自分の作るものを他所の国の人たちにも食べて貰いたいって。



「かなり大変だと思うけれど、オードブルからデザートまで、ローラが1人で全部作るのよ。招待客を満足させて、離宮の料理人たちにローラの実力を認めさせるのよ!」



ヘンラー公爵ご夫妻はかなり舌が肥えているって話を聞いたから、お2人の口から『美味しい』って言葉を引き出すことができれば、離宮の料理人たちもローラを認めざるを得ないでしょう?



「ただし、メイン料理は “お肉” はなしで、“お魚” のみよ。不利な状況なんだし、ローラの得意な物で勝負するのよ!」

「ですが、ルイーズ様。ゼーレンで新鮮なお魚を手配するのは、かなり難しいと思います」

「それなら大丈夫よ! 強力な味方を見つけておいたから」

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