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23 第四皇女と街の祭り。

「殿下は、ダンスがお好きではないのですか?」

「特に好きでも嫌いでもないって感じだけど。どうしてそんなことを尋ねるのかな? もしかすると、僕とでは踊りにくかったってこと?」

「いいえ、そういうわけでは……。ただ、他のご令嬢とは踊らないのかしらと思っただけです」



ガッカリした表情でハインツ殿下の後ろ姿を見つめていらっしゃる大勢のご令嬢たちの視線を引き連れたまま、ハインツ殿下は、飛竜騎士団第7分隊の副隊長のヨハネス・レングナム様と、同じく第7分隊のルドファー・ノルマン様と話をしていた私のところへと戻って来られたのよ。



「もしかしてルイーズ……。僕が、他の令嬢と踊った方が良いと思っていたりする?」

「そういうわけではありませんわ! ただ、私はザルツリンド王国の “社交のルール” をザルツリンドの方ほどには詳しく存じ上げませんから……」

「良いんだよ。特にルールなんてものはない。僕は王子として今日のこの舞踏会にちゃんと出席をしているのだし、確かに1曲だけだが、ダンスもした! 全くもって問題ないよ」



そうは仰いますが、先日私に向かって『わざわざ他国の姫を連れて来なくても、最初からこの国の高位貴族の令嬢の中から婚約者を選べば良いと言っているのよ。お分かりにならないのかしら?』と(のたま)ったジャビル公爵家のアルマンダ様が、閉じた扇をぎゅっと握りしめたまま、怒りにメラメラ燃える瞳でこちらを睨んでいる気がするのですけれど……。

気のせいではありませんわよね?

少し離れた場所だったこともあって、殿下と、ジャビル公爵と、アルマンダ様との間で、どのような会話がなされていたのかを知る術は私にはないけれど、明らかにアルマンダ様の瞳に先日よりも激しい敵意を感じるのですが。



「今日の舞踏会の本当の目的はルイーズ、君のお披露目だ。グルノー皇国から僕の婚約者としてこの国に来てくれた君の存在を、広く王国貴族たちに知らしめたいという父上の思惑は概ね成功しているようだし、今日の僕たちの任務は無事に完了したってことで良いと思うよ」

「えっと……。候補の1人、ですよね?」

「ん? ()()()()()(こだわ)るんだ」

「えっ? だって……」

「ルイーズ、その件についてはまたいずれ話す必要がありそうだね。それよりヨハン。僕たち、もう帰っても良いよね?」

「えっ? まさか、もうお帰りになるおつもりですか?」

「ああ。明日は折角だし、ルイーズと、彼女の侍女たちを連れて城下に出てみようと思っているんだ。ここで無駄に長居するよりも、余程有意義な時間が過ごせると思うのだが?」

「ちゃんと護衛を連れて行かれますよね?」

「護衛か……。余り目立ちたくは無いのだが」

「隊長が花祭りへ? うわぁ。信じられないっす! 護衛なら僕が請け負いますよ。どうせ明日は暇ですから!」



ルドファー様がすっごく面白がっているように見えるのだけれど……。“花祭り” って何なのかしら?

今行われているのは “建国祭” の筈よね?



「この時期、王都ゼーレン近郊では花々が一番美しく咲き誇る季節なんです。ゼーレンの街中が色とりどりの美しい花で溢れていて、それはそれは見事ですよ。明日が楽しみですねー」

「ルドファー。まだお前に護衛を頼むとは言っていないぞ!」

「そんなぁ。護衛任務の見返りは、屋台で美味しいものを食べさせてくれるだけで良いですから、僕も一緒に連れて行って下さいよー」



  ◇   ◇   ◇



「どう? 堅苦しい王宮の夜会なんかより、こっちの方がずっと有意義そうだろう?」

「困りますわ。どうお返事をすれば良いのかしら? でも、街のお祭りが素晴らしいのは確かですね! あのお花は何ですの?」

「あれは芍薬(シャクヤク)だよ」



王宮での舞踏会の翌日。

グルノー皇国から同行してくれている侍女のジネット・シャルハムと、離宮に入ってから私の侍女となったエルマ・クラウゼを伴って、私はお祭り気分で盛り上がっているゼーレンの街の中心部へと来ています。

もちろんハインツ殿下も一緒によ。

そして、()()()()()かどうかは分からないけれど、飛竜騎士団第7分隊の副隊長のヨハネス・レングナム様と、ルドファー・ノルマン様のお2人も同行することになったみたい。


ルドファー様が前夜の舞踏会の場で話されていたとおり、街のあちこちこちらに色とりどりの大輪の芍薬の花が綺麗に飾りつけられていて、どこもかしこもとても華やかで素敵だわ。

この日は祭の最終日とあって、特に人出が多くなるそうよ。そんな中で私が迷子にでもなってしまったら、本当に大変なことになってしまうわね!



「祭の期間中、ゼーレンの人々は芍薬の花を親しい者同士で贈り合うんですよ。だから “建国祭” は別名 “花まつり” とも呼ばれているんです」



ルドファー様にそう言われて周りを見渡せば、普段だったら見かけない芍薬の花ばかりを扱っている花屋台がやたらと目に付くわね。

それに、そこかしこに、美しいブーケを大事そうに抱えながら歩いている人や、帽子や服や髪に芍薬の花を飾りつけている女性の姿が見受けられるわ。



「隊長。早いとこ姫君に花を贈った方が良いのではないですか? 誰かに先を越されちゃいますよ!」

「お前に言われなくても、最初からそのつもりだったよ。ルイーズ、行こう! お前たちはその辺でしばらく待っていてくれ」

「はーーーい。どうぞごゆっくり」



ふふふ。ハインツ殿下に睨まれても、ルドファー様は全く気にしていないみたい。ケロッとして笑っているもの。

ヨハネス副隊長は、苦虫を噛み潰したようなお顔で、そんなルドファー様を見ているわ。

この3人。なかなか面白い組み合わせね。竜騎士隊でもこんな感じなのかしら。



「ルイーズ。どれが良い? 好みの花のを選ぶと良い」



はぐれないよう殿下に手を引かれて、私たちは2人で人混みを掻き分けながら近くの花屋台へと向かったの。

どれと言われても……。いろいろとありすぎて、凄く悩むわ。

ブーケが良いかしら。ああ、それとも、さっき途中ですれ違った女性のように、花を帽子に飾るのも捨てがたいわね。



「若旦那。こういう時は、若旦那がお嬢さんに似合うと思う花を選んで贈るもんですぜ」

「そうなのか?」



色とりどりの芍薬を前に悩んでいる私に気付いたらしい花屋台の店主が、そうハインツ殿下に声をかけてきたの。

そうしている間にも、花は飛ぶように売れていくのよ。

人気なのは、やっぱりブーケみたい。



「そうだな。じゃあ……、これを」

「お付けしやしょうか?」

「ああ、頼むよ。ルイーズ、君が今被っている帽子を一旦脱いで、彼に渡してくれるかな」



ハインツ殿下が指差したのはリースのように見えるのだけれど、どうして私の帽子を渡す必要があるのかしら?

不思議に思いながらも、言われた通りに帽子を差し出すと、花屋台の店主は私の帽子にリースかとばかり思っていた大輪の芍薬が美しく咲く花の輪っかを、リボンを使って私の帽子に器用に取り付けてくれたのよ。



「素敵だわ!」

「最初はちいとばかり頭が重いと思うかもしれませんが、すぐに慣れますよ。若旦那はなかなか趣味が良い。お嬢さんにお似合いになると思いますよ」

「ルイーズ。被ってみたらどうだ?」

「そうですね。どうです? 似合っているかしら?」

「ああ、とても良い」

「そうでしょうとも。じゃあ、若旦那にはこっちだ!」



花屋台の店主は満足気にそう言うと、私の帽子に飾られたピンクと白の芍薬と同じ花で造られた小さな花飾りを私に差し出したの。



「……これは?」

「ブートニア。若旦那の胸ポケットにでも突っ込んどけば良いさ」

「そうなの?」

「そうそう! お幸せに!」



お幸せに? んんん? それって、どういう意味かしら?

よく分からないけれど、私は支払いを終えて振り向いた殿下の上着のポケットに、店主に言われた通りに受け取ったばかりの可愛らしいブートニアを差し込んだわ。

一瞬だけ、殿下がちょっと照れたような顔をされたような気もしたけれど、次から次へと花を買いたいお客さんがやって来るので、その流れに押し出されるようにして、私たちは花屋台を離れたの。



「隊長! こっち! こっちですよー! おーーーい!」



さっき別れた場所から少しだけ移動した場所で、ルドファー様が両手をぶんぶんと大きく振りながらピョンピョンと飛び上がって私たちに合図を送っているのが見えるわ。

あらあら、ルドファー様ったら、ヨハネス副隊長に押さえ込まれているじゃないの。

お2人が今いるのって……。くふふ。どう見ても食べ物の屋台の前だわ。

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