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21 第四皇女と交錯する思い。

ここ数日、王都ゼーレンはザルツリンド王国の建国祭が行われているため、とっても賑やかです。

街の中心部では、あちこちに美味しい食べ物を振る舞う屋台が立ち並んでいたり、芝居小屋などが作られていたりしているそうで、時折、風に乗って陽気な音楽が私が暮らしている離宮にまで聞こえてきたりしているんですよ。

私も、そんな賑やかで楽しそうなゼーレンの街を歩いてみたいと思っていたのですけれど……。



「ルイーズ様は、ハインリッヒ殿下の婚約者として、明晩王宮で開かれる晩餐会と、その後開かれる舞踏会へ必ず出席されるようにとのことです」

「晩餐会と舞踏会。両方ともですか?」



今日の私の護衛担当はフランシーヌ・ミーレン様。

フランシーヌ様は、ミーレン伯爵家の長女で、笑うと両頬にエクボができるとっても可愛らしい方なの。でも、その見た目からは想像できないほどお強いのよ。

確か、侍女のエルマが「フランシーヌ様は夜会に出席されると凄くモテる」って言っていたような……。



「明日のその晩餐会と舞踏会の間も、フランシーヌ様が私と一緒にいて下さるのかしら?」

「私は晩餐会には出席致しません。流石に晩餐会場に於いては、ルイーズ様に限らず、護衛は不要と思います。舞踏会の方には私も出席致しますので、会場ではできる限りルイーズ様のお側におるよう努めましょう。ご心配はなされませんよう」



ん? 心配?

ああ、そう! フランシーヌ様は、先日王宮で開かれたマキシミリアン国王夫妻主催の舞踏会の時に起きた一悶着をご存知なのね。

私が心細くなって、フランシーヌ様が夜会に参加するかどうかを確認したいのだと、きっとそう思われたのでしょう。

私は、モテモテのフランシーヌ様を夜会で見られるかどうかを知りたかっただけなのよ。くふふ。



「あの時のご令嬢方は、今回も参加されるのかしら?」

「シャーロット嬢は舞踏会だけでしょう。ですが、アルマンダ嬢はジャビル公爵と共に晩餐会にも参加されると思います。公爵の奥方様は……病気療養中ということらしいので」

「そうなの?」

「ええ。一応、そういうことに……」



なんとなく、ちょっと含みのある言い方ね。

……まあ良いわ。特に込み入った事情には興味もないし。



「あの、ルイーズ様。大変申し上げにくいのですが、今でもハインリッヒ殿下の婚約者の座を諦めきれないご令嬢は、ジャビル公爵家のアルマンダ嬢の他にもいらっしゃるかと……」

「そうらしいわね」

「ルイーズ様は、ご存知なのですか?」



私の側には、いろいろな噂話を仕入れることがとっても得意なエルマ・クラウゼが居りますもの。


あの舞踏会の後、エルマはザルツリンド王家の2人の王子を取り巻く、どれが真実で、どれが虚構なのか分からないような、いろいろな噂話を私に聞かせてくれたのよ。



  ◇   ◇   ◇



エルマの話によれば、マキシミリアン陛下とファラーラ王妃の間に最初にお生まれになったラディスラウス王子はとても病弱で、医師団から「成人するまで生きるのはかなり難しいだろう」と言われていたそうなの。

そしてその数年後。陛下と王妃様との間に、第二子のハインリッヒ殿下がお生まれになった。

この第二王子の方は皆の心配を余所に、すこぶる健康で、見た目も愛らしく、すくすくと育っていったのですって。



「ザルツリンド王国では王に男児がいる場合、継承順は生まれ順。男児がいない場合は王の弟に継承権があるのをご存知ですか?」

「ええ。だからラディスラウス殿下が王太子で、ハインツ殿下が継承権第2位。陛下には他に男児はいないので、第3位は王弟のヨーゼフ様なのよね?」

「その通りです! 王太子であるラディスラウス殿下とエリーザ様との間に男児が生まれれば、ハインリッヒ殿下の継承順位は下がります」



それは概ね、どこの国でも同じだと思うわ。グルノー皇国だってそうよ。

第一皇子のラファエルお兄様の継承順位が1位で、次は第二皇子のジョルジュ。私を含めた4人の皇女にグルノー皇国の継承権はないの。

ああ、でも……。確か、カリスター王国とハーランド王国は、女児にも継承権があるって話よね。カリスター王国の3代前の王は女王陛下だったと聞くし。



「継承権を持つ第一王子が万が一落命された場合、次の王太子となるのはハインリッヒ殿下です」

「それはそうでしょうけれど……。エルマ、そんなことは口にすべきではないと思うわよ」

「そうですね。私もそう思います! ですが、そういう話が当然のようにされていた時期が、この国にはあるのです」



エルマの話によれば、常に病床にある第一王子よりも、すくすくと元気に育っている第二王子を王太子に据えるべきではといった意見が出ていた時期があるらしいの。

そのせいで、ザルツリンド王国の貴族が、第一王子派と、第二王子派。それからどちらにもつかない中立派とに分かれてしまったのですって。



「ですが、ある時期を境に、第一王子のラディスラウス殿下の体調に改善の兆しが見え始めて……」



その後は、第二王子のハインリッヒ殿下を王太子にという話はパッタリと表に出て来なくなったそうよ。

それって、先日王宮の図書室でラディスラウス殿下が私にこっそりと教えて下さった『あのお話』と関連があるわよね!

ラディスラウス殿下の体調が回復したのは、聖女グレーテ様の “癒し” の力のお陰ってことなのでしょう?

叔母上様。陰ながら大活躍だわ♪



「ところが、ここ数年。継承権を巡って、今までとは全く違う動きを見せる公爵家が出てきているらしいのです」

「そうなの? 新たな火種が燻っているってことかしら?」

「火種……。そうかもしれませんわ。ルイーズ様は、この国に現在公爵家がいくつ存在しているのかをご存知ですか?」

「ええと、確か6家ではなかったかしら?」

「そう! 仰る通りです。流石ですわ!」



一応 “勉強会” でザルツリンド王国のあれこれを学んでいますからね。

現在は第二王子のハインツ殿下が公爵位を継いでいる、グフナー公爵家。

王妃のファラーラ様のご実家でもある、ヘンラー公爵家。

先日の舞踏会で私に話し掛けてこられたアルマンダ様のお父上が現公爵をされている、ジャビル公爵家。

それから、シール公爵家とランプ公爵家。

マキシミリアン陛下の弟君のヨーゼフ様がご当主をされている、ハイド公爵家だったはず。



「新たな火種は、ラディスラウス殿下とエリーザ様との間になかなかお子がお生まれにならないことにあるようなのです」

「望まれているのは、次代を担う王子ってことね?」

「はい。婚姻から既に数年が経過していますが未だにエリーザ様にご懐妊の兆候はなく、それならばラディスラウス殿下に側妃をという話が以前から……」



つまり、自分のところの娘をラディスラウス殿下の側妃として捩じ込もうとしている公爵家がある。そういうことなのね!

ん? でも、待って! それなら、どうしてラディスラウス殿下ではなく『ハインツ殿下の婚約者を諦めていない』って話になるのかしら?



「それは、ラディスラウス殿下が、エリーザ様以外の側妃を持つことを断固拒否されているからです」

「えっと……?」

「正妃との間に子どもができない。にも関わらず、側妃を持つこともしない。後継を作る気のない者に王たる資格はない! と、再びラディスラウス殿下に代わってハインリッヒ殿下を推す動きが活発になっているようです」

「そんな……」

「そんな動きをしている者たちの中心にいるのが、どうやらジャビル公爵のようなのです」



つまり、ジャビル公爵は、自分の娘をハインツ殿下に嫁がせて、いずれは、生まれてくる孫を王位につけたいということかしら?

ハインツ殿下は今は継承権第2位ではあるけれど、マキシミリアン陛下の在位中に、もしも男児が生まれれば、陛下のお考えも変わる可能性があるってことなの?

ザルツリンド王国のこれまでの継承ルールを覆してまで?



「陛下も王妃様も、今のこの状態を非常に危惧されておられるのではないでしょうか」

「だからマキシミリアン陛下は、ザルツリンド王国とは全く関係のないグルノー皇国の皇女である私を婚約者候補としてお望みになられたのね?」

「えっと……。それだけが理由ではないと、私は思いますけど」

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