20 ヴェルフ・グンガーの四方山話。
すげぇな。ハインツの奴。今日もあっさりと依頼を達成して、早々にギルドに戻って来やがった。
それも、小さな姫君の面倒を見ながら、片手間に依頼をやってのけているんだから……。
はぁぁ。ほんと、敵わんよ。
おおっと。こりゃ、失礼。
自己紹介がまだだったな。俺は、ヴェルフ・グンガー。52歳。
ザルツリンド王国の王都ゼーレンにある冒険者ギルドでギルドマスターをしている者だ。
既に冒険者としちゃぁ現役を引退しちまってはいるが、一応、Sランク冒険者だ。
悪いが、今日は俺の四方山話にちょっとの間で良いから付き合ってくれ。
俺は、ここ王都ゼーレンのギルドマスターになる以前は、グフナー公爵領の領都であるグフナーデルでギルドマスターをしていたんだ。
俺とハインツとはそこで知り合っている。
そう、あれは何年前だったか……。
今じゃAランク冒険者のハインツだが、奴が彼の大叔父にあたる当時のグフナー公爵閣下に連れられて、はじめてグフナーデルの冒険者ギルドにやって来て冒険者登録をしたのは……。確か、まだ7つか8つの時だったと記憶している。
◇ ◇ ◇
「本気なのですか? こんな小さな子どもを、ギルド登録するって!? いくら公爵閣下の頼みだとしても……。流石にそれは」
「ヴェルフ。正式な冒険者登録でなくても別に構わないんだよ。確かギルドでは、8歳以上であれば “冒険者見習い” として登録することができるのではなかったかな?」
「まあ、確かにそれはそうなんですが。こっちの坊ちゃんは、もう8歳になっているんですか?」
「いや、まだだが、来月の半ばには8歳になる。ハインツ、そうだな?」
「はい。叔父上」
「えっと、叔父上? ってことは……。やっぱり、お貴族様ってことですよね?」
「まあ、そうだ。だが、コレの詳しい素性に関しては、今は聞かないで貰えるとこちらとしては非常に助かるのだが」
「まあ、それは構いませんけど」
なんでまたこんな小さな貴族の坊ちゃんがわざわざ “冒険者見習い” になろうなんて考えるんだ?
それも、どう考えたって訳アリだよな。
普通、冒険者見習いになりたがるガキは、大抵片親を亡くしていたり、親に見捨てられちまってたりして、食うことにさえ困ってるようなのばっかりなんだ。
こんなに小綺麗で、見るからに高そうな服を着ている、如何にも良いところの坊ちゃんが、長時間粘っても小銭しか稼げないような薬草採取や、ちょっとした報酬しか望めないような手伝程度の依頼くらいしかない、しがない “冒険者見習い” になろうだなんて……。意味が分からんよ。
「登録するだけなら、そりゃ誰だってできますけど……。依頼をちゃんと定期的にこなさなければ、例え見習いだろうと、すぐに登録は抹消されてしまいますよ」
「もちろん、それに関しては充分に理解しているよ」
「そうですか? なら良いんです。じゃあ、こっちの書類に名前なんかを記入してもらって、そうですね、後は血液を少し」
「ああ、そうだ、ヴェルフ。登録に必要な名前なんだが……。確か、正式な名前でなくても構わないのであったな?」
「まあ、そうですね」
「だ、そうだよ、ハインツ。家名まで書く必要はないよ。その名前の欄には “ハインリッヒ” とだけ書いておきなさい」
グフナー公爵にそう言われたその少年は、その顔と同じでえらく整った字でもって、俺の見ている目の前で書類にすらすらと必要事項を書いていった。
まさかこの色白で綺麗な青い瞳の坊ちゃんが、ザルツリンド王国の第二王子のハインリッヒ・フォン・ザルツリンド殿下なのだとは、この時の俺は想像もしていなかったんだ。
見習い登録を終えたハインツは、おそらくはグフナー公爵んとこの若い騎士たちに付き添われて、定期的にギルドへ顔を出しては、薬草採取なんかの依頼をこなすようになった。
グフナー公爵領は、王都ゼーレンとは違って、生息している魔獣の種類も量も格段に多い。
つまり、薬草採取をするために街の外へ一歩でも出て行けば、魔獣に遭遇する確率はぐっと上がるってことだ。
最初こそ騎士に守られながらの薬草採取だったんだろうが、そのうち、ハインツ自身も守られるだけではなくて、自ら剣を持つようになっていった。
それから数年もすると、ハインツは薬草採取だけでは満足できなくなったのだろう、ちょっとした下位魔獣の討伐の依頼も受けるようになった。
ハインツはめきめきと頭角を表し、冒険者ランクも見る見るうちに駆け上がっていったよ。
可愛いらしい顔をしていた小さなあの坊ちゃんも、いつの間にかすっかり一人前の冒険者になっちまったんだ。
そう言えば、もうその頃には、グフナーデルのギルドでハインツの名前を知らない者などいないってくらいにはすっかり有名人だったな。
ハインツは愛想も良いし、誰にでも可愛がられていたっけ。
まあ、そうこうしているうちに、いろいろあって、ハインツも数年後には、飛竜騎士となって王都に戻っちまうんだが……。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、ルー。受付カウンターで依頼達成の申告をしておいで。僕は今日の獲物の解体を依頼して来るから」
「分かったわ。おいで、セレスト!」
ハインツがグフナー公爵領を離れて王都ゼーレンに戻っちまってから数年後、俺も王都のギルドへと移動になった。
王都のギルドマスターになったばかりの俺の目の前に、あの懐かしい顔が現れた時には、本当に嬉しかったね。それも、一段と立派になってさ!
あの時の小さな坊ちゃんが、ザルツリンド王国飛竜騎士団の第7分隊の隊長になっていることにも驚いたが、まさかこの国の第二王子のハインリッヒ殿下なのだとハインツの口から打ち明けられた時のあの衝撃は、きっと一生忘れることはないと思う。
その殿下なんだが……。その後も、次から次へと俺を驚かせることを持ち込んでくる。
あの “ルー” に関してもそうだし、それにルーが連れてる “セレスト” もだ!
ハインツから “ルー” と呼ばれているあの女の子は、最近登録を終えたばかりの新人冒険者なんだが……。
その正体は、グルノー皇国の第四皇女のルイーズ・ドゥ・グルノー姫殿下だ。
ルイーズ姫は、ハインツの婚約者として王都ゼーレンに滞在しているんだが、いろいろあって先日このギルドで冒険者登録をした。
そのいろいろの理由ってのが、ルイーズ姫が連れて歩いている “セレスト” って名の従魔なんだが……。
一応登録上はシルバーリオネルの “亜種” ってことになってはいるが、ありゃ、シルバーリオネルなんて可愛らしいもんじゃない!
聖獣様だってよ!
それも、伝説の聖獣とされている “ルーナリオン” だって言うんだから、驚きすぎて、空いた口が塞がらないよ。
今のところはまだ可愛いらしい幼体だが、そうは言っても、会う度にデカくなっていってるぞ。成体になったら、いったいどうなっちまうんだ?
はっきり言って、先のことは深くは考えたくないな。
「うひゃー。今日もまた、随分と沢山仕留めてきたんすね! すげぇな! 見事に一刀両断っすね!」
「そうかな? 解体は特に急いでいないから、マットの手の空いた時で構わないよ」
「了解っす!」
持ち込まれた魔獣の解体も冒険者ギルドの仕事だ。
今ハインツが持ち込んだ魔獣を受け取ったマットは、まだ若いがかなり腕の良い職人だ。
持ち込まれた魔獣はここでマットたち職人らの手によって解体され、いろいろなパーツに分けられる。
魔獣の毛皮は服や小物の材料として人気があり、角や牙や爪は、武器や装飾品として、物によってはかなり高額で取引されたりもする。
解体職人の腕の良し悪しでも各素材の値段は変動するんだが、それ以前に、その魔獣を仕留めた冒険者の腕が良ければ良いほど素材の最終的な価値は跳ね上がる。
余計な苦痛を与えられずに息絶えた魔獣は、それだけ無駄な傷もないからだ。
つまり、ハインツの持ち込む魔獣から取れる素材は、いつだって最高級の品質ってことだよ。
「ギルドマスター! ちょっと良いですか。次の会議についてなんですが……」
「ああ、分かった。すぐに行く!」
ハインツの仕留めてきた獲物をこの目で確認したかったが、呼ばれちまったら仕方ない。
さてと。仕事だ、仕事だ!
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