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14 第四皇女、冒険者ギルドへ行く。

お昼前。

約束通り私を迎えに来て下さったハインツ殿下は、普段の殿下とは全く趣の異なる服装をして離宮に現れて、私たちを、特に元グルノー皇国の女官長だったヒセラ・モンカナを酷く驚かせたのよ。


だって、殿下がお召しになっていたのは、ザルツリンド王国の王子どころか、飛竜騎士団の隊長とも違う、そうねぇ、なんて言ったら良いのかしら……?

そうだわ! まさに百戦錬磨の冒険者って感じだったの。

とは言っても、ガチガチに強そうな装備を身に付けているってことじゃないのよ。

白シャツにフード付きの皮製の黒ベスト、それから同じく皮製の黒パンツだから、どちらかと言えば冒険者としてはかなり “軽装” な部類なのではないかしら?

そのラフな感じが(かえ)って隠された強さを醸し出す? みたいな。



「ハインリッヒ殿下。まさかとは思いますが、そのお召し物で姫様を城下へお連れになられるおつもりですか?」

「そうだけど? この格好に、何か問題でもある?」

「いいえ。ですが……。殿下が『お支度して待つように』とご指定になられた姫様の本日の装いとでは、少しばかり不釣り合いな気が致しますが?」

「ああ、それなら大丈夫。何も問題ないよ!」



ちなみに不釣り合いではないかとヒセラが心配しているこの日の私の服装とは、先日、初めて街歩きをした時に『平民の女の子(裕福な家庭ver.)が着るに相応しい服装』と殿下が用意して下さった “お忍び街歩き” 用のあの服のことよ。



「これで良いんだよ。今日は “初めての依頼” をしに冒険者ギルドに行く()()()()と、その娘の護衛をする()()()ってコンセプトだからね」



ハインツ殿下は、そう言って悪戯っ子のように微笑まれたわ。




あの後すぐに、殿下の笑顔とは対照的にまだ心配顔のままのヒセラと、ヒセラと殿下との遣り取りにオロオロするジネットと、何故だか楽しそうに浮かれているエルマの3人に見送られて、私と殿下は馬車で離宮を出発したのよ。


この日の目的地となる冒険者ギルドは、ザルツリンド王国の王都ゼーレンの中心地(←先日 “お忍び歩き” をした辺り)からは少し離れた場所にあるそうなの。


商家の娘が乗るにしては少々立派過ぎる馬車が悪目立ちしないように、私たちは冒険者ギルドのかなり手前で馬車を降りて、そこからは歩いてギルドへと向かったのだけれど……。


ギルド迄の道沿いには、殿下曰く、冒険者をターゲットにしているらしい長期滞在型の宿屋や、値段の割には味が良いという定食屋、武器や防具を扱うお店、ポーションなどを売るお店等々が軒を連ねていて、何処もかしこも、今まで私が歩いたことのある通りとは全く違って見えるて、とっても興味深いわ。

脇道に入れば、武器や防具を作る工房などもあるそうなの。けれど、今日は時間もないので立ち寄ることはできないのですって。残念ね。



「ここがゼーレンの冒険者ギルドだよ。良いかい、ルイーズ。中に入ったら、絶対に僕から離れないように!」



  ◇   ◇   ◇



「こんにちは!」

「まあ、ハインツさん。かなりお久しぶりですね。お元気でしたか?」

「ああ、ちょっと忙しくしていてね。ヴェルフに会いたいのだけれど……。今日は来てるかな?」

「はい。ただ、ちょっと来客中でして……」

「そうなの? 待っていれば会えるなら、ここでしばらくなら待つけど?」

「でしたらそちらでお待ち頂けますか? 終わり次第お知らせしますから」

「分かった。頼むよ」



うわぁ。なんでしょうか、ここは?

ああ、違うわよ。ここがゼーレンの冒険者ギルドだってことは、もちろん分かっているわよ。

ただ、ちょっと想像していた感じと違って……。何故こんなに私たちは、周りからの視線に晒されているのでしょうか?

見られているのは……。私? それとも殿下?



「ルー。しばらく時間を潰すよ。おいで!」

「はい。……はい?」



あらら? いつから私は “ルー” になったのかしら?


冒険者ギルドの建物の内部は思っていた以上に広くて、急いで追いかけないと殿下に置いていかれそうだわ。「離れないように!」と仰ったのは殿下の筈なのに。


私たちは受付カウンターを離れ、不躾な視線を浴びながら、空いているテーブル席を見つけてそこに腰をおろしたの。

周りを見回すと、大小様々なテーブルが置かれていて、地図を見ながらグループで話し込んでいる人たちや、1人で静かに食事をしている人や、まだ日が高いというのに既に大きなジョッキを傾けて酔っ払っている人たちまで居るわ。

奥の壁には掲示板があって、紙が沢山貼り出されているのが見える。きっとあの紙は、よく冒険譚の中にも出てくる “依頼書” だわね。



「ルー。何か飲むかい?」



目の前に座っている殿下がそう言って指差す先にあるのは、さっきの受付とはまた別のカウンター。

カウンター内では女性たちが、飲み物や食べ物を乗せたトレーを持って忙しそうに行き来しているわ。たぶん、あの奥に厨房があるのね。

折角だけれど、今は喉は渇いていないの。



「いいえ、結構です。でも、何故 “ルー” なのですか?」

「ここでは、君は本当の名前なんて名乗らない方が良いからだよ。僕のことも、くれぐれも “殿下” なんて呼ばないでね。もしかして “ルー” ではなくて、別の呼び名の方が良かった?」

「いいえ。“ルー” で大丈夫です。でも、さっき受付の方からは “ハインツさん” って呼ばれていましたよね?」

「ああ。厳密には “ハインツ” は僕の本当の名前ではないからね。それに “ハインツ” はこの国ではよくある名前なんだよ」



殿下が面会を求めたヴェルフさんを待つ間、私は冒険者ギルドの中を見て回ることにしたの。もちろん殿下も一緒によ。

ギルドの1階にはちょっとした売店があって、ポーションや地図などが売られていたわ。他には、依頼を打ち合わせるための個室、討伐品を売却したり、換金ができる部屋もあるそうよ。

2階には会議室と、ギルド職員たちの事務室、それからこのギルドの1番偉い人 “ギルドマスター” のお部屋があるのですって。



「ハインツさん、お待たせしました。2階の部屋の方へどうぞ」



てっきりもっと長く待たされるのかと思っていたけれど……。

意外にも早く面会できることになったので、私たちはギルド内見学を早々に切り上げて2階に上がったの。



  ◇   ◇   ◇



「わざわざハインリッヒ殿下が私に面会を求めてお越しになるなんて、珍しいこともあるものだと思っていたら、これはこれは。お揃いでとは驚きました! それで? 今日はまた、どういったご用件ですかな?」



あら? 今この方、確かに『ハインリッヒ殿下』って仰ったわよね? それに『お揃いで』って……。

いったいどうなっているのかしら?

冒険者ギルドでは、私たち、身分を隠しておくのではなかったの?



「これは挨拶もせず、大変失礼致しました。私はこのギルドのマスターを務めさせて頂いております、ヴェルフ・グンガーと申す者です。以後お見知り置き下さい。グルノー皇国からようこそザルツリンド王国へ、歓迎致します。ルイーズ姫君」

「えっ? あ、はい。ありがとう存じます」



え、え、えええ?

どうなっているの? どういうことです?

この方、ハインツ殿下のことだけでなく、私のことまでご存知なの?



「ははは。ごめん、ごめん。何も知らせずにここまで連れて来てしまったから、ルイーズの頭の中は今、大混乱しているよね? 彼、ヴェルフは、随分と昔から、僕の素性を全部知っているんだよ」

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