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12 第四皇女と聖獣ルーナリオン。

「ほう。それが聖獣か……。想像していたよりも、随分と可愛らしいものだな」

「父上。まだ、そうと決まったわけではありません!」

「ああ、分かっておる」



王立図書館へ行った日から数日後のこの日。私はマキシミリアン陛下からの呼び出しを受けて、ゼーレンの王宮へと向かったの。

陛下からの呼び出しの理由は、ザルツリンド王国へ来る途中に通過した “聖なる森” で私が保護した仔猫(セレスト)と、先日ハインツ殿下が王立図書館へ行った際に借りた本の中に書かれている聖獣とを比較検討する必要があるためだそうよ。


ハインツ殿下は離宮まで私を馬車で迎えに来て下さって、陛下との面会に1人では心細いだろうからと、今もこうして側に付き添って下さっているのよ。



「もっと近くで見たいのだが……。無理そうか?」

「そうですね。……今はまだ」



王宮に到着した私たちは、そのままサロンに通されたのだけれど……。


室内にはマキシミリアン陛下の他に、またしても長いローブ(←今度は黒色のローブよ)を着た人たちが数名同席していて、なんだかちょっと物々しい雰囲気だったの。

その室内のなんとも言えない雰囲気を察したみたいで、セレストはいつになく神経質になってしまって……。

私以外の人が近付こうものなら、毛を逆立てて威嚇する有り様。


マキシミリアン陛下は聖獣かもしれない仔猫(セレスト)に興味津々で、どうにかしてセレストに近寄りたい、できれば触りたいご様子なのだけれど……。残念。黒ローブの人に制止されてしまったようね。

万が一セレストが陛下を引っ掻いたりしたら困るし、私としては、黒ローブの方が陛下を制止して下さって助かったわ。



話し振りから察するに、黒ローブを着た人たちは学者か何かのようね。学者でなければ、その道の研究者かもしれないわね。

でもこの調子では、とてもじゃないけれど、セレストと書物の記載とを比較検討するなんて無理っぽいと思うのよ。少なくとも、今すぐには。



「仕方ない。お茶でも飲みながら、落ち着くまでしばらく様子を見るか。ハインツ、ルイーズ姫をそちらのソファーへ案内しろ。其方(そなた)らは、うーん、そうだな。これ以上警戒されても困るから……少し向こうへ行って、離れたところからでも眺めておれ」



マキシミリアン陛下がそう告げると、黒ローブを着た人たちがぞろぞろと奥の壁際へ移動して行ったわ。

私はハインツ殿下に案内されたソファーに腰掛けて、それまでずっと頑張って両腕で抱えていたセレストを、やっと下ろすことができたのよ。



「大丈夫? 疲れただろう?」

「ええ、まあ、なんとか?」



皆にも何度か指摘されてはきたけれど、そうね、確かに “聖なる森” で保護した時よりもセレストは大きくなっているみたい。

毎日一緒に過ごしていたから私はそこまで気にも止めていなかったのよね。

まあ、でも、確かにそうよね。最初に保護した時のセレストは両手で包み込めるくらい小さかったのに、今では抱えるのがやっとの大きさよ。まだ “聖なる森” で出会ってから、半月くらいしか経っていないのに……。



黒ローブの人たちが近くからいなくなったからか、不安定に抱えられた状態からソファーの上に移ったからか、セレストは少し落ち着いたみたいに見えるわ。

でも、いつまでもただ座って陛下とお茶を飲んでいるわけにもいかないので、私の方から話を切り出すことにしたの。

だってこのままだと、私たち、いつまで経っても離宮には帰れそうにないでしょう?



「ハインツ殿下が持ち帰られた古代語で書かれている本に書かれている記述を、解読することはできたのですか?」

「ああ。だが残念ながら、特にこれといって目新しい内容ではなかったようだ。書かれていたのは、他の本とそう大差ない内容だったらしい」

「……そうでしたか」

「気になるか?」

「それは、もちろん」



何よりも私が気になっているのは、セレストがもしも聖獣だった場合、今後セレストはどうなってしまうかよ。

グルノー皇国は別として、この世界に “魔獣” は確実に存在しているわ。でも “聖獣” ってどうなのかしら?

少なくとも私は、今まで “聖獣” を見たことはもちろん、聞いたことさえもなかったのだけれど……。

あらあら。セレストったら私の足にちょこんと頭だけを乗せて、ウトウトしはじめたわ。くふふ。可愛い♪



「僕は、ルイーズが仔猫だと思って “聖なる森” から連れて出したその子が、聖獣のルーナリオンではないかと思っているんだ」

「ルーナリオン?」



ユニコーンとか、フェンリルとか、ペガサスとか、フェニックスとか、実際に目にしたことはないけれど、そういった幻と言われている生き物の名前なら私でも知っているけれど、今ハインツ殿下が仰った “ルーナリオン” なんて……。私、今まで聞いたことがないのだけれど。

ポカンとしている私に気付いた殿下が、テーブルの上に置かれていた本のページを豪快に捲っていきます。



「ほら、ルイーズ。あった! ここだよ。ここの記述を読んでみて!」

「ええと……。白銀色の毛皮を持つ巨大な獅子。属性は光。ん?」



私にもたれ掛かるようにして微睡(まどろ)んでいるセレストは、巨大でもなければ、獅子でもないと思うのだけれど……?

あら? あらあら? そう思いながらも、その先を読み進めていくと思わぬ記述が!



「その額に特徴的な三日月模様が現れることから、月の獅子(ルーナリオン)と呼ばれている」

「ね?」



私のすぐ横で、ハインツ殿下が凄く満足そうな笑みを浮かべて私を見つめているのだけれど……。

そうね。確かに私が殿下に言ったわ。セレストの名付けをした時に、額にうっすらと三日月の模様があるって。そうは言ったけれど……。



「ルイーズが馬小屋でまだ酷く小さなセレストとお喋りを楽しんでいた時から、僕は君が “仔猫” だと主張する生き物が、どうしても唯の仔猫には思えなかったんだ。発見したと教えて貰った場所も場所だったし、宿屋に置いて来ずに、取り敢えず君と一緒にザルツリンド王国へ連れて来る方が良いと判断した」

「……そうでしたか」

「そもそもセレストはただの仔猫には見えないよ。手足も仔猫にしては太くてしっかりしているし、鳴き声も猫のものではないよね? だったら魔獣の可能性はどうだろう? それに関しては、セレストが発見されたのが “聖なる森” の中だったことから消える」



陛下に壁際へと追いやられた黒ローブの人たちが、ハインツ殿下の話を頷きながら聞いているのが見えるわ。


「僕がセレストが聖獣かもしれないと考えるようになったキッカケは、やはりその尋常ではない成長速度かな。この僅か半月で、セレストは仔猫から成猫を遥かに超える大きさにまで成長したからね」

「……そうですね」

「セレストはまだ未成熟だが、聖獣ルーナリオンで間違いないと僕は考えている」

「セレストが聖獣ルーナリオンだった場合、セレストは今後、どうなるのですか? ザルツリンド王国で保護する、とか?」



私の台詞を聞いた黒ローブの人たちが、身を乗り出すようにしてマキシミリアン陛下が次に発する言葉を待っているのがヒシヒシと伝わって来るわ。彼らは聖獣を手元に留めておきたいのでしょうね。


でも、次に言葉を発したのは、マキシミリアン陛下ではなくてハインツ殿下だったの。



「今までも、もちろんこれからも、セレストはルイーズの養い仔だ。そうだろう?」

「ぎゃーぅ」



まあ、セレストったらてっきり寝ているかと思っていたのに……。タイミングよくお返事なんてしちゃって!

ふふ。これではまるで、ハインツ殿下が仰っていることを理解しているみたいに思えるじゃないの。



「だそうですよ。父上も、そう言うことで、宜しいですよね?」

「ああ、まあそうだな。それで構わん」

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