10 エルマ・クラウゼの妄想。
「では、ルイーズ様。行ってらっしゃいませ。」
迎えに来られたハインリッヒ殿下とルイーズ様を乗せた馬車は、あっという間に離宮の門を出て行ってしまわれました。
はぅ。今日のルイーズ様の可愛らしさといったら……。まるで “妖精姫” のよう!
◇ ◇ ◇
グルノー皇国第四皇女のルイーズ・ドゥ・グルノー姫殿下が、ザルツリンド王国の第二王子であられるハインリッヒ・フォン・ザルツリンド殿下の婚約者として、ここ、王都ゼーレンに入られたのは10日程前のこと。
遡ること半月前。
ルイーズ・ドゥ・グルノー第四皇女が、あの “聖女の国” として有名なグルノー皇国から、僅かに侍女2名と、専属の料理人1名だけを伴ってザルツリンド王国へ入国することが判明。
そんなに少人数では異国での暮らしは儘ならないだろうとマキシミリアン陛下が判断を下され『ゼーレン王宮に仕える者たちの中から数名を、ルイーズ皇女の滞在先となる離宮へと勤務変えにするかもしれない』と言う噂話が、突如使用人たちの間で持ち上がったのです。
その時、私は大勢居るファラーラ王妃様付きの侍女の1人だったのだけれど、この話を聞いた私は、真っ先に離宮への移動を王妃様に願い出ましたわ。
だって、ルイーズ皇女といえば『どんなご令嬢にも愛想笑いすら浮かべないハインリッヒ第二王子の心を射止めた、小さくて愛らしグルノー皇国の宝石姫(らしい?)』とか、『もしかすると聖女様なのでは?!』等々、この数ヶ月間、貴族たちの間で話題の中心となっていた人物なのですから。
あら、嫌だ。私ったら、すっかり舞い上がっていて自己紹介すらしていなかったですわね。
私の名前はエルマ・クラウゼ。
クラウゼ伯爵家の長女で、ゼーレン王宮の王妃ファラーラ様付きの侍女を経て、今はルイーズ様付きの侍女としてこの離宮に勤務しております。
そんな私は、小さくて可愛いらしいものが大好き!
それが動物でも、装飾品でも、もちろん人間でもね。
私が生まれ育ったザルツリンド王国は、四方を険しい山々に囲まれた国。
ザルツリンド王国を取り囲む山々も高ければ、それに倣ったかのようにそこに暮らす人々の身長も高くて……。
かく言う私自身も、もちろん高身長。大好きな『小さくて可愛いらしい』とは、残念ながら対極ってことです。
そんな時に出たこの離宮への移動のお話。小さくて可愛いものをこよなく愛する私が、こんな素敵な話に飛び付かない筈はありませんわ。
例えその噂話が真実からかけ離れている可能性があったとしてもです。
ですが。実際に離宮に入られたルイーズ様は、残念ながら聖女様ではございませんでしたが、囁かれていた噂話以上に愛らしい姫君でしたわ!
サイズ感だけでなく、お人柄も『愛らしい』の極地。
正に私の理想を体現したような麗しの姫君!
ああ、こんなにも愛しい存在を毎日愛でながら暮らせるなんて……。ああ、違うわ! お仕えできるなんて……。ぐふふ。私は幸せ者ですわね。
私の仕事は、主にルイーズ様のお着替えと、身の回り細々としたことのお手伝い。
数日お仕えして分かったことですけれど、ルイーズ様は基本的に楽なお召し物がお好きみたいです。
昨日ルイーズ様は、ハインリッヒ殿下に案内して頂くと仰られて、ゼーレンの街へお出掛けになりました。
“お忍び” ということもあって、殿下がルイーズ様に平民の装いに近いお召し物を用意されたようなのですけれど……。
残念ながらあのお衣装では、ルイーズ様の高貴な雰囲気は全く隠しきれていなかったと思いますわ。
まあ、護衛も大勢同行するのでしょうし、ハインリッヒ殿下もお強い方ですので、安全上の問題は特にないでしょうけれど。
その街歩き用の服ですけれど、ルイーズ様にとっては、普段のお召し物に比べると随分とスカート丈が短かったみたいなのです。
膝位置よりも長めだったので、それ程短いと私は感じなかったのですが、ルイーズ様はスカートの両脇を少し持ち上げて、クルクルと回っておいでで……。
グルノー皇国から同行されている元グルノー王宮の女官長を務められていたヒセラ・モンカナ様は、そんなルイーズ様の姿に「姫様。はしたないのでお止め下さい!」とこぼしていらしたけれど、私としては姫様の可愛らしいお姿を垣間見られて至福の時でしたわ。
そんなルイーズ様は、今日は(も?)ハインリッヒ殿下と王立図書館へ。
殿下は平静を装っておいでのおつもりのようですが、明らかにルイーズ様に入れ込んでおられるご様子。
今日のために殿下がご用意されたルイーズ様のお召し物を見れば、そんなことは一目瞭然! だって、殿下の瞳のお色を思わせる美しい緑色のドレスですからね。
昨日の街歩き用の装いも、まるでお2人が並べば対になるかようなお仕立てでしたが、今日のお衣装ときたら……。むふふ。ハインリッヒ殿下ときたら、独占欲丸出しではないですか!
聞くところによると、ルイーズ様はご自身をハインリッヒ殿下の『婚約者候補の1人』だと思い込まれていて『互いに気に入らねば1年後グルノー皇国に無条件で帰国できる』とお考えのようです。
ですが、そんなことにはならないでしょうね。
殿下も、もちろんザルツリンド王家の皆様も、(当然ですが私も!)あのお可愛らしいルイーズ様を見す見すグルノー皇国へお返しになるとは思えません。絶対にです!
◇ ◇ ◇
「エルマさん。今日のご予定は?」
「今日ですか? そうですね……。特にこれと言った予定はありませんけど」
「でしたら、ルイーズ様がお戻りになるまでの空き時間、私とローラとでゼーレンの街を見に行こうかと話していたのだけれど、お暇ならエルマさんに案内をお願いしても良いかしら?」
廊下を歩いている私に話しかけてきたのは、元女官長のヒセラ様と共にグルノー皇国からルイーズ様に同行してザルツリンド王国へやって来たもう1人の侍女のジネット・シャルハムさん。
もう長いこと、それこそ、ルイーズ様がお小さい頃からルイーズ様の侍女をされている方です。
そうですね。ルイーズ様からは、今日は好きに過ごしても良いと仰って頂いているし……。
そうだわ! ゼーレンの街歩きのついでに、のんびりお茶でもしながら、ルイーズ様のお小さい頃の可愛らしい思い出話などをジネットさんからお聞かせて頂けたりしたら……。
はぅ。天にも登る程嬉しいですわ!
「もちろん構いませんよ。折角ですし街を見て歩くついでに、ゼーレン名物の美味しい物でも食べに行きますか?」
「ゼーレン名物? そうね。それなら、ローラもきっと喜ぶと思うわ!」
ローラと言うのは、ルイーズ様がお連れになった専属の料理人のことです。
ルイーズ様に連れられて急に離宮に現れたローラさんの存在を、今のところまだ離宮の他の料理人たちは受け入れ難いようで、ギクシャクした雰囲気があるようなのです。
でも、この離宮の若手料理人のトーマス・ダイナーの話では、ローラさんがルイーズ様のために作った、季節の果物をふんだんに乗せたタルトが凄く美味しかったらしくて。
どうやらトーマスは手の空いた時間に、ローラさんにグルノー皇国にはない肉料理に関するアレコレを教えているみたい。
いずれは離宮の料理長になるだろうと言われているトーマスを唸らせるだけのタルトを作れる料理人なのですから、ローラさんはすぐにご自身の存在価値を他の料理人たちにも示せるでしょうね。
折角ですし、私も是非ルイーズ様のお気に入りの料理人が作った、美味しい焼き菓子を食べてみたいものです。
それ以上に、ルイーズ様が美味しそうに焼き菓子を頬張っている、愛らしいお姿の方を見たいですけど。ぐふふ。
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