8 第四皇女とお肉の串焼き。
「おやじさん。串焼きを貰えるかな」
「おう、隊長さんじゃないか。久しぶりだね! どれにする?」
「えっと、そうだな。初めての人でも食べやすいのって……」
「そりゃ牛串だ。うちの牛串は柔らかくて食べやすいって評判だからな」
「分かった。じゃあ、そのオススメの牛串を2本頼むよ」
「クリームはどうする? 付けちまっても良いかい?」
「片方はクリーム付きで。もう片方は、そうだな……。クリームを皿の上に一緒に乗せてくれると助かるんだけど」
「おう。任せな! ほらよ!」
今から美味しい串焼きを食べることのできるお店へ行くと言ったハインツ殿下に連れられて、大通りを歩くこと数分。そこから小道に入ってほんの少し。
着いたのは、ごちゃごちゃと沢山の小さな屋台が並ぶ広場のような場所でした。
右にも左にも、前にも後ろにも、屋台がずらっと立ち並んでいて迷子になりそう。
おそらく殿下も私が迷子になるとでも思われたのでしょうね。広場に入る少し前から私と手を繋いでくれています。もしかして殿下は、心配性なのかしら?
沢山ある屋台は、全部が食べ物のお店ってことではなくて、野菜だったり、果物だったり、卵だったり……。あら、全部食べ物ね。
食べ物以外にもちゃんとあったわよ。花屋でしょう、小物を売っている店とか、修理屋さんみたいな店とか、食器を扱っているところも見かけたわね。
「ちょっと行った先に座れるところがあるから、そこまで移動するよ。両手が塞がってしまったから手を繋げないけど、僕の側から決して離れないようにね!」
そういえば、今までハインツ殿下が持っていた筈の、花束とかお菓子とかが消えているけど?
殿下がチラリと視線を送った先に護衛騎士が居て……。ああ! そのうちの1人がいつの間にか荷物を全部代わりに持っているわ。
殿下が先頭を歩いて、すぐ後ろを私が追って、その私のすぐ後ろを護衛騎士が2人ピタリと張り付いてくれています。
今まで全然気付かなかったけれど、護衛騎士は何人来ているのかしら?
「さあ、ここで食べるよ」
「ここで?」
「やっぱり、ちゃんとした店に入った方が良かったかな?」
「ああ、そういう意味ではありませんわ。ちょっと驚いただけです。だって、こんな風に大勢の人が行き交う外で食事をするのは、私、生まれて初めてですから」
ハインツ殿下が座ろうと仰った場所は、公園のような場所の一角で、目の前にとても大きな噴水があるの。噴水の周りにある芝生の上では、多くの人たちが座り込んだり、寝転んだりして寛いでいるわ。
殿下がベンチの上にハンカチを敷いてくれて、私はその上に腰を下ろしたの。
「はい。ご所望の品はこれで間違いないかな? 店の主人のオススメの牛串だよ。添えられているクリームをつけて食べても良いし、そのままでも美味しいと思う。こっちは果実水だよ」
そう言って、殿下は果実水が入れられた瓶の口の部分を、また別のハンカチで拭いてから私に渡して下さったの。
それから、自分の分の果実水の瓶の口も拭いてから、瓶を傾けてゴクゴクと果実水を飲み始めたわ。わぁ、瓶から直接飲むのね?
「そんなにじっと見つめられると、飲みにくいな……。姫君。果実水の飲み方だけでなく、串焼きの食べ方の見本も、私がお見せ致しましょうか?」
「そうですわね、騎士様。ふふふ。是非、お願い致しますわ!」
「では、こんな感じで……」
ハインツ殿下は大きな口を開けて、香草入りのサワークリームがたっぷりと塗られた串焼きにガブリと囓りついたのよ。
「美味い! ほら、試してご覧!」
◇ ◇ ◇
「それで? ルイーズ様が夢にまで見ていた牛肉の串焼きは? 美味しかったのですか?」
「ええ、ものすごーーーーく美味しかったわ!」
実は、ザルツリンド王国へ来て最初に飛竜騎士団の支部で食べた “牛肉と根菜類のスープ” 以降も、私はこの離宮でも、既に何度かお肉を使ったお料理は頂いているのよ。
この離宮の料理人たちは皆、王宮料理人なだけあって流石に腕が良いのでしょうね。どのお料理も毎回とても美味しいわ。
でもね、屋台で買った(←正確には、ハインツ殿下に買って頂いた、だわね)串肉と果実水は、初めてああいった場所で食べたことも相まってか、この上なく美味しかったの。
「それ程ですか? だったら、私も近いうちにその屋台の串焼きを食べに行ってみたいです!」
「良いわね、ローラ。私も離宮の外に出てみたいわ!」
「ジネットもローラと一緒に行ってみたら良いと思うわよ。次の休日に、エルマに案内して貰ったらどうかしら?」
「エルマにですか?」
「彼女なら美味しいお店も沢山知っているのじゃない? お酒を出すお店だけじゃなくて」
「そうですね! 確かにエルマはゼーレンの出身だと言っていましたし」
「エルマさんというのは、ルイーズ様の新しい侍女の方ですよね? 貴族の方なのでしょう? だったら私がジネットさんとご一緒するのは……。私は、まだリーガ語も覚束ないですし」
エルマ・クラウゼはローラが言うように、私がこの国に来てから付けて貰った侍女の1人よ。
エルマは確か22歳だったから、20歳のローラとは年も近いし、話も合う筈。
「ああ、それなら大丈夫よ。エルマは平民だとか言葉があまり通じないとか、その辺は気にしていないから。なんならジネットだってリーガ語はまだまだ苦手よね?」
「……仰る通りです。私のリーガ語習得を待ち切れないのか、エルマの方が先にグルノー語を習得する勢いです」
「ね、ローラもこの国でいろいろと学びたいのだったら、もっと交友関係を広げるのも良いと思うわ。今貴女が普段話しているのって、料理人のトーマスくらいなのでしょう?」
「……はい」
「ああ、そうだわ! 今日、ハインツ殿下からお聞きしたのだけれど、この国には海がないじゃない?」
「……? そうですね」
あらら。ジネットは慣れているけれど、私が唐突に話題を変えたので、ローラはかなり戸惑っているみたい。
私は今日串焼きを食べながら殿下が教えて下さった内容を、2人にも話して聞かせることにしたのよ。だって、絶対に知っておいた方が良いと思うの。ジネットは兎も角、ローラはね。
「ザルツリンド王国に海がないということは、グルノー皇国にお肉料理がないのと同じようなもので、つまりは、この国では魚料理は貴重ってことなのよ」
「「えっ?」」
「あら? 私の言いたいこと……。もしかして2人とも、分からない?」
「ローラ、貴女は分かった?」
「いいえ。ジネットさんは?」
「全く分からないわ」
「えっと、どうして分からないのかしら? つまりね、ローラがお肉を使った料理を作った経験がないのと同じで、この国の料理人もお魚を使った料理を作った経験が乏しいのよ。だから、お魚料理を作るとなれば圧倒的にローラが有利よね?」
「それは、まあ、そうですね」
「だからね、私が何とかして新鮮な海のお魚を手に入れてあげるから、それを使ってローラが料理を振る舞うの。そうすれば、離宮の料理人たちは皆ローラの実力を認める筈よ!」
おかしいわね。2人ともポカーンとしているわ。私の説明、下手だったかしら?
兎に角、私としては一刻も早くローラの作ってくれる焼き菓子を、毎日でも食べられる環境にしたいわけ。
そのためには、頭の固い離宮の料理人たち(←もちろんトーマスは別よ)の考えを、今すぐにでも変えさせなくちゃ!
ハインツ殿下は私に協力してくれそうだったし、ローラの焼き菓子にも興味がありそうだったし。ふふふ。これって、すごく良いアイデアだと思うのよね。
「ああ、そうだわ。明日はハインツ殿下と王立図書館へ行くお約束をしたのよ。だから明日も、私はお出掛けしてきます!」
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