7 第四皇女のゼーレン街散歩。
「おや、隊長さん、こんにちは!」
「本当だ。隊長さん。この前は助けて貰ってありがとうね」
「今日は非番かい?」
「あれ、まあ、驚いた! 堅物で有名な第7分隊の隊長さんが、こんなに可愛らしい女の子を連れて歩いている姿を目にする日が来るななんてビックリだ!」
「確かにそうだな。隊長さんにしては随分と珍しいじゃないのさ! こりゃ、今晩は雪でも降るかね?」
これで、もう何度目かしら?
街散策を始めてまだそれ程の時間が経っていないというのに、すれ違う人やお店の人から話しかけられるのは?
「嫌だなぁ。こんな暑い日に雪なんて降らないよ! 僕だって休日くらいデートもするさ。そっちは? 商売はどうだい?」
ハインツ殿下はとても慣れた様子で、話し掛けてくる人たちの相手をしているのよ。
少し後ろを付いて来ている筈の殿下の護衛騎士たちが駆け寄ってくる様子も全くないし、多分、街に出るといつもこんな感じなのでしょうね。
「まあまあだよ。いつも気に掛けてくれてありがとう。お連れのお嬢さんにこれ、1つ持っていっておくれ」
「ありがとう! じゃあ、これを」
「ああ、いつもお世話になっているんだ。お代なんて要らないよ」
「そう言うわけにはいかない。そっちだって商売なんだ。ちゃんと代金は受け取らないと!」
「そうかい? 悪いね。じゃあ、ありがたく頂いておくかね。隊長さん、いつもありがとう。そっちの可愛いらしい娘さんも、楽しい1日を過ごしとくれ!」
「ありがとう!」
摘みたてのブルーベリーに、小さな可愛らしい花束に、今度はハチミツ掛けの胡桃みたいね。
このまま歩いていると、そのうち殿下の両腕が荷物でいっぱいになってしまいそうだわ。
今日は、約束通りハインツ殿下にゼーレンの街を案内して貰っているのだけれど……。
◇ ◇ ◇
「まあ、ハインリッヒ殿下! これはいったいどういうことですの?」
「お忍び歩き用の服を一式持って来たから、姫君にもこれに着替えるようにと君から伝えてくれるかな? 新しく姫君付きの侍女となったエルマ・クラウゼが居ただろう? 彼女なら着せ方が分かると思うのだが……」
「まさかとは思いますが、殿下、今日の姫様との街歩きは “お忍び” ということなのですか? 危険なのではございませんこと?」
「大丈夫! ちゃんと護衛を付けて歩くよ。心配は要らない。ああ、もしもそんなに姫君が心配なら……。ヒセラ、君も一緒に街歩きに参加するかい?」
ヒセラは “お忍び” と聞いてかなり驚いていたみたいだけれど、私としては “お忍び” での街歩きなんて、もうワクワクでしかないわ!
ハインツ殿下が私のために用意して下さった服は、貴族の令嬢が着るようなものではなくて、ゼーレンの街で暮らす平民の女の子たちが好んで着る服なのだそうよ。
でもね、着替えを手伝ってくれたエルマによれば、この服、平民とは言ってもかなり裕福な家庭のお嬢さんしか利用できないような、高級店としてゼーレンでは有名な仕立て屋の、既製品ではなく、誂えたお品らしいのよ。
「思っていたよりも、スカート丈が短いのね」
「そうですね。床を擦るようなドレスで街の中を歩く平民は普通は居りませんから。そんなドレスで歩いていればすぐに貴族だと分かってしまいますよ。裾は、これでも長い方だと思いますわ。膝よりも随分長めですし」
「そうなの? ふぅん。でも、これ。軽くて着心地はとても良いわね」
「姫様が普段お召しになられているようなドレスとは違って、これは生地も薄いですし、余計なリボンや飾りもありませんからね。でも、とてもお似合いになられていると思いますよ」
「そう? ふふ。嬉しいわ」
「良いですね。ハインリッヒ殿下も、今日は姫様のこのお召し物と同じような雰囲気の装いをされていらしたようでしたので……。ぐふふ」
「エルマ、なぁに? 何がそんなに面白いの?」
「失礼いたしました。何でもございません。さあ、完璧に仕上がりました。ハインリッヒ殿下との “お忍び” 散策、楽しんで来て下さいね」
◇ ◇ ◇
街歩きを始めてすぐに気付いたのだけれど、“お忍び” って言う割に、私たち、と言うよりも殿下の方は、やたらと街の人たちから声を掛けられているのだけれど……? どうしてかしら?
それもザルツリンド王国飛竜騎士団第7分隊の “ハインツ隊長” としてみたい。
確かに “第二王子” ってことは忍べてはいるようだけれど……。
「この国では飛竜騎士団はとても有名で人気もあるからね。我々は任務で国中を飛び回っているし、既に隠しようがないくらいには “ハインツ隊長” としての僕の顔は割れてしまっているかもしれない……」
「第二王子としてではなくですか?」
「ハインツの時は、第二王子のハインリッヒとしては動いていないから」
「“隊長” と “第二王子” を別の人間と皆に思わせたいのには、何か理由があるのですか?」
「うーん。それに関しては話し出すと長くなりそうだし、また別の機会が有ればその時に話すことにするよ。今日は、ゼーレンの街を心ゆくまで楽しんで欲しいな」
真実を言いたくないのか、純粋に私に街歩きを楽しんで欲しいと思っているのか……。
ハインツ殿下の真意は測りかねますけれど、まあそういうことでしたら、私も今はこれ以上追求するようなことは致しませんわ。
仰る通り、今日は思い切り街散策を楽しみましょう!
それにしても、エルマが言っていた通り、私のこの服とハインツ殿下のお召し物は、まるで対で仕立てられたかのように見えるみたいなの。
そのせいかどうかは分からないけれど、さっきからやたらと視線を、特に若い女性からの視線を感じるのだけれど……。
これで本当に “お忍び” になっているのかしら?
「ねえ、ルイーズ姫。そろそろお腹が空いてきた頃じゃないかな? お昼ご飯にしようか。何か食べたいものはある?」
「何でも宜しいのですか?」
「グルノー皇国の料理って言われるとちょっと困るけれど、今この近くで用意できるものなら何でも良いよ」
「でしたら私、ずっと食べてみたいと思っている物があるのです。それでも良いかしら?」
「良いよ。近くに店があるか分からないから、取り敢えず食べたいと思っている物を言ってみてくれるかな」
「私が食べてみたいのは、お肉の串焼きですわ!」
「串焼き? それは、また……」
「串焼きは、この近くでは難しいですか?」
「いいや、そんなことはないよ。ただ、ルイーズ姫の口からまさか “串焼き” って言葉が飛び出てくるとは思ってもみなかったから、ちょっと驚いただけだよ。でも……。串焼きってどんな物なのか、本当に理解している?」
「もちろんですわ。お肉を串刺しにして、焚き火で焼いてある物ですわよね?」
理解しているに決まっているではないですか!
私、大好きなあの本に出てくるようなお肉の串焼きが、小さい頃からずーーっと食べてみたかったのよ。
流石に魔獣のお肉は無理でも、普通の串焼きなら食べられるかもしれないわよね?
「焚き火? 街中じゃ焚き火で串焼きは作っていないけど……。ところで、どうやってその串焼きを食べるのかは知っている?」
「囓りつくのでしょう?」
「あははははっ! そうか。知っているなら良いよ! いろいろな種類の串焼きを出しているオススメの美味しい店があるから、今からそこに向かうけれど、それで良いかな?」
「はい。是非そのお店でお願いします!」
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