6 第四皇女と白猫天空。
「ぎゃーーーぅ!」
「分かった、分かった。もう勝手に触ろうとなんてしないから、いい加減に許してくれよ」
「まあ。いったいどうされたのですか?」
「ちょっとね。気持ち良さそうに寝ているから、少し撫でてみようかなぁと思って手を伸ばしたら……」
「もしかして、この子に引っ掻かれましたの? 大丈夫ですか?」
「ああ。大したことはないよ」
ザルツリンド王国を目指して皇都レンファスを馬車で出発した私たちが、グルノー皇国の端に位置する “聖なる森” を通過した際に、小川の近くで弱って踞っていたこの仔猫を保護したことを覚えているかしら?
仔猫はリスカリス王国の最初の町の宿屋で面倒を見て貰うって選択肢もあったのだけれど、ハインツ殿下(←あの時は唯のザルツリンド王国飛竜騎士団第7分隊の隊長だと思っていたのよね)の口添えもあって、一緒にザルツリンド王国へと連れて来たのだけれど……。
「もしかして、この子とは相性が悪いですか?」
「そんなことは……。ん? あるのか?」
「うふふ。どうでしょうね?」
仔猫は今では私にすっかり懐いてしまっているの。
ジネットが「不衛生ですから!」と言って何度私の部屋から仔猫を追い出しても、気付くといつの間にか仔猫は私の部屋に戻って来ていて、部屋の端に敷いてあるお気に入りのラグの上に寝転がって寛いでいるのよ。
最近ではジネットも追い払うのを諦めたみたいで、仔猫が私の部屋で寝転がっていても見て見ぬ振りをするようになってきたわ。
今日はハインツ殿下が、私の暮らしに何かしらの不足がないかどうかを確認するために、こうして離宮に足を運んで下さっているのよ。
私は特に困っていることもないし、要望もないのだけれど……。
ああ、そうだわ! この前散歩をしていた時に発見したあの場所! 畑にしても良いかどうかお聞きしたら、殿下はどんな反応をするかしら?
流石に、まだ止めておいた方が良い?
「ねえ、ルイーズ姫。この仔猫にもう名前って付けてあるの?」
「名前ですか?……そう言われてみれば、まだですわ。いつも私たち “猫ちゃん” とか “仔猫” って呼んでいたので」
「“猫ちゃん” ねえ……。なあ、お前も名前くらい付けて欲しいよな?」
「ふぎゃぅ」
「ほら、付けてほしいって言ってる!」
「本当ですか?」
「聞いただろう、今返事をしたよ!」
「今のが同意のお返事?」
「おそらくね」
ハインツ殿下って……。もしかして、ちょっと変わってる? まあ、良いわ。それはそれで面白いし。
ああ、そうよ、名前! 名前ねぇ……。確かに名前はあった方が良いかも!
何が良いかしら? 見た目から付ける? それともありきたりな猫の名前を参考にするとか?
うーん、そうね。悩むわね……。
最初に出会った時は薄汚れた “毛玉” のようだった仔猫も、ローザが洗ってくれてから気付いたのだけれど、体全体が光り輝くような、とっても美しい真っ白な毛皮をしていたのよ。
撫でると、そのふわふわの毛皮の触り心地は本当に最高に気持ちが良いのよ。仔猫の方も撫でられると気持ち良さそうにしているわ。
それにね。少し紫がかった青い瞳もとっても綺麗なのよ。そうね、例えるなら……。雲ひとつない綺麗な青空かしら。
「天空なんてどうかしら?」
「セレスト?」
「ええ、グルノー語で “天空” って意味よ」
「ああ、成る程。この仔猫の瞳の色から付けたんだね?」
「そうだけど、それだけではないわ」
「それだけではない?」
「ええ。ちょっとここを見て下さる?」
「額のところ」
「額?」
私は仔猫の背中側から両前脇に手を入れて仔猫を抱き上げて、そのままハインツ殿下の前によく見えるように差し出したの。
「そうです! 薄っすらとですけれど “三日月” のような模様が見えませんか? 傷ではないと思うのですけれど……」
「“三日月” だって? まさか、本当に?」
私の言葉を受けて、仔猫の額をよく見ようとハインツ殿下が顔を仔猫に急に近付けたの。
仔猫は急に私に抱き上げられたのと、急に殿下の顔が近付いて来たことの両方に驚いてしまったようで、手足をバタつかせて激しく抵抗したのよ。
「ぎゃーーーぅ!」
「うわぁー!」
「きゃあ」
仔猫が急に暴れ出したので、私、思わず手を離しちゃったわ。
それも、仔猫を上方向に思い切り放り投げるかたちで……。ど、ど、ど、どうしましょう!?
でも、心配は必要なかったみたい。
仔猫は空中でヒラリと体制を整えると、お気に入りのラグの上にフワリと着地したから。……良かった。
「あはは。身軽だね!」
「私が仔猫を急に持ち上げたから……。ビックリさせてしまったみたいですね」
「僕の方こそ。急に顔を近付けて覗き込まれたのが嫌だったのだろうな」
「ふぎゃ!」
仔猫は何やら懸命に右腕で額の辺りを撫でているわ。まるでそこに大事な何かでもあるかのように。
「それで、額の “三日月” はご覧になれましたか?」
「ああ。確かに薄っすらとだが “三日月” に似た模様があるね。この “三日月” 模様って……」
「瞳もこのように綺麗な青空色ですし、額には “三日月” 模様がありますし、この子には天空って名前はピッタリかなと私は思うのですけど」
「ああ、良いと思うよ」
「ですよね! 貴方はどう思う? 天空?」
「ふぎゃぅ」
「これは……同意か?」
「ふふふ。さあ、どうでしょう?」
◇ ◇ ◇
「と言うことで、この仔猫の名前は今日から “セレスト” に決まったから!」
「セレスト。良い名前ですね!」
「そうでしょう? 可愛いわよね♪」
仔猫にセレストと名前を付けた日の夕方。ローラは仔猫の食事を用意して、私の部屋まで運んで来てくれたの。
私の料理人としてグルノー皇国から一緒に来てくれたローラは、飛竜で来た私よりも1週間遅れて離宮に到着したその翌日から、早速調理場へ出入りをしているのよ。
でもね、元からいる離宮の料理人たちからは、一人前の料理人としてはなかなか認めては貰えないみたいで……。
「グルノー皇国では食材として肉を使用しませんからね。仕方がないこととも思います」
「確かにお肉に関してはそうかもしれないけれど、ローラはお魚だって、お野菜だって、完璧に調理できるじゃない! それにデザートなんて……」
「調理場の皆には、時間をかけてゆっくり認めて貰おうと思っていますから。大丈夫ですよ」
「……そうなの?」
「はい!」
やはり、私が懸念していた通りになったのよね。
明らかに新参者で他国出身の料理人であるローラは、元々この離宮の調理場に所属していた料理人にも、私がザルツリンド王国へ来たことで王宮からこの離宮に移動して来た料理人にも、すぐには受け入れて貰えそうもないみたい。
それに、グルノー皇国では性数差の関係で女性の料理人が圧倒的に多いのだけれど、ザルツリンド王国では料理人、特に宮廷料理人の殆どが男性らしくて……。
女性であるローラは、尚更難しい立場みたいなのよね。
それでも、若い料理人の中には、ローラの腕を認めてくれている人も出てきているみたい。
そう。例えばトーマス・ダイナーとか。
トーマスは余計な偏見とかを持たなさそうだわと思って、私が当初から目を付けていた料理人よ。
ローラは今までお肉の調理をしたことがなかったので、今はトーマスに教わりながら捌き方や下拵え、調理法などを習っているみたい。皇女殿下の飼っている仔猫のご飯を作る! っていう名目でね。
調理場の皆の休憩時間とかによ。トーマスはね、裏庭の大きな木の下にあるベンチに座ってのんびり寛ぐ大事な自由時間をローラのために削ってくれているらしいの。やっぱり良い人だわ!
「久しぶりのローラのタルト。凄く美味しいわね♪」
「そうですか? それは良かったです」
「トーマスにも、このタルトを食べさせてあげたら?」
「宜しいんですか? でしたら、明日の休憩時間にでもトーマスさんに渡してみます」
「そうよ! これを食べたら、誰だって絶対にローラのお菓子作りの腕前を認めざるを得ないに決まっているわ!」
「……だと良いんですけどね」
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