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 5 第四皇女と第二王子。

「これはいったいどういうことですの?」

「それは、僕が本当はこのザルツリンド王国の第二王子で、君の婚約者候補だったことかな? それとも、そのことを君に話さなかったことを言っているのかな?」

「もちろん全部ですわ!」

「まあ、そうだよね。ここではなんだし、ここから出ようか。僕らが移動しないと、彼らが困ってしまうからね」



隊長さんが指差した方を振り返ると、ジネットとヒセラとローラが揃って驚いた表情を浮かべて私たちのことを見つめてたの。

それはそうよ! 驚くに決まっているわよ!

リスカリス王国最初の町に私たちを迎えに来た隊長さんは、自分のことを『ザルツリンド王国飛竜騎士団第7分隊の隊長を務めているハインツ・フォン・グフナー』だと名乗ったのよ。


それにジネットの話では、隊長さんは “グフナー公爵” なのだと第7分隊の隊員から聞いたと言っていたし……。

私はもちろん、飛竜に一緒に乗ってここまで来たジネットだって、リスカリス王国最初の町で飛竜騎士団の人たちと言葉を交わしているヒセラやローラだって、隊長だと思っていた人が突然王子だと言って目の前に現れたら面食らうに決まっているわよね?

それも、私の婚約者だって言うじゃないの!

いったい誰が全く別の名前を名乗ったザルツリンド王国飛竜騎士団第7分隊の隊長が、第二王子のハインリッヒ・フォン・ザルツリンドと同一人物だと気付くと思う?



取り敢えず私はこのまま謁見の間に留まっていても仕方がないので、まだ謁見の間に残っている貴族の方々の好奇の視線を浴びながら、ハインリッヒ第二王子殿下にエスコートされて謁見の間を後にしたわ。


謁見の間から廊下に出ると、第二王子は手招きをして元王宮執事長のクラウスを近くに呼んだの。

王子はクラウスに何か短い指示を出してから、再び私の手を取って歩き出したわ。

どういうわけだか、私たち以外の皆とは反対の方向へとね。



  ◇   ◇   ◇



「ハインツはハインリッヒの愛称だよ?」

「それは、まあ、そうですね」

「それに、僕がグフナー公爵なのも本当のことだし」



ハインリッヒ殿下は、ザルツリンド王国の第二王子という立場とは別に、グフナー公爵領を治めている領主でもあるらしいのよ。



「飛竜騎士を目指した時、王子だからといって特別扱いはされたくなかったんだ。もちろん、今でもそうされたいとは思っていないけどね。僕は第二王子という立場ではなく、唯の一騎士として第7分隊を率いているつもりだよ。まあそうは言っても、第7分隊の皆は僕が第二王子だということを知っているし、理解して協力してくれてもいるよ。でも、新人騎士や騎士見習いの中には、このことを知らないままの者もいるかな」



そう言いながら、第二王子でもある隊長さんは楽しそうに笑っているわ。

ハインリッヒ殿下は第二王子という立場よりも、飛竜騎士団の騎士という立場の方を好んでいるようね。



そして何故か私たちは、マキシミリアン陛下が向かうようにと指定した “翡翠の間” には向かわずに、中庭を並んで歩いているのだけれど……。

少し遅れるとクラウスに言付けたから問題ないと殿下は仰るけれど、本当に陛下をお待たせして大丈夫なのかしら?



「今までのように君から “隊長さん” って呼ばれるのも、まあ、悪くはないんだけれど……。第二王子が飛竜騎士団の隊長をしていることを知らない者も多いし、できれば僕のことは “隊長さん” ではなく、名前の方で呼んで欲しいかな」

「お名前で、ですか?」

「そう。ハインリッヒでも良いし、ハインツでも良いよ」

「ああと。……では、ハインツ殿下で」

「うーん。……まあ、良いか。僕の方は、ルイーズ姫と呼ばせて貰っても構わない?」

「はい」



ゼーレン城の中庭には、沢山の花が植えられていて、グルノー皇国では目にしたことのないものも多くて驚いたわ。

ハインツ殿下の話では、マキシミリアン陛下のお母様、つまりハインツ殿下のお祖母様に当たる方が花が好きで、各地から集めてこの中庭に植えられたのだそうよ。



「その祖母は、3年前に亡くなってしまったけどね」

「そうでしたか……」

「今日は時間がないから案内してあげることはできないけれど、今度時間のある時にでも、この先にある祖母が管理していた温室を案内するよ」

「まあ、温室があるのですか?」

「そこには、祖母が好きだった花々が集められているんだ。祖母はね、良い香りのする花が特に好きだったんだよ」

「ハインツ殿下は、亡くなられたお祖母様が今でも大好きなのですね?」

「えっ?」

「ふふふ。だって、お祖母様のお話をされている時の殿下は、凄く優しいお顔をされていますよ」

「そうなのだろうか?」

「はい。私にはそう思えます」



グルノー皇国にいた際、ラファエルお兄様から聞いた噂話や、聖教会から届けられた報告書には、ザルツリンド王国の第二王子のハインリッヒ・フォン・ザルツリンドは粗野で乱暴者とか、魔獣退治が趣味の血みどろ王子とか、性格は残虐非道で逆らう者には容赦がないとか、まるで “極悪非道の王子” のように言われていたけれど、実際に会ってみると、今私の目の前で話しているこの人は “祖母が大好きな唯の孫息子” ですね。



「噂話なんて、やはり当てにはなりませんね」

「何の話だい?」

「いいえ。大したことではありませんわ」

「そう? じゃあ、誤解も解けたようだし、そろそろ “翡翠の間” に向かおうか? 皆がきっともう首を長くして待っている」

「そうでしたわ!」



  ◇   ◇   ◇



「ルイーズ様、今日は本当に長い1日でしたね」

「確かにそうね」

「本当にお疲れ様でした。なんとか無事にザルツリンド王家の皆様との初顔合わせも終了しましたし、これで一安心です」



ゼーレン城から離宮へと戻って来た私は、朝からずっと着ていたお母様イチオシのドレスをやっと脱ぐことができてホッと一息ついているところよ。


私だけじゃなく、ジネットたちもかなり疲れていると思うわ。

ジネットの話によると、ローラなんて帰りの馬車の中ではうつらうつら船を漕いでいたらしいし、馬車を下りるなり私に「おやすみなさい」と挨拶だけして自室に戻ってしまったもの。

ヒセラはそんなローラに目くじらを立てていたけれど、今回ばかりは許してあげて欲しいわ。

貴族の令嬢でもない普通の平民のローラにとっては、王城で王家の方々と同じ空間で長時間過ごすなんて緊張感はそうそうあることではないものね。



「ジネットさん、貴女は何を言っているのですか? 姫様が大変なのは寧ろこれからですよ! 来週からは王城での “勉強会” も始まります。マキシミリアン陛下はああ仰っておられましたが、姫様のお立場はまだ婚約者候補の1人にすぎないのです。幸運にもまだ他の候補者が誰も来ていないのであれば、その間に姫様はご自身の立場を確立すべく、多くを学ばねばなりません」



私としては、婚約者候補から婚約者に昇格できなければ、1年後にグルノー皇国へ戻っても良いと思っているのだけれど……。

今はそのことは言わない方が賢明ね。



「ルイーズ様。その “勉強会” は来週からなのですよね? 今週後半はどう過ごされるご予定ですか? もう王家の皆様にご挨拶もお済みですし、行きたいと仰っていた図書館へ行ってみますか? それでしたら私がお供しますよ」



ジネットはザルツリンド国へ来るまでの道中で、随分とヒセラの(かわ)し方が上手くなった気がするわ。

私に関係する新たな話題を振って、さり気なく自分へのお小言モードから話を逸らしてる。



「それなのだけれど……。明日はハインツ殿下がこの離宮を訪ねて来るそうなの。それから明後日は、殿下がゼーレンの街を案内して下さるそうよ」

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