4 第四皇女と王宮での謁見。
「はぁ。まさかここまでとは思いませんでした。本当に凄い歓迎振りでしたね」
「そうね……」
王宮の馬車寄せで馬車を降りると、すぐ後ろの馬車に乗っていた侍女のジネットが駆け寄って来たわ。
あらあら。淑女たるもの、如何なる時も走ってはいけないのではなかったかしら?
ジネットはゼーレン市民からの想像以上の大歓迎に、どうやら圧倒されてしまったみたいね。
ジネットの驚きも分かるわ。というのも、ゼーレンの街の中心部が近付いてきた辺りから、私の乗る馬車が通過するのを待ってくれていると思われる人がポツリポツリと現れ始めて、そういった人の数は、馬車が王宮に近付くのに比例するかのように増えていったのよ。
途中からは、道の両側に大袈裟ではなくビッシリと隙間などない程に人が詰めかけていて、私が窓越しに手を振るとワッと歓声が上がって……。
正直に言ってしまえば、私もこの光景に感激しました。
でも、この歓迎振り、ちょっと度を超えているというか……。
いったいこの国の人たちに私のことはどう伝わっているのかしら? 第二王子の婚約者候補の1人ってだけよね?
クラウスは私が第二王子にとって初めての婚約者候補って言っていたから……。物珍しいのかもしれないわね。きっと、そう!
「では、皆様こちらへ。今から皆様には、謁見の間へと向かって頂きます」
◇ ◇ ◇
開かれた扉の正面。一段高くなった場所に、玉座らしき立派な椅子が見えるわ。
「あらあら、おかしいわね。今日この王宮で私たちを待っているのは、確か王家の皆様だけってお話でしたのに……?」
「おおかた『抜け駆けは許せん!』ってところだろうな」
ヘンラー公爵夫妻は、いったい何のお話をされていらっしゃるのかしら?
私は決して背が高いとは言えないので、お2人の背に阻まれて、部屋の中の様子はこの位置からではお2人の隙間から覗くことのできる正面奥の玉座以外はほぼ見えないのよ。
でも、その会話の意味は私にもすぐに理解できたわ。
扉をくぐり、ヘンラー公爵とベル様の後に続いて謁見の間に入ると、刺すような、値踏みするかのような視線が一斉に私の上に集まるのを感じたから。
縦に長い広間の玉座に近い位置の両脇に、多くはないけれど着飾った人たちが集まっていて、その全ての人たちの興味の矛先が私にあるということはすぐに分かったわ。
「ごきげんよう」
「お元気そうね」
左右にいる数名の女性が、中央の絨毯の上を優雅に進んでいくベル様に声をかけているのが聞こえてきて、ベル様がそれに愛想良く応えているわ。
女性たちとベル様とのやり取りからして、今この謁見の間に揃っている方々は、公爵夫人であるベル様と同じくらいには高いお家柄の人たちってところでしょうね。
前を歩いていたヘンラー公爵とベル様の足が止まったので、私もその場で足を止めたわ。
私たちからだいぶ離れた後ろで、ヒセラたちもクラウスの指示で立ち止まったみたい。
私たちの準備が整ったのを見計らっていたかのように「マキシミリアン陛下のご入室です!」との声が謁見の間に響いたの。
その途端、一瞬にして、ヘンラー公爵夫妻を含めたザルツリンド王国貴族たちが揃って片膝をついて頭を垂れたわ。
うわー。ある意味見事だわ! これは、グルノー皇国よりも上下関係がずっと厳格な感じだわね。
この場合、私も皆に合わせて同じようにしておくのが最善の手よね?
そうね、取り敢えずそうしましょう!
数人分の足音と衣擦れの音が近付いて来るのが聞こえて、しばらくすると張り詰めた空気を打ち破るかのように、低くて良く響く声がこう言ったの。
「皆の者、顔を上げよ!」
初めて耳にしたそのお声は、とても自信に満ち溢れたお声だわ。でも、だからと言って威圧感は然程感じないわね。
周りの人たちに倣って顔を上げると、正面の玉座に座っているマキシミリアン陛下と思われる人物と目が合ったわ。
マキシミリアン陛下は、歳の頃は私のお父様と同じくらいか、もう少し上かしら?
佇まいは、お父様よりも、お祖父様のアルフォンス前皇王に似た雰囲気だわね。身体が大きくて存在感がある感じがよ。
あら? 私、以前こんな感じの方に、何処かでお会いしたことがあるような気が……。
「陛下。グルノー皇国第四皇女のルイーズ・ドゥ・グルノー姫殿下をお連れ致しました」
「ああ。大義であった」
ああ、駄目だわ。そういえば今は、大事な大事な謁見の真っ最中だったわね。別のことを考えている場合ではなかったわ。
成る程! ヘンラー公爵がグルノー皇国からザルツリンド王国の王都まで、私を連れて来た態なのね? 了解ですわ!
「ルイーズ姫。遠いところをよく来てくれた」
「グルノー皇国から参りました。ヴィクトール・ドゥ・グルノーの四女、ルイーズ・ドゥ・グルノーでございます」
「祖国を離れての暮らし。何かと不安もあるだろうが、この国を我が国と思い、心安らかに過ごして欲しい。ザルツリンド王国は、国をあげてルイーズ姫を歓迎するぞ!」
「お心遣い、ありがとう存じます」
「良い! 皆の者。ここにいるグルノー皇国第四皇女のルイーズ姫は、今日より正式に我が息子、ザルツリンド王国第二王子のハインリッヒ・フォン・ザルツリンドの婚約者となった。以後、そう心得よ!」
マキシミリアン陛下が高らかにそう宣言されると、その場に居合わせた貴族の方々から賛同の意を表すかのように大きな拍手が巻き起こったわ。
? 陛下は今、私のことを第二王子の婚約者って仰ったような……?
それも、今日から正式にって……?
あらららら? これってどういうことかしら? 私って、婚約者候補の1人の筈よね?
驚いて正面を見ると、2つ並んだ玉座のもう片方、マキシミリアン陛下のすぐお隣の席に、満面の笑みを浮かべている女性が座っていらっしゃる。ファラーラ王妃様よね?
王妃様、凄くお綺麗な方だわ。
キャっ。目が合ってしまったし、私も極上の微笑み返しをしなくてわ! ニッコリ。
それから、王妃様の後ろ、仲睦まじい感じで並んで立っていらっしゃるのが、おそらく第一王子殿下とその奥方様ですよね。
ラファエルお兄様の事前情報では、第一王子のラディスラウス王太子殿下は『優秀だけれど丈夫ではない』って話だったけれど……。見た目で分かる程具合が悪そうな雰囲気ではなさそうね。
奥方様のエリーザ様も、とてもお優しそうな方だわ。
ということは、必然的に第二王子のハインリッヒ殿下は残るお1人。マキシミリアン陛下の後ろに立っていらっしゃる、背の高い方ということになるわけで……。
って、えっと……。待って、待って! いったいこれは、どういうことかしら?
あの方。もしかしなくてもハインツ隊長よね?
どうしてザルツリンド王国飛竜騎士団第7分隊の隊長さんが今ここに?
私の驚いた表情を見たハインツ隊長は、ニコッと小さく笑みを浮かべてから、私にだけ分かるように、一瞬だけ口元に右手の人差し指を持っていったの。
あれは「黙っているように!」ってことよね?
「今後についての詳しい話はここではなく別室で話そう。グルノー皇国の姫君とその従者たち、ヘンラー公爵夫妻、それから元王宮執事長のクラウス・アインホルンは翡翠の間へ。それ以外の者はもう下がって良いぞ」
そう宣告されると、マキシミリアン陛下は玉座から勢い良く立ち上がって、ファラーラ王妃様の手を取ると、呆気に取られている貴族たちを残してさっさと謁見の間から退出してしまったわ。
こちらも壇上に取り残されれる形になっている隊長さん(←おそらくは彼がザルツリンド王国の第二王子で決まりでしょう)が第一王子とその奥方と少し言葉を交わしてから、壇上からふわりと下りると、爽やかな笑顔を浮かべながら私の方へ向かって歩いて来るではないですか!
「やあ、久しぶり。その後、離宮での生活で何か困ったこととかは起きていないかな?」
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