3 第四皇女と仔猫と公爵家。
「あのぉ、ルイーズ様。お聞きしたいことがあるのですが……」
「なぁに? ローラ」
「えっと、ルイーズ様の足元で寝ているのって……」
「ん? “聖なる森” で保護したあの時の仔猫だけど?」
「……ですよね?」
いよいよ、ザルツリンド王国のゼーレン城へ入国のご挨拶に行く日がやって来ましたよ。
朝から私は身支度に追われています。
「私の気のせいではないと思うのですが、その仔猫、なんだかやたらと大きく育っていませんか?」
「そう?……うーん。言われてみると、確かに大きくなっているかもしれないわね。保護した時は凄く弱っていて、水に浸したパンを食べるのがやっとだったけれど、この離宮に着いてからは随分と栄養のあるものを食べさせて貰っているからだと思うわよ」
「でも、まだほんの10日くらいですよね?」
「? そうね」
「そんな短期間で、こんなに成長しますか?」
「ふふふ。別の猫にすり替えたりなんてしていないわよ?」
確かに、ローラに指摘されて改めて見ると……。そうね、大きくなっているかも。
でも、許容範囲じゃないかしら。別に肥満って感じもしないしね。大丈夫!
「ルイーズ様。髪飾りは、こちらのと、こちらの、どちらになさいますか?」
「そうね。こっちのお祖母様が選んで下さった方で」
「姫様、ちゃんと前を向いていて下さいませ!」
「はいはい。今向きます」
仔猫は相変わらず私の足元に置かれた籠の中に寝転がって、これだけ騒がしい中、我関せずといった態度で気持ち良さそうに寝息を立てているわ。
「姫様のお支度を終えたら、ローラ、次は貴女の番ですよ」
「ヒセラ様。本当に私もあちらの衣装を着ないと駄目なのですか?」
「当然ですよ! 今日は、ザルツリンド王家の皆様との重要な初顔合わせなのです。主役はもちろん姫様ですが、私共も同席する以上は、姫様の汚点とならぬよう努めなければなりません!」
「でも、私は……」
「大丈夫よ、ローラ! 私だって貴女と大差ないと思うわ」
私の髪に飾りをつけながら、ジネットがローラに優しく声をかけてます。
そういえば、私の侍女として勤めはじめたばかりの頃のジネットも、お父様やお母様と同席しなくてはならない日は、緊張のあまり朝からずっと口もきけない状態だったこともあったわね。
ふふ。懐かしいわ。
「そんな筈ないです! 伯爵家のご令嬢のジネット様と平民の私とでは、雲泥の差ですよ!」
「大丈夫よ、ローラ。ヒセラが言ったように、立っているだけで良いから。謁見なんて、きっとあっという間に終わるわよ!」
「本当ですか? それなら、良いのですけど……」
衣装を私に着付け終えたヒセラは、背後から私の全身を上から下まで隈無くチェックして、最後に鏡越しに目の合った私に向かって満足気に微笑んだわ。
それからヒセラは大きく息を吐いてからローラの方へ向き直ったの。
「ローラ。四の五の言わずに、重要なお役目だと思って姫様の後ろで姿勢良く立っていなさい! それだけで充分ですから。さあ、お支度を始めましょう。貴女の部屋へ戻りますよ!」
ローラがヒセラに背を押されながら部屋から出て行くと、こちらも作業を終えたジネットが私の足元の籠で寝ている仔猫をまじまじと見てから口を開いたわ。
「ルイーズ様。さっきローラが言っていたように、この子……。私もちょっと成長が早過ぎる気がしますわ」
「そうかしら?」
「もしかして、ルイーズ様の “緑の手” のお力って、植物だけではなくて、動物にも効果があったりしますか?」
「えええ?! それは流石にないと思うわよ」
ジネットったら、ビックリするようなことを急に言い出すわね。
確かに私は “緑の手” の持ち主よ。
でも “緑の手” は、地属性の人の中に極稀に存在する能力。地属性が土に働きかけることで植物を育てるのに特化した魔力だということは、ジネットだって知っているでしょうに。
「ですよね。それに、ルイーズ様はザルツリンド王国では、まだ何も植物は育てていないですものね。この子はそういった物を食べたわけでもないですし……」
「良いわね! この離宮でも、巨大イチゴとかを育てたいわね♪」
「流石に畑仕事はお止めになった方が良いと思いますが?」
「でもね、畑にするのに適していそうな場所は、もう見つけてあるのよ!」
「またそんなことを……」
◇ ◇ ◇
「ようこそ。ヘンラー公爵家へ。とは言っても、ここは別邸だがね」
「まあ、貴女がルイーズ姫ね。噂通りの可愛らしい方だこと。次は是非、本邸の方へいらっしゃって! 実はヘンラー公爵家は、今貴女が暮らしている離宮のすぐ近くなのよ。もちろんこっちに来て頂くのも大歓迎よ!」
ヘンラー公爵夫妻は、揃って話好きの人懐っこい感じのカップルだわ。
公爵家の別邸へ向かう馬車の中で離宮の執事長のクラウスが教えてくれたのだけれど、今私を笑顔で迎え入れて下さっているヘンラー公爵は、王妃様のお兄様に当たる方なのですって。
だから今日の作戦の出発地点に、ヘンラー公爵家の別邸が選ばれたらしいのよ。理由を伺って納得したわ。
ヘンラー公爵家の別邸のすぐ脇には湖があるらしくて、公爵夫妻は時間が空くとこの別邸まで来て、一緒にのんびり寛いでいるそうよ。夫婦仲が宜しいのね!
「ああ、ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。ようこそ、ザルツリンド王国へ。私はファーベルリアンヌ・フォン・ヘンラーよ。ルイーズ様ってお呼びしても良いかしら?」
「ええ、もちろんです」
「嬉しいわ。私の名前長ったらしいでしょう? 嫌になっちゃうわ。だからね、私のことは “ベル” と呼んで頂戴ね」
国王陛下が思っていたよりもずっと私が早くこの国に到着してしまったので、今回は急遽この作戦が決行されることになったのですって。
やっぱり馬車で入国すべきだったのかしら?
「まさかこんなに可愛らしい姫があの飛竜に乗ることに同意するとは、正直、誰も想像していなかったからね。飛竜に近付くのも嫌がるご令嬢は多い。怖い思いはされなかったかな?」
「いいえ、ちっとも。空を飛ぶ経験なんてなかなかできませんから、とても素敵な時間でしたわ。それに、思っていたよりも飛竜の背中は快適でした」
「まあ、勇気がおありになるのね!」
「そうだな。まさかとは思ったが、アレの思惑通りになったわけだ」
「思惑ですか?」
「いや、何でもないよ。こっちの話だ。それよりもこれからの予定なんだが……」
今から私は、ヘンラー公爵夫妻と一緒に、ヘンラー公爵家の紋章の描かれた馬車に乗るそうなの。
あたかも前日にでもこのゼーレンに到着した風を装ってね。
途中、王宮へと続く道には私を歓迎しようと大勢の人たちが待ち受けていると思われるので、窓越しに笑顔で手を振るようにと言われたわ。
「王宮で待っているのは王家の皆様だけなので、行ってからは特に緊張する必要はないわよ。今日すべきは、民たちに貴女の無事の到着を知らせること。それが今日の貴女の最重要任務よ」
「はい。では、そのように」
公爵邸の馬車寄せへ出ると、私たちが離宮からここまで乗って来た馬車は姿を消していて、代わりに、黒塗りで豪華な金の飾りが数多く施された、とても大きな窓の馬車が1台と、似たような作りだけれどそれ程窓の大きくない馬車がもう2台停められていたの。
3人の御者が、既にそれぞれの馬車の御者台で出発準備を整えて待機しているわ。
……どうやら、私はあの先頭の馬車に乗るようね。
ヘンラー公爵から言われた通り、私を歓迎するために沿道に集まって来てくれている人たちに向かって、あの凄く大きな窓越しに私は笑顔で手を振れば良いってことよね。
ヘンラー公爵家夫人のベル様がニッコリと微笑みながら、馬車に乗るようにとそっと私の背を押したわ。
「では、王宮へ参りましょうか」
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