プロローグ
今回のお話から新章突入です。
ザルツリンド王国へとやって来たルイーズ。
入国初日。呆気ない程簡単に夢だったお肉を食べることができてしまったので、次は「魔獣のお肉が食べたい!」という新たな夢を掲げます。
さて、どうなりますか?
「殿下。そろそろ部屋へ戻りましょう!」
「もう、そんな時間か?」
「時間的には、まだ大丈夫だとは思いますけど、もし部屋から抜け出していたことがバレたら……。それに、かなり城の奥の方まで入り込んでしまっていますよ」
「そうだな。叱られるな」
「叱られるだけで済めばまだ良い方です! 許可もなく他国の城の中を好き勝手に歩き回っていたことが発覚したら……」
僕とヨハンは今、隣国グルノー皇国の皇都レンファスにある城に来ている。
訪問の理由は、この大陸ではグルノー皇国にしか存在していないと言われている “聖女” の派遣を依頼するためだ。
もちろん僕たちが依頼をしに来たわけではない。依頼主は僕の父上。僕と一緒にいるヨハンの父親は、僕の父上の側近の1人だ。
父上にはヨハンと2人で部屋で待つようにとキツく言われたのだが、ただ待っているのも酷く退屈なので、僕らはこっそり部屋を抜け出して来たのだ。
「“聖女の国” と呼ばれているだけあって、気のせいかもしれませんが、この城に存在している全てのものに神聖な気配がしませんか?」
「そうか? 流石にそれはないだろう?」
「でも実際、たった1人 “白の手” を持つと言われている大聖女のマリアンヌ様は、アルフォンス皇王陛下の娘だそうですし、別の娘も聖女なのだと聞きますよ。その上、皇王の孫の中にも聖女候補がいるって話ですし……」
ヨハンのしている話が事実なのだとしたら、確かにこの城には、光の魔力に関係するような何かがあるのかもしれないな。
量の差こそあれ、この世界の全ての人間は、生まれながらに魔力を持っている。
魔力(属性とも呼ばれているが)には7つの種類があり、多くの者は火、水、風、雷、地の5つうちの1つを持って生まれてくると言われている。
稀に複数の属性を持って生まれてくる珍しい赤ん坊も出るらしく、僕もその中の1人なのだと父上から聞いている。
7つの属性のうち、火、水、風、雷、地以外の2つ、光と闇の属性の持ち主が生まれる確率は非常に低いそうだ。
闇の属性持ちは僕の国にも数名存在しているが、光の属性持ちは、理由は不明だがカリス大陸内ではこのグルノー皇国にしか出現しないと言われている。その者たちの中で “癒しの力” を持つ者のことを総じて “聖女” と呼んでいる。
聞いた話では、グルノー皇国では6歳になると、子どもたちは聖教会に行って属性検査を受けるそうだ。
その属性検査で子どもが光の属性の持ち主だと分かると、その子どもたちは貴族であろうと平民であろうと別なく皆聖教会に引き取られ、そこで “聖女” になるべく修行を始めるのだとか。
我が国では、特に貴族の子どもたちは、生まれてすぐに属性検査を受けるのが一般的だ。
属性を知ることで、その子の属性に適した教育を少しでも早く受けることができれば、その分適性をより伸ばせると考えられているからだ。
おそらくこれは、グルノー皇国以外のカリス大陸内6カ国に共通しているやり方だと思う。
一方で、グルノー皇国の場合は “聖女の力” と “聖なる森” に守られているため国内に魔物は存在しない。
魔獣と戦う騎士を育てる必要も、魔物から身を守るための魔導具も必要もない。
この国の民の持つ魔力は、生活に必要な生活魔法以外に使われることなどは殆どないらしい。幸せで羨ましい話だ。
「ねえ、殿下。どうして国王陛下は、聖教会を通さずに、直接グルノー皇王に依頼をするのです? 聖教会の支部なら、我が国にもありますよね? わざわざこんな遠くまで来なくても……」
「今回の依頼は国のためではなく、極個人的な依頼だからだよ」
「それはつまり、殿下の兄君のため、ですか?」
「……だと思う」
僕の兄上は、僕とは違って生まれつき身体が丈夫ではない。
父上はどうにか “聖女” の力で兄上を救って欲しくて、こうして秘密裏にグルノー皇王を訪ねて来ているのだ。
だから、ヨハンの言った通り、僕らがこんなところでウロウロしているところを誰かに見咎められるわけにはいかない。
そう思って部屋に引き返そうとしたら、広い庭の一角にある立派な枝振りの木の根元のところで金色をした何かが動いたのが視界の端に入った。
「なあ、あの木。あそこにへばり付いている金色のふわふわ。あれ、何だと思う?」
「……おそらく、子どもでしょうね」
◇ ◇ ◇
「殿下って、小さい子どもの扱いが上手いですよね」
「そうか?」
「そうですよ。すっかりあの子どもに気に入られていたじゃないですか! その上、あんな危ないことまでして! 怪我でもしていたら、それこそ大事になっていましたよ」
「そうは言うが、無理に決まっているだろう? あんな小さな女の子が、怪我を負った雛を抱えて木になんて登れるわけがない」
「そりゃ、そうです。だからって、何も殿下が代わりに木に登らなくても……」
「でも、雛は無事に巣に戻せたのだし」
「それだけじゃないですよ! 大事な本! あの子どもにあの本を渡してしまって、本当に良かったのですか?」
「……ああ。まあ、うん」
「帰ったら図書館長のどデカい雷が落ちますよ! あれって、原書ですよね?」
そうなのだ。僕は、ふわふわの金髪で、晴れた空色の綺麗な瞳を持つルルと名乗った少女に、事もあろうに大事なお気に入りの本をあげてしまった。
迎えに来たらしい者たちの声が聞こえてきて、すぐにルルを残してその場を離れなければならなくなった僕は「でも、まだおはなちは、おわっていないでしゅよ」と可愛い声で言われて、思わず「続きは君の兄上に読んで貰うと良い。この本は君にあげるよ。その代わり、僕たちに会ったことを内緒にしておいてくれるか?」とルルに言ってしまったのだ。
「あんな小さな子どもが『内緒にする』って約束を、守れるとも思えないですけど……。まあすぐに僕らはグルノー皇国を離れますし、もう安心ですね! まあ、あの本はもう2度と返ってこないでしょうけど」
「……そうだな」
それにしても、アレはなんだったのだろう?
確かにあの木に登り、雛を巣に戻して木から下りる際、僕は枝に腕を引っ掛けてしまい小さな切り傷がいくつかできていた。
なのに、僕の膝の上に座っていたルルが「いちゃいの?」と僕に尋ねて、その傷の上に手を当てた後、気付くとそれらの傷は全部綺麗に治ってしまっていた。
決して気のせいではない。確かに僕の腕には傷があった。それが綺麗に消えてなくなったのだ。
考えられるのは、小さなあのルルが光の属性の持ち主ってことだろう。
ルルはまだ6歳を過ぎていないだろうから、まだ聖教会での属性検査を受けていない筈。
だが、属性検査を受ければ、数年後にはあの子も確実に聖教会へと引き取られることになる。
まだなにも学んでいない状態で僕の傷を治すことができたのだから、聖教会へ入れば、すぐに聖女としての頭角を現すことは間違いない。
遠くない将来、あの小さなルルは、確実に “白の手” を持つ大聖女になるだろう。
「そうなったら、もう2度と会うことは叶わないな……」
「ん? 殿下、何か言いました?」
「いや、何でもないよ。こっちの話だ」
「でも、良かったですね。話し合いの結果、大聖女のマリアンヌ様は無理だったみたいですけど、グルノー皇王は、もう1人の娘の聖女様を派遣してくださると約束して下さったのでしょう?」
「そうらしいね」
そう。父上は、見事にグルノー皇王から「近いうちに必ず聖女グレーテを派遣する」という約束を取り付けることに成功したのだ。
皇王とのこの個人的な約束は、聖教会を通しての派遣依頼よりも優先されると父上は喜んでいた。
というのも、聖女グレーテとはグルノー皇王アルフォンス陛下の娘のことだ。
グレーテ皇女は、聖女としてではなく皇女として公式に訪問してくれることになったのだ。
その訪問のついでに、非公式に兄上に癒しの力を使ってくれるらしい。
「これで兄君がお元気になられたら、次は、殿下がご自身の夢を叶える番ですね!」
「そうだな。そうなると良いな」
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