60 第四皇女と思わぬおもてなし。
「もしかして、これって……」
「グルノー皇国からお越しの方の晩餐にお出しするのはどうかとも思ったのですが、グフナー隊長からどうしてもとのご依頼でしたので。お口に合えば良いのですが」
念の為お知らせしておきますが、ここはリスカリス王国との国境近くにあるザルツリンド王国飛竜騎士団の支部です。
この支部は、元々はザルツリンド王家の離宮だった建物を改装して騎士団の支部として利用しているそうで、外観は立派な “お城” そのもの。
でも一歩足を踏み入れると、建物の中は如何にも “騎士団” って雰囲気で(←とは言っても、基本的に騎士団がどういう場所なのかを私は詳しく知らないのですけどね)以前はあったであろう美しい装飾などはものの見事に撤去されています。
それでも、私とジネットのために用意して下さった個室とか、このダイニングルームなど数部屋はどうにか “騎士団化” を免れたようで、王家の離宮だった当時を彷彿させるような素敵な設えを保っています。
「牛肉と根菜類のスープです」
最初のお皿を運んできた料理人が……。
ん? 今、なんて?
牛肉? 今、牛肉って言ったわよね? 私の聞き間違いではないわよね?
スープ皿の中に、色とりどりの野菜と一緒に、小さく切られた茶色い塊がいくつも入っているわ。
夢にまでみたお肉を使ったお料理が、今私の目の前にあるのよ!
どうしましょう。スプーンを持つ手が、小刻みに震えるわ。
野菜とその小さい茶色い塊をそっとすくってみる。
「……美味しい!」
「ありがとうございます。では、ごゆっくりとお召し上がり下さい」
◇ ◇ ◇
部屋に用意されていた晩餐用のドレスに着替えてジネットと一緒にダイニングルームへ向かうと、第7分隊の隊長さんと、他の4人の騎士たちが既にテーブルについていたの。
馬車で王都を目指しているヒセラと別行動中の今、私には侍女はジネットだけなので、ちょっと支度に時間がかかってしまって……。お待たせしちゃったみたいです。
「それぞれの自己紹介は、いずれ王宮で姫君を歓迎する会が開かれたときにでも改めてすることにして、今宵はひとまず食事を楽しもう」
隊長さんがそう言うってことは、ここにいる全員が、王宮で開かれる歓迎会にも招待されるような立場の人ってことよね?
隊服を着て飛竜に跨って空を飛んでいた時とは違って、きちんとした服装をして、髪などを整えている今は、全員が良家出身のご令息だろうことが分かるわ。
「騎士団の支部だからね。流石にフルコースってわけにはいかないが、ここの料理人の腕もなかなかのものだと思うよ」
「ええ。とても、美味しいです。特に、この……」
「スープの中の肉、かな?」
「えっ?」
「肉料理。ずっと食べてみたかったんじゃないの?」
「どうして、それを?」
「仔猫を相手に、そんな話をしているのが聞こえてきたからね」
えーーーー。あの時、確かに私はリスカリス王国最初の町の宿の馬小屋で “毛玉” を相手に「私の夕食にも朝食にもお肉は出なかったわ」とか「“毛玉” のご飯にはお肉は入っていたの?」とか、どうでも良いような話をしたけど……。
「もしかして隊長さん、あの時、ずっと私の独り言を聞いていましたの?」
「ずっと? どうかな。お肉云々くらいからかな?」
それって、かなり最初の方ですが……。
「グルノー皇国では、肉を食べる習慣がないそうですね? 肉のない食事なんて、僕たち竜騎士には想像できませんよ!」
「いっそ食事は肉だけで良い!」
「お前は野菜も食べた方が良いぞ!」
竜騎士の皆さんは好き勝手に話しをしながら、食事を楽しんでいます。
第7分隊の皆さんはとても仲が良いのね。
「姫君はご存知でしたか? 本当は、今日の晩餐に肉を使った料理は出ない予定だったんですよ」
「えっ? そうなのですか?」
「そうです! でも今朝、出発前になってハインツ隊長が、突然そこに座っているアーレンに向かって『伝令役として大至急この支部まで飛ぶように!』命じられてぇ……」
「おい、ルドファー。余計なことは言わなくて良い!」
隊長さんに軽く睨まれたルドファーさんは、今朝、馬小屋まで隊長さんを探しに来ていたあの彼です。
私はお酒が得意な方ではないので、ほとんどワインは頂いていないのですが、よくよく見れば皆さん結構なペースでグラスを空けているようだわ。
ルドファーさんなんて、お顔が真っ赤よ。
「だって、隊長。本当のことですよ! この第7分隊で隊長の次にスピードスターのアーレンを伝令に出すってことは、余程の重要案件かと誰だって思うじゃないですか! それなのに、伝令の内容が『晩餐には肉をふんだんに使うように!』って。何ですかそれ? ってなりますよねぇ?」
「ルドファー。お前はもう黙れ! 飲み過ぎだし、喋り過ぎだ!」
「えー。そんなことないですよぉ。ヨハネス副隊長だってあの時は呆れた顔をしていたじゃないですか。へへへっ」
ルドファーさんを黙らせようと、ヨハネス副隊長が割って入ったわ。
そうね。喋り過ぎかどうかは兎も角、確かにルドファーさんはちょっと飲み過ぎかも。
ここに今いるメンバーって、明日はまた王宮を目指して飛竜で空を飛ぶのよね?
ルドファーさんだけでなく、皆さんかなりワインを召し上がっているようだけれど、明日の飛行は本当に大丈夫なのかしら?
でも、全然知らなかったわ。
隊長さんが私のためにわざわざ伝令役を飛ばしてまで、この晩餐にお肉が並ぶように手配して下さっていたなんて。
◇ ◇ ◇
「ねえ、ジネット。お肉料理、どれも凄く美味しかったわね!」
「そうですね。私はメインとして出された、確か “子羊のロースト” という料理名でしたよね? あれが非常に気に入りました」
「あら? 食べる前は “子羊” と聞いて青褪めていたように見えたけど?」
「それは仕方ありませんわ。まさか子羊を食べるなんて……。まだ大人にもなっていない子羊ですよ」
「それは、そうね。でも、美味しかったのでしょう?」
「はい! 凄くワインにも合っていて!」
「私、ジネットがあんなにお酒に強いなんて知らなかったわ」
「実は、私も知りませんでした」
そうなのよ。もしかすると晩餐に参加していた7人の中だと、ジネットが1番お酒に強いかもしれないわ。
ジネットったら私の隣の席で食事中ずっとかなりの量のワインを飲んでいたみたいなのに、全く酔っているようには思えなかったし。
「第7分隊の隊長のハインツ・フォン・グフナー様は、グフナー公爵領を治める公爵様だそうですよ。他の方々も皆様高位貴族の次男とか三男だそうです」
「あら。じゃあジネット、彼らの中から結婚相手を見つけたら?」
「駄目ですよ。どう考えても、皆様私よりも随分と年下ですわ」
「そんなこと……関係あるの?」
ジネットは私よりも9歳年上だから、今年で27歳よね。
うーん。確かにグルノー皇国では婚期を逃したと言われても仕方のない年齢とも言えるけど……。
昔からジネットは結婚に夢を持っていたことを私は知っているのよね。
女性の数の方が圧倒的に多いグルノー皇国と違って、ザルツリンド王国には男性は大勢いるし、可能性はあると思うのよ!
「ねえ、ジネット。これから始まるザルツリンド王国での1年間で、私はなるべく沢山のお肉料理を味わってみたいと思っているの。ジネットは? 折角だし何か目標を立ててみたらどうかしら?」
「まさか、ルイーズ様は私にザルツリンド王国で結婚相手を探せば良いとか仰いませんよね?」
「あら。駄目かしら?」
「……そんなに簡単とは思えませんわ」
だって、私の長年の夢だって、ザルツリンド王国に入国した初日に、余りにも呆気ないくらい簡単に叶っちゃったわよ?
「あのね、ジネット。私、今日の晩餐で、ずっと夢に見ていたお肉料理を食べられたでしょう?」
「そうですね。ルイーズ様の夢が叶いましたね」
「そうなの。だからね、これからはもっと別の夢にするわ!」
「また何か、良からぬことを考えていたりしませんよね?」
「そうでもないわよ。ちょっと難易度を上げるだけ」
「難易度、ですか?」
「そうよ! 私、ザルツリンド王国にいる間に、大好きなあの本に出てくるような “魔獣のお肉” を絶対に食べてみせるわ!」
お越し頂き & お読みいただき、ありがとうございます♪
このお話で、第四皇女はどうにかしてお肉が食べたい! 〜だって、この国にはお肉を食べる習慣が無いんです〜 の第一章は終了です。
次回からは、第二章となる『ザルツリンド王国編』をスタートしたいと思います!
引き続き楽しんで頂けると嬉しいです♪
この作品は、ちょっとゆっくり目の更新になりそうですが、続きが気になる! と思って頂けましたら、是非ブックマークや評価をお願いします!
思わず嬉しくなって、更新ペース上がっちゃう……かも?
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすれば出来ます。




