5 第四皇女と中庭のお茶会。
「アデルお姉様、どうぞこれを召し上がってみて下さいませ」
「まあ、これはなあに? とっても綺麗ね」
今日は王城の中庭で第二皇女のアデルお姉様と二人でお茶会をしています。
テーブルの上にはメラニーが今日のお茶会用に作ってくれた、クッキーとケーキが二人では食べ切れないほど、ずらーっと並べられてる。
その中から、アデルお姉様の目に留まったのは、私の予想通り “イチゴのタルト” でした!
私が丹精込めて育てた(ちょっとばかり巨大になっちゃった)イチゴを、これでもか! って程、メラニーに溢れんばかりに乗せてもらったイチオシの品。
別に、イチゴが余っているからってことじゃ無いわよ。
そのまま使うには少し大き過ぎるからと、メラニーはイチゴを綺麗にカットして、タルトの上部全面に敷き詰めてくれたの。まるで真っ赤なお花が咲いているみたいにね。
「それは “イチゴのタルト” です!」
「えっ。イチゴなの?」
「はい!」
「もしかして、ルイーズが育てたの?」
「そうですわ!」
「まあ。頂くのが、ますます楽しみになったわ」
アデルお姉様は、私の “緑の手” のことはもちろんご存じだし、私が “土いじり” をすることに対しても、不快感を示さないでいてくれる、数少ない私の味方。
そんなアデルお姉様は、ジネットがタルトを皿に取り分ける様子を、美しい空色の瞳を期待で輝かせながら、じっと見つめている。
家族(女性)の中で、私以外では、アデルお姉様だけが、属性が光では無いの。
光属性でなければ、聖教会へ行く事もなく、家族と一緒にずっとこのお城で暮らすことはできる。
けれど、これまでに多くの大聖女様を輩出しているグルノー皇国の皇女として生まれながら、光の属性では無いと知ったその時、アデルお姉様は、いったいどんなお気持ちだったのかしら……。
私は、そもそも聖教会での属性検査を受けていないから分からないけれど、きっと検査の場では周囲からの視線を一身に浴びたはず。
周りに居た誰もが、第二皇女が光属性と判明する瞬間に立ち会うことを、相当期待していたでしょうからね。
相手が落胆してるっていう雰囲気って、落胆している本人は気付いていないかもしれないけど、落胆されている本人にはビリビリと伝わるものなのよ。
私も何度も経験してるから分かる。
“皇女” = “光属性” = “聖女様候補” って勝手な思い込みは、本当に迷惑です!
「ルイーズ。とっても美味しいわ!」
「そうでしょう? アデルお姉様に召し上がって頂きたくて、私、メラニーにお願いしたんですから!」
私のちょっと得意気な様子に、ジネットが気付かれないように下を向いて笑いを堪えているのが見える。
気付かれてないと思っているだろうけど、ばっちり見えてますからね。
確かに私はイチゴを提供しただけで、タルトの製作には何の関与もしていないのは事実けど……。
そんな意地悪なジネットには、至高のタルトは残しておいてあげませんよーだ。
「まあまあまあ。こんなところで二人きりで、今日は誰のお誕生日?」
「「グレーテ様!!」」
にこにこ笑顔でこちらに向かって歩いて来るのは、お父様の妹で、私たちの叔母上の聖女グレーテ様です。
聖女服をお召しなのに、この方は、なぜかいつもとても華やかな雰囲気です。今日は……三人の聖教会の方々(スタッフ?)を引き連れていらっしゃいます。
「ごきげんよう!」
「おかえりなさい。休暇ですか?」
「そうよ。ずっとあそこに居たら、息が詰まるでしょ?」
グレーテ様はそう言って、背後の方々に見えないように私たちに向かってペロリと舌を出してみせた。
グレーテ様は、私が知る所謂聖女様たちとは、ひと味もふた味も違う。
年齢の割に(←こう思っている事は内緒)子どもっぽいし、親しみやすいし、悪戯っ子みたい。
グレーテ様はテーブルの上に並んだお菓子をひと通り眺めてから、私の上で視線を止めて、極上の笑みを浮かべる。
「やっぱり貴女だったのね、ルイーズ!」
「はい?」
「美味しそうな香りが、いったいどこから漂って来るのかしらと思って、私、向こうからずっと探して歩いていたのよ」
「そうだったのですか?」
「そうよ! それにしても、こんなに沢山のお菓子、貴女たち二人で全部食べ切ろうなんて、考えていないでしょうね?」
「ふふふ。グレーテ様も、お手伝い頂けますか?」
「ええ、もちろん!」
グレーテ様は、ジネットの用意した椅子にすぐに座った。
叔母上のお話はとても面白い。もしかするとちょっと話を盛っているのでは? と思わずにはいられないくらい、話に聞き入ってしまう。
「叔母様、お聞きしたいことがあるのですが……」
「……。」
あら? 返事が無いわ?
コホン。私の横でアデルお姉様が小さく咳払いをするのが聞こえた。
あらら。中庭でお茶会をするのは、季節的にまだ早かったかしら? 私は心配になってお姉様の方を見ると、お姉様は何故か小さく首を横に振っている。んんん? ああ!
「(そうでした! 叔母様は禁句でした!)グレーテ様、お聞きしたいことがあるのですが……」
「なあに?」
グレーテ様は美しい笑顔で答える。
「グレーテ様は、聖女として他国を訪問されたことが何度もおありになるのでしょう?」
「そうね。いろいろな国を訪問させて頂いたわね」
「その時に、お肉をお召し上がりになりまして?」
「お肉? いいえ。頂いたことは一度も無いわね」
「無いのですか? 一度も?」
私の言葉に、グレーテ様の背後に控えていた女性たちの顔色が一瞬変わった。もしかしたら、私は何か言ってはいけないことを言ってしまった?
「ええ。そう言われてみれば、お食事のテーブルに、お肉が並んだのを私は見たことが無いわね。とは言っても、お肉がどんな物なのか、ちゃんとは知らないのだけれど」
グレーテ様は背後の人たちの様子に気付く筈もなく、私の質問に無邪気に答えてくれた。
その時、一番年上に見える女性が一歩前に踏み出した。
「グレーテ様。差し出がましいとは存じますが、一言申し上げても宜しいでしょうか?」
「ええ、構わないわよ」
「ありがとうございます」
女性は私に向かって静かに、諭すように話し始めた。
「聖女たる者、肉を食べるなどという行為は許されません。それはこの国の中であっても、外であっても同じことでございますよ。ルイーズ様」
「そうなのですか?」
「はい。“聖なる教え” にそのように記されておりますので」
「はあ」
たぶん “聖なる教え” って言うのは聖教会の教えが説かれた本か何かだろう。
聖女候補で無い私には“聖なる教え”の中身がどんなものなのかさっぱり分からないけど、教会関係者の前でお肉の話は駄目だということだけは理解しました。
メラニーはお肉の話をしても嫌な顔はしなかったし、メラニーの旦那さんは牛肉のステーキを食べたことがあるのだから、つまり、教会関係者で無ければお肉も許されるってことよね?
ああ。聖女候補にならずに済んで本当に良かった!
「ねえ、ルイーズ」
「なんでしょうか?」
「貴女、どこでお肉の話を聞いてきたの?」
グレーテ様の発言に、先程の女性の顔色がみるみるうちに青褪めていく。
聖女様の口から「お肉」と言う言葉が出ただけで、この反応なの?
「絵本にありました。騎士様が姫君を助けに行く途中の山の中で魔獣を倒して、それを焼いて食べるのです……」
女性の視線が私に刺さる。あの女性……怖い。
「そうなの? その絵本、きっとこの国の方が描いた物では無いわね。グルノー皇国では、お肉は頂かないから」
「分かりません。昔一度読んだことがあるだけなので……」
私は、私の不用意な発言が原因となって、大事な絵本を取り上げられてしまうようなことがないように、「昔」と、小さな嘘をついた。
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