54 第四皇女と馬車の旅。
「ねえ、ジネット。私たちがレンファスを出発してから、今日で何日目だったかしら?」
「ええと、確か……」
「6日目ですわ。姫様」
ジネットの代わりに私の問いかけに答えたのは、ヒセラ・モンカナ元女官長。
彼女はレンファス皇城の最年長女官長だった方で、私と一緒にザルツリンド王国へ同行してくれることになったうちの1人よ。
御歳75歳。お祖父様たちと同年代ね。
「6日目……。はあぁぁ。まだ6日しか経っていないのね。気持ち的には、私もう2ヶ月くらい馬車に揺られている気分だわ……」
「姫様、それは流石に大袈裟過ぎますわね。お気持ちはお察し致しますが」
いろいろな人たちから話には聞いていたけれど、馬車の旅って本当に大変!
私だって馬車に乗ったことくらい今までに何度もあったから、皆が口を揃えて言う「辛い!」とか「疲れる!」って言葉を聞いても、実のところちょっと大袈裟過ぎるわよねってくらいに思っていたの。
でも、お城を出発した初日に思い知ったわ。
私が今まで経験してきた馬車での移動は、あくまでもちょこっと移動したに過ぎなかったのだってことを。
馬車って、意外とスピードは出ていないのよ。長距離を走らなければならない時は尚更ね。だって馬を余り消耗させられないでしょう?
スピードが出ていなければ、移動時間は長くかかるわよね。その間、私にできることといったら、狭い車内でじっと座っているだけ。
退屈だし、お尻は痛いし……。
途中、何度も休憩を挟みながら昼間は馬車を走らせ、夕方には町で宿、もしくは領主の屋敷に泊まるを繰り返して今日で6日目……。
そういえば以前、リスカリス王国に嫁がれたグレーテ叔母上様が「レンファスからリスカリスの王都までは、馬車で10日程かかるわね」って仰っていたのだけれど……。
どう考えても変だわ! 私たち、もう既にグレーテ様が仰っていた半分以上の日程に当たる6日間もこうして馬車に揺られているのに、未だにリスカリス王国との国境どころか、その手前に広がる “聖なる森” にも辿り着いていないわよね?
グレーテ様がお住まいのリスカリス王国の王都は、リスカリス王国の丁度真ん中辺にあるって話だったから……。
やっぱり私たち、時間がかかり過ぎよね?
「ヴィクトール皇王陛下が、初めて旅に出られる姫様の体調をお気遣いになられた結果、今回はこのように敢えてゆとりを持った日程で調整しているのです。聖女としての任務を幾度となくこなされ、長い馬車での旅に慣れていらっしゃるグレーテ様と全く同じようにというのは、姫様にはどう考えても無理な話なのですよ」
「それにしても、あちこちの町で私たち時間を使い過ぎだと思うわ」
「それは仕方がないことです。それだけ、姫様には功績がおありなのですから」
「功績と言ってもヒセラ様……」
「姫様。もう何度もお伝え致しましたように、私のことはヒセラとお呼び下さいな。“様” は不要ですわ」
「ああ、そうだったわね、つい……」
ヒセラ様は、ああ、違った。ヒセラは、今回私の侍女として同行してくれているの。
もう女官長という役職でない以上、ジネットとも同列の扱いで構わないってお父様からも言われているけど……。そんなすぐには慣れないわ。
それはジネットも同じみたいで、出発から6日経った今でも、緊張しているのが分かる。ちょっと可哀想なくらいによ。
「ザルツリンド王国へ入るまでには慣れて下さいませ。そのためにも、ゆっくりと旅するこうした時間は必要でしたね」
「……そうね」
さっきヒセラが言っていた “功績” というのは、どうやら薬草栽培のことみたい。
4年くらい前だったと思うのだけれど、私とラファエルお兄様とで「ポーションを作って販売してみたいね」って話をしたことがあったの。
あの時は、お父様にポーション作りは反対されてしまったのだけれど、その後お兄様がお父様と話し合って、ポーションの原料となる薬草の栽培ならしても良いというお許しを頂いたのよ。
“緑の手” の持ち主である私が、まず “ルイーズ畑” で薬草を育てるの。そこでできた種は、何故だか別の畑で私以外の人が育てても、短時間で高品質な薬草を収穫できたのよ。
お父様はこの種を、これといった特産品がない地域の農家に低価格で売って、その種を使って農家が栽培及び収穫をした薬草を国が買い取り、まとめて乾燥してから他国へ販売するというシステムを導入したの。
この数年の間に栽培する地域と薬草の種類を徐々に増やした結果、今では最初に試みた回復薬の他にも、魔力回復薬と、傷薬と、解熱剤と、麻痺消しと、毒消しを製造するのに必要な薬草を、グルノー皇国の各地で安定的に栽培することに成功しているのよ。
私は最初の種を作るところまでしか関わっていなかったから、詳しくは知らなかったのだけれど、皇都レンファスからここまで来る間に、もう何ヵ所もこの薬草栽培の恩恵を受けた町を通過しているらしくて、その度に私はもの凄い大歓迎を受けているわけ。
だから、尚更時間がかかるのよ。
そうそう。“チームルイーズ” の初期メンバーで、この薬草栽培にも関わっていた庭師のエルガーを覚えているかしら?
エルガーは私と一緒にずっと薬草栽培に取り組んできた経験と、その腕を買われて、1年ちょっと前にお城の庭師を辞めて、今はグルノー皇国各地を回って薬草の栽培指導をしているのよ。
エルガーがお城を去ってしまうことが決まった時は凄く寂しかったけれど、こうして私もお城を離れることが決まったわけだし、誰でもずっと同じ場所で同じようには暮らしていかれないのよね。
はぁ。それにしても、お尻が痛いわ……。
「ルイーズ様。先程の休憩の時に護衛の者から聞いたのですが、次の町で2日過ごした後は、いよいよ “聖なる森” に入る予定だそうです」
「ねえ、ジネット。その次の町っていうのが、グルノー皇国側にある最後の町ってこと?」
「そうだと思います」
「“聖なる森” は一気に抜けるのよね?」
「はい。森の中に宿泊できるような場所はどこにもないという話ですから」
そうなのよ!
グルノー皇国の北側で国境を接する2国、リスカリス王国とハーランド王国とに渡って東西に伸びている広大な “聖なる森” の中に、町は1つもないのですって。
町がないどころか、理由は解明されていないけれど、森の内部に人工的な構造物は作れないらしいわ。
だからグルノー皇国からリスカリス王国、もしくはハーランド王国へ行く場合、皆、最短距離で結ばれたそれぞれの一本道を通って “聖なる森” を抜けるそうよ。
今回、ザルツリンド王国の騎士たちと落ち合う約束になっているのは、その一本道を通り抜けた先にあるリスカリス王国側の最初の町。
森の直前にあるグルノー皇国側の最後の町を早朝に馬車で出発したとして、森を抜けたところにあるリスカリス王国側の最初の町に到着できるのは、どんなに頑張っても夕暮れ近くになるって話なの。
もし馬車を使わずに、歩いて森を抜ける人はどうするかって?
町がない代わりに、“聖なる森” には魔物も魔獣もいないから、森の中で野宿をしても人にとって危険はないそうよ。
「ねえ、どうして次の町で2日も過ごすの? 1日でも良くない?」
「姫様。ザルツリンド王国からの迎えの者たちとの “約束の日” が4日後だからです」
ヒセラの話では、“聖なる森” を抜けてリスカリス王国へ入ってしまえば、いつどこで魔獣に遭遇してしまうか分からない状況に晒されるので、それ以降はザルツリンド王国の騎士たちが護衛について私たちを王都まで連れて行ってくれるそうなの。
だから到着は早くても、遅くても駄目なのですって。
そういえば、お父様もそんなようなことを仰っていたわね。
「次の町で2日過ごし、3日目に “聖なる森” を通過します。その日は宿に宿泊し、翌日の4日後がザルツリンド王国との “約束の日” なのですわ」
「そう。それは分かったわ。だったら、その後はどうなるの? ザルツリンドの王都までは何日くらいかかるのかしら?」
「それに関しては、陛下からは私は特に何も伺ってはおりません」
うわぁ。先はまだまだ長そうね。
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