52 第四皇女と出遅れた求婚者。
午後のひととき。私が1人、ガゼボで最近お気に入りの本『竜の山峡』を読んでいると、ラファエルお兄様と、ローレンス・レーヌ様が、もの凄い勢いでこちらへ近付いて来るのが見えたわ。
どうしたのかしら、2人ともなんだかとても慌てているみたいだけど……。
嫌だわ。もしかして、また何かあったのかしら?
「ねえ、ルイーズ。いったいどういう経緯で君がザルツリンド王国へ行くなんてことになったんだい? それも、こともあろうにあの第二王子の婚約者として行くって聞いたんだけど?」
「ルイーズは婚約者ではなく、婚約者候補ってことらしいよ」
「どっちだってたいした違いはないだろう? 皇王陛下は、どうしてこんな荒唐無稽な話を受けてしまわれたんだ? その話、今からでも断れないの?」
「おいおい、ローレンス。いいから、ちょっと落ち着いてよ! ほら、見て! ルイーズがビックリしているだろう」
「ああ、悪い。ごめんね、おちびちゃん」
ローレンス様はグルノー皇国の五大公爵家の1つレーヌ公爵家のご嫡男で、ローレンス様のお父上は私たちのお母様のお兄様に当たるお方。
つまりローレンス様は、私たち兄妹の従兄弟なわけです。その上、ローレンス様はラファエルお兄様の親友なの。
だからかどうかは分からないけれど、ローレンス様は昔から私のことを、さっきみたいに “おちびちゃん” とか “ちびっ子ルイーズ” と呼ぶのよ。
まあ確かに、ローレンス様に比べたら私の方が小さいのは認めるけれど、もう私は成人した立派なレディなのよ。
“おちびちゃん” はいくらなんでもあんまりじゃないかしら? まあ、今回は許して差し上げますけど。
このご様子では、ローレンス様はどこからか私がザルツリンド王国へ向かうという話をお聞きになられたみたいね。
「ザルツリンド王国から “親書” が届いたのです」
「それに関しては、既にラファエルから聞かせてもらったよ。でも、何故ルイーズ、君なんだい? 本当はザルツリンド王国はルイーズではなくて、第三皇女、聖女であるヘンリエッタが欲しかったのではないの?」
やはり、皆そう思いますよね。私だって第三者であれば、絶対にそう思いますもの。
普通の皇女なんかよりは、聖女様な皇女の方が、誰がどう考えても断然好ましいですからね。
「おい、ローレンス。いい加減にしてくれ! この話は、もう我が国とザルツリンド王国との間で話がついていることなのだ。ザルツリンド王国が望んでいるのはルイーズで間違いない。気持ちは分かるが、君が何を言っても今更この話を覆すことは不可能なんだよ……」
何がこんなにもローレンス様を激昂させているのかしら?
普段はニコニコ常に笑顔を絶やさず、誰に対してもとても親切で感じの良いローレンス様と、今、私の目の前に立っているこの方が、同一人物だとはとても思えないわ。
「2人とも知っているよね? ザルツリンド王国の第二王子、ハインリッヒ・フォン・ザルツリンドに関する酷い噂話のあれこれは……」
「ええ。もちろん聞いておりますわ」
「それでも行くつもりなの?」
「はい。それがこの国のためになるのでしたら」
私だって、いろいろと飛び交っているハインリッヒ殿下の噂話がもしも全部事実だったらと想像するとぞっとするわ。
でも、ラファエルお兄様や弟のジョルジュだって、事実とは全く異なる噂話が他国でまことしやかに囁かれているってことも聞いたもの。
ハインリッヒ殿下の話だって、どこまでが真実で、どこまでが嘘なのかは、実際に本人に直接お会いしてみて確かめなければ分からないことだと思うのよ。
「“親書” に記されていたことですが、あちらの国で1年間私が過ごしてみて、もしもお互いがお互いを気に入らなければ、この婚約はなかったことにしても良いそうなのです。そうしたら、私、またこの国に帰って参りますわ」
「そんなことが本当に書かれていたの? 俄には信じ難いのだけれど……」
驚きの表情を隠さずにお兄様の方を振り返ったローレンス様に向かって、お兄様は大きく頷いて見せました。
「ローレンス様が私のことを心配して下さっていると知ることができて、私はとても嬉しいですわ。正直に申し上げれば、不安な気持ちが全くないとは言えません。ですが、知らない世界に触れることができるかもしれないこの機会を前にして、ワクワクしている自分もいるのです」
「ルイーズ、僕は君を……」
「ローレンス! それ以上は」
「ああ、分かっているよ、ラファエル。ちゃんと心得ている」
ああ、そうだわ。昨日、別れ際にローラが「明日は冷たいデザートをご用意しますね!」って言っていたじゃないの!
折角だし、ラファエルお兄様とローレンス様にもローラの作った冷たいデザートを、是非召し上がって頂きましょう。
「お兄様。私、今から調理場まで行って来てもよろしいかしら?」
「調理場へ? 何をしに行くの?」
「あのですね。ローラが、美味しいオヤツを用意してくれている筈なのです」
「ローラって……。ああ、ルイーズの新しい料理人だったね?」
「そうですわ! お2人の分も一緒に持って来てもらえるように頼んで来ますので、絶対にここで待っていて下さいね!」
ああ、もう。こういう日に限って、ジネットはお休みを取っていて居ないのよね……。
でも仕方ないわね。
ジネットも、私と一緒にザルツリンド王国へ行ってくれることが正式に決まったのだから。随分と前に家を出てしまっているとは言え、家族にはその旨きちんと報告しないとならないものね。
ふふふ。それにしても、ローラの用意してくれている冷たいデザートって何かしら? 楽しみだわ♡
◇ ◇ ◇
「はあぁぁ……」
「随分と大きな溜息だな、ローレンス。まあ、君の気持ちも理解できるけど」
「てっきり陛下は、末娘のルイーズをまだしばらく手元に留めるおつもりなのかと思っていたから……」
「父上はそのつもりだったと、僕も思っているよ。父上だけでなく、ルイーズは家族の皆から愛されているからね。まさか、この国の若い貴族たちが互いに牽制し合っている間に、他国の王子がルイーズに求婚して来るとはね。全く予想外の展開だったよ」
「よりにもよって、あのザルツリンドの悪名高き第二王子が相手とは……」
「それにしても、君がルイーズのことを小さい頃から気に入っているのは知っていたけど、てっきり妹のように可愛がっているだけかと思っていたよ。すっかり僕も騙されていたってわけだね?」
「……妹ね。そういう距離感でなければ、僕なんて陛下に簡単に排除されてしまっていただろう?」
「ああ、成る程ね。その見解は正しいかもしれない!」
ルイーズが席を外した途端、僕の親友のローレンスはあからさまに落ち込んだ様子で項垂れている。彼が、まさかここまでルイーズのことを想っていたとは……。
いつも近くに居たのに、全然気付いてやれなかった。
「はあぁぁぁぁぁぁぁ……」
「もう少し早く、行動に移すべきだったね。ローレンス」
レーヌ侯爵家の嫡男であるローレンスが、持ち込まれる数多くの縁談をのらりくらりと交わし続けていたのは、いずれ折を見て「ルイーズと結婚させて欲しい」と父上に直談判する気でいたからかもしれないな。
それにしても、親友の僕に少しくらい相談してくれていれば……。
まあ、それも今更だ。
「もしあの第二王子が噂通りの人物だったらどうなると思う? ルイーズがさっき言っていたように、気に入らなければ、あの子は確実にこの国に戻って来るよ。まだ、君にもチャンスはあるかもしれない」
「それって、婚約破棄ってことだよね? 喜んで良いこととは思えないんだけれど……」
「今のところ、ルイーズは婚約云々をきちんと自覚していない。大方『ザルツリンド王国に行けば、魔獣のお肉が食べれるかも♪』くらいの軽い気持ちでいる筈なんだ。それは間違いないよ」
「魔獣の肉? あははは。ルイーズなら、確かにそんなことを言い出しそうだね」
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