51 第四皇女と竜の山峡。
お父様のところへザルツリンド王国からの “親書” が届いてから、最終的にザルツリンド王国へ行くのが私だと決まるまでに、いろいろあって随分と時間が経過してしまいました。
でもね、今日までの間、私だって何の準備もせずに漫然と日々を過ごしていたわけではないのよ。
ザルツリンド王国という国について、聖教会から届けられた報告書を読んだだけではなく、少しは下調べなどをしておこうと試みました。
とはいっても、できることなど本当に限られていたのですけれどね。
まずは、お城の図書室に通って、ザルツリンド王国に関して書かれている本をいろいろと手当たり次第に端から読んでみたのです。
本を読むのは好きな方なので割と気楽に考えて私は図書室に向かったのですけれど……。
図書室に置かれているような本は、ザルツリンド王国の地理とか、政治とか、経済とかについて書かれている小難しい本ばかり。
はっきりと正直な私の感想を言ってしまえば、どれもこれも面白味に欠けるのですよ。
私が知りたいのは、例えばザルツリンド王国の普通の人々がどんな暮らしをしているのかとか、各地域の特産品は何かとか、どんな美味しい食べ物があるのかとか、どんなお肉料理が人気なのか……。そういった身近な情報なの!
後は、そうね、ザルツリンド王国にいる魔獣についても知っておきたいわ。
私のすぐ上のヘンリエッタお姉様が加わっていたルルーファ王国への聖女派遣団が、魔獣の群れに襲われて、たまたま居合わせたザルツリンド王国の竜騎士たちに助けられたことがあるという話は何度もしているわよね。
魔獣が生息していないのでそういった魔獣被害を受けることのないグルノー皇国では、魔獣に関する本がとても少ないことが、今回しばらく図書室に通ってみて分かったわ。
でもね、私は聖教会の主張する『グルノー皇国に魔獣は存在していないのだから、魔獣に関する知識必要ない!』という意見は間違っていると思うの。
魔獣がいないのが “聖なる森” があるお陰なのか、それとも “聖女の存在” の賜物なのかは私には分からないけれど、それが未来永劫ずっと続く幸運なのかは、誰にも分からないと思わない?
だから私は、魔獣がどういった存在なのかを知りたいのよ!
もちろん、魔獣のお肉を(←できれば美味しく)食べてみたい! って気持ちもあるわよ。
それから、前に見た飛竜についても詳しく知りたいわ。
そんな時、ラファエルお兄様が図書室にいた私のところまで1冊の本を持って来て下さったの。
その本は、お兄様がハーランド王国に留学されていた時にできたご友人から届いた本だそうよ。
本の題名は『竜の山峡』
山峡っていうのは、山と山の間にある低い場所のこと。谷間ってことかしら。
地名は伏せられているのだけれど、ザルツリンド王国に実在する土地に関して書かれている本で、その土地には野生の飛竜が多く生息しているのですって!
飛竜よ! 竜騎士たちが乗っている、あの飛竜!
ちなみに、勘違いをしている人がとても多いみたいだけれど、飛竜は魔獣ではありませんよ。
そうだわ。私も専門家ではないので完璧に説明することは無理だけれど、飛竜の説明の前に、魔獣に関しての豆知識をお伝えしておくわね。
魔獣というのは、魔物の中でも動物のような見た目のものを指すそうです。つまり、魔獣以外にも魔物はいるってことなのよ。
例えば『図解で詳しく! 世界の魔物図鑑』によると……。
普段は森にある普通の木に擬態していて、知らずに近付いて来た人を襲って食べるデビルツリー。美味しそうな果実に引き寄せられてた鳥や小動物を捕獲するヘクセンホルツ。
木が……人を食べるの? 迂闊に知らない森に足を踏み入れるのは危険だわね。
『図解で詳しく! 世界の魔物図鑑』には、魔獣にもいろいろな種類があると書かれているわ。
ええと。魔獣は小さいものから大きいものまで大小様々いて、その強さもいろいろなんですって。
割と小さいものだと、兎に似ていて額に角を持つホーンラビット。もうちょっと大きくなると、狼に似ていて氷を飛ばして攻撃するらしいアイゼンヴォルフ。さらに大きくなると、熊に似ていて火を吐くヘルファイアベア。
基本的には大きくなる程強くなるっぽいわね。他にも、特に賢い種類もいるって書いてあるわよ。これは強敵だわね!
尤も『図解で詳しく!世界の魔物図鑑』は世界のなので、この図鑑に載っている魔獣全てがこの大陸に生息しているわけではないみたい。
ああ、話を飛竜に戻すわね。
飛竜が魔獣に分類されないのは、飛竜が基本的には人や家畜を襲わないことと、それから、人を乗せたり物を運んだりして、人の役に立つことが理由みたいね。
前に見た白い飛竜のヴァイスも、主である竜騎士と意志の疎通が取れているみたいだったしね。
それでお兄様から頂いた『竜の山峡』によると、ずっとずっと昔、野生の飛竜たちが生息する場所のすぐ近くで暮らしていた1人の子どもが、偶然大きな卵を拾ったのだそうよ。
どう考えても飛竜の卵としか思えないので、周りの大人たちはその子どもが卵を孵化させることに猛反対したのですって。
まあ、それも当然かもしれないわよね。その当時の人たちにとって飛竜は、畏怖の対象だったみたいだから。
でも、少年は絶対に諦めなかった。少年はたった1人で卵を守って、飛竜の雛を孵し育てたのですって。
その少年が最初の竜騎士になったのだと本には書かれているわ。
◇ ◇ ◇
「ルイーズ。本を手渡した僕が今更こんなことを言うのもなんだけれど、その本は、実際のところ実話なのかどうか非常に疑わしいと僕は思っているんだ」
「えっ、そうなのですか?」
「ザルツリンド王国に飛竜が生息していることは他国にもよく知られているけれど、飛竜の生息地や生態はザルツリンド王家によって厳重に秘匿管理されているそうだよ。それに、その本に著者名は記されていない。それってつまり、正確な情報かどうかは分からないってことだよね?」
「……そうかもしれませんね」
ラファエルお兄様は、私が余りにも熱心に『竜の山峡』を何度も何度も読みかえしているので少し心配になったみたいです。
「実話でなかったとしても、物語としても充分に楽しんでいるので、それはそれで私は構いませんわ」
「そうなの? それなら良いけど……」
「お兄様。この本は、どなたから頂いた物なのですか?」
「友人だよ。彼はハーランドの侯爵家の次男なんだけど、親戚がザルツリンドの貴族に嫁いでいて、その関係でこの本を手に入れたらしい。彼は竜騎士になるのが夢だったそうなんだ。でも、ザルツリンド王国の者以外が竜騎士になることは絶対に叶わないそうだから……」
「諦めたのですね?」
「そうだよ。彼がその本を手に入れたのは子どもの頃の話らしいし、それ以上詳しいことは分からないよ」
「この本は、いずれその方にお返しするのですよね?」
「いや、返す必要はないよ。ルイーズが魔物退治や冒険者ギルドに興味があるって話をしたら、この本を送ってくれたんだ。もう自分には必要ないから『妹君にどうぞ』って手紙に書かれていたよ」
「私に?」
「昔、ルイーズに命を救ってもらったお礼だそうだよ」
「お礼ですか? 命を、救った? 私がですか?」
「そう。間接的にだけどね!」
ラファエルお兄様の話では、この本を贈って下さったのは、以前お兄様がハーランド王国へ留学されていた際に課外授業として参加した “魔獣討伐キャンプ” でご一緒した友人の1人なのですって。
どうせ課外授業で行くような場所にはたいした魔獣なんて出ないだろうと、その方たちのグループは簡単な装備品しか持たずにキャンプに参加したそうなのです。
「その時に、私がお兄様にお渡していたポーションで助けられたと?」
「そういうこと! だから、ルイーズは遠慮なくこの本を受け取っておけば良いと思うよ」
まさかお祖父様に頂いた『はじめてのポーション作り 〜誰でも簡単! これ一冊であなたもポーションマスター!〜』を読んで作ったポーションが、巡り巡って数年後に『竜の山峡』になるなんて。
ふふふ。世の中、何が起きるか分からないものですね。
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