50 第四皇女と更に付き合いの長い元女官長。
「あの、ルイーズ様。た、大変です!」
「どうしたの、ジネット? そんなに慌てて。何があったの?」
「ヒ、ヒセラ様が。ヒセラ・モンカナ様が……」
ヒセラ・モンカナ? あら、随分と懐かしい名前!
ヒセラ・モンカナといえば、私の社交デビューを最後に隠居を決められた、このお城の元最年長女官長よね?
2年前の私の社交デビュー当日。お祖父様とお祖母様から頂いたティアラを、綺麗に結い上げられた私の髪に付けてくれたのが、当時女官長だった彼女だわ。
「まさか、お亡くなりになったの?」
「ち、違います!」
「あら、違うの? じゃあ、何かしら?」
「ルイーズ様にお会いしたいと仰って……。今は、サロンで王妃様と」
あらら。ジネット、ここまで走って来たのね?
元とは言え、女官長と言えばお城で働く女性の総元締めみたいな人だって聞くわ。
この様子だと、今は私の侍女の筆頭を努めるようになったジネットにとっても、元女官長は偉大すぎる存在のようね。
「王妃様がお呼びです! ルイーズ様、すぐにサロンへ向かって下さい!」
◇ ◇ ◇
「ごきげんよう、モンカナ様。お元気そうで安心致しました」
「まあ、まあ。ルイーズ様。あの小さかった姫様が、随分とご立派になられて!」
待って、待って! 最後に私が貴女に会ったのは、あの社交デビューの日だったから、ほんの2年前の話よ!
私、その頃はもうそんなに小さくはなかった筈だと思うのだけれど……。なんなら、今の身長と数ミリしか変わっていないわよ?
ヒセラ・モンカナ様は、ラボイ侯爵家の五女で、先代のモンカナ侯爵の第六夫人だった方なの。
侯爵家のご令嬢とは言え、五女だったヒセラ様は例に漏れず、男性の少ないこのグルノー皇国で嫁ぎ先が決まらなかったらしくて、最終的に第六夫人として父親の親友だったモンカナ侯爵と結婚されたそうなの。
だから結婚とは言っても、実際には親友の娘を(体裁が悪くならないように)名目上の妻として引き受けたようなものだったらしいわ。
そんなご結婚から1年もしないうちに、ご高齢だったモンカナ侯爵はお亡くなりになってしまって、まだお若かったヒセラ様は自活しようとご自分の意思で王城の女官になったそうよ。
そして最後は女官長まで上り詰めたのだから、とてもご立派よね。
「ルイーズ様。ザルツリンド王国の第二王子の婚約者として、近くザルツリンド王国へ向かわれることが決まったとお聞きしました。おめでとうございます」
「ええと、それは、ちょっと違うのよ」
「違うのですか?」
「婚約者ではなくて、婚約者候補ね。あちらの国に1年滞在してみて、もしもお互いに違うなぁと思ったら、この婚約話はなしになるのよ。そうしたらまたここに戻って来ても良いのですって」
ヒセラ様は意味が分からないといった表情を浮かべて、私とお母様の顔を交互に見比べているわ。
まあ、そうよね。
「それは事実なのですか?」
「それが……そうなのよ。貴女が理解に苦しむのは分かるわ。私だって、そうだもの」
「ジャンヌ様……」
お母様が困ったような笑顔をヒセラ様に向けている。
ことの経緯をお母様がざっくりと説明している間に、元女官長が訪ねて来ていることを聞きつけたみたいで、お父様とお祖父様、それからお祖母様までもがサロンに顔を揃えたのよ。
「陛下! 妃殿下! それでしたら、私もルイーズ様と共に、ザルツリンド王国へ渡りとうございます!」
「「「えっ?!」」」
◇ ◇ ◇
ヒセラ様の願い入れは『一旦保留』ということになって、ヒセラ様はお帰りになりました。
そしてそのまま、サロンではこの件に関しての緊急家族会議が始まったの。
「ヴィクトール。まさかとは思うが、ヒセラ殿にルイーズと同行する許可を出すつもりではないだろうな? ヒセラ殿はあの年だ。行ったは良いが、帰って来られるとは……限らんぞ!」
「そうね。ザルツリンド王国はこの国とは違って、いつどこで何が起きるか、誰にも分かりませんものね」
お祖父様もお祖母様も、ヒセラ様のザルツリンド王国行きには反対のようですね。
お二人にとってヒセラ様は、元女官長というよりは古くからのご友人なのですから、心配されるお気持ちも分かります。
「私は、ルイーズの同行者がジネットとローラの2人だけなのは、余りにも少な過ぎて心許ないのでは? と前々から思っておりました。確かに年齢的な問題はあるでしょうが、元女官長はとても優秀な方。願い入れを受け入れても良いと、私は考えておりますわ!」
あら。お母様は賛成なのですね。ちょっと予想外です。
「皆の言いたいことは概ね理解した。ルイーズ、お前はどう思う?」
うわっ。最終決定は私の意見に委ねられるのですか?
ヒセラ様は、私が生まれるよりもずっと前からこのお城で働いている方。それこそ、私のことは、私が産まれたその瞬間から知り尽くしていると言っても過言ではないと思うの。
ヒセラ様にはずっと可愛がって頂いていたし、もちろん、私もヒセラ様のことは大好きよ。
「私ですか? 私はどちらでも構いません。今日久しぶりにヒセラ様にお会いした感じでは、とてもお元気そうに見えましたし、1年くらいなら大丈夫なのではないでしょうか?」
「1年って……。ルイーズ、お前、完全に1年間でこの国に戻って来る気でいるな?」
「うふふ」
◇ ◇ ◇
ヒセラ様急襲の翌日。
私はジネットとローラに昨日の出来事を事細かに説明したわ。
だって、ヒセラ様が突然お城にやって来て私に面会を求めた理由を、ジネットが凄く聞きたがっているみたいな気がしたから。
「では、ルイーズ様。そのヒセラ様と仰る元女官長様も、私たちとご一緒にザルツリンド王国へ向かわれるのですね?」
「まだ確定ではないけれど、多分そうなるのではないかと思うわ」
「凄いですね、元女官長様ですか。どんなお方なのかしら? 私、お会いするのがなんだかとっても楽しみです!」
時間がなかったらしく「前日に余ったパンを小さく切ってハチミツを絡めただけですけど……」と言って、ローラはこの日もオヤツを持って来てくれたわ。
その甘いパンを頬張りながら、私は昨日の出来事を2人に話したの。ちょっと手がハチミツでベトベトにはなるけれど、凄く美味しいわ!
料理人の娘のローラは、小さい頃から両親の仕事場であるお城の調理場に出入りしていたみたい。でも管轄が違うからか、女官長だったヒセラ様とは全然面識がなかったようね。
元女官長と聞いても、ローラは特に気にする風でもないし、逆に興味津々の様子だもの。
でも、ジネットの反応は違ったわ。それはそうよね、ローラとは立場が全然異なるもの。
ジネットが私の侍女になったのは、私が8歳で、ジネットが17歳の時。
その時には、ヒセラ様は既にお城の雑務を取り仕切る女官長だったから……。
侍女としてお城勤めをすることになったジネットにとって、ヒセラ様はもしかすると、いまだに畏れ多くて、近寄り難い存在なのかもしれないわね。
「ジネットはもしかして、ヒセラ様が一緒にザルツリンド王国へ行くことになったら……困る?」
「ああ、いえ。困るとか、そういうことではないです。決して」
「でも、やっぱりちょっとは困るわよね?」
「いえ。でも……。元女官長のヒセラ様がルイーズ様のお側にお付きになるのでしたら、若輩者の私など、ルイーズ様にとって不要なのではないでしょうか?」
ああ。ジネットったら、そんなことを気にしていたのね?
「大丈夫よ、ジネット。貴女を置いて私はザルツリンド王国へは行かないわ!」
「ル、ルイーズ様!」
「だって、そうでしょ? ヒセラ様ではどう考えても無理だもの!」
「何が無理なのです?」
「あのお年では、流石に一緒に竜には乗ってくれないと思うのよ……。だって、上空で心臓が止まってしまったら困るでしょう?」
「ルイーズ様、私だって無理ですわ!」
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