44 第四皇女とクシャクシャの真実。
「えー?! それはつまり、聖教会との話し合いが決裂してしまったと言うことですか? お祖父様」
「決裂も何も……。あれは、話し合いにすらなっていなかったと思うぞ、ジョルジュ」
ザルツリンド王国から『グルノー皇国第三皇女ルイーズ・ドゥ・グルノーを、ザルツリンド王国第二王子ハインリッヒ・フォン・ザルツリンドの婚約者として迎え入れたい』と書かれた親書を持った使者が来られてから、あっという間にひと月が過ぎてしまっています。
この日は、ジョルジュと研究室で新製品の話し合いをしていたのだけれど、そこへお祖父様がふらりと現れて……。
「そもそも、話し合いの席に当事者のヘンリエッタが同席しておらんかったしな」
「私も、お父様から同席するようにとは言われませんでしたよ?」
「ルイーズ姉上は良いんです! それで? ヘンリエッタ姉上は、相変わらず聖女の地方巡回に出られたままなのですか?」
「うむ。どうやらそうらしい」
「それって……。本当にヘンリエッタ姉上のご意志なのですか?」
「まあなぁ。それは、そのようだぞ」
待って、待って! どうして当事者の私は蚊帳の外なのかしら?
「今回、父上からの呼び出しに応じず、城へ戻られないのも? 聖教会がきちんと姉上に伝えていないということは……ないのですか?」
「今は婚約や結婚をする気も、聖女を引退する気もないと書かれたヘンリエッタ直筆の手紙を、ダンテが持参していたからな。少なくとも、今回のザルツリンド王国からの話がヘンリエッタに伝わってはいることは確かだ」
「姉上はそう書くようにと、聖教会から強要されているのかもしれませんよ!」
「流石に、それはないと思うぞ、ジョルジュ」
「って言うか、ルイーズ姉上! ちゃんと僕たちの話を聞いていますか? これは、姉上の今後を左右する途轍もなく重要な案件なのですよ!」
えっと、聞いてますけど?
あらら。何故だかジョルジュに睨まれてしまいましたよ?
昨日の午後のこと。
ザルツリンド王国から届けられた親書に書かれていた内容に関してを話し合うため、お父様はヘンリエッタお姉様と、お姉様が所属する聖教会の最高責任者でもある大司教様のお二人を、お呼び出しになったそうなの。
ところが、お城に来られたのはそのお二方のどちらでも無く、司教のダンテ・バーレンテ卿だったらしいのよ。
覚えていらっしゃるかしら?
ダンテ・バーレンテ卿といえば、元聖男(笑)で、元聖女候補だった奥様が何人もいらして、お父様とはバチバチの関係にある “聖教会のドン” ですよ?
一説には、ご高齢のため「引退間近では?」と噂されている現大司教様の後釜を、バーレンテ卿は狙っているって話もあるそうなの。バーレンテ卿だって結構なお年だと思うのだけれど……。
「姉上は本当に分かっておいでなのですか? 場合によっては、1年後には姉上はこの城ではない他の土地で暮らすことになるのですよ!」
「そうね。ヘンリエッタお姉様がザルツリンド王国へ行きたくないのであれば……。お話がお話ですし、私がザルツリンド王国へ行くことにはなるでしょうね」
「そうですよ! この国に居れば、姉上は今みたいに好き勝手に研究をしたり、一日中好きな本を読んで過ごしたりもできますが、もしも他国へ行くことになったら……」
「大丈夫よ、ジョルジュ! そんなに心配しなくても、それまでに今手掛けている研究は全てちゃんと終わらせるから」
「僕が言いたいのは……。はあぁぁぁ。そう言うことではないのですが……」
ジョルジュの深い溜息に、何故だかお祖父様が苦笑いをされています。
そのお祖父様が仰るには、ヘンリエッタお姉様が書かれたというお手紙を携えて、大司教様の名代としてお城にやって来たダンテ・バーレンテ司教は、開口一番お父様に向かって「聖教会所属の聖女をザルツリンド王国へ差し出すつもりはない!」と言って退けたそうなの。
確かに聖女様は聖教会に所属してはいるわ。それが例え皇女であってもね。でも、言い方ってあると思うのよ……。
そうでなくてもお父様は聖教会を良く思っていないのに。まあ、もしかしたらそれはお互い様かもしれないけどね。
その上で「ザルツリンド王国へは、親書にお名前が書かれているルイーズ姫を差し出せば良いではありませんか!」とバーレンテ卿は続けたそうよ。
差し出すって……。
「ヘンリエッタ本人に聖女を引退する意思がないのと、聖教会としてもヘンリエッタを手放すつもりがない以上、何度大司教を呼びつけたところで、話は平行線のままだろうな」
「お父様は、相当お怒りなのでしょう?」
確かに、ことの発端はザルツリンド王国の親書の表記に微妙な食い違いがあったせいなのだけれど、聖教会の私に対する扱いって、あまりにも酷過ぎないかしら?
私は物ではないわよ!
お父様がお怒りになるのも尤もだと思うわけ!
「まあ、そうだな」
「当然ですよ! 差し出すってなんですか! あの色惚けジジイ……」
「ジョルジュ。流石にそれは言い過ぎだぞ!」
口ではそう言っているけれど、お祖父様はジョルジュの台詞に笑いを堪えているようにも見えます。
それからお祖父様はクシャクシャに丸まった紙のような物を上着のポケットから取り出して、それをテーブルの上の私に近い場所に置かれたわ。
「何ですの?」
「うむ。正直、もしかするとルイーズには見せんほうが良いかとも思ったんだが……。後になってこれが届けられていたことをルイーズが知ったら、余計に厄介かもしれんなと思って、持って来ることにした」
テーブルに置かれた物に目をやると、それは力任せに半分に引き千切られた上で、クシャっと握り潰された数枚の紙のようです。
「何が書かれているのです?」
ジョルジュが私の横からすっと手を出して、そのクシャクシャの紙をテーブルの上で広げ伸ばしはじめたの。
「えっと……。ザルツリンド王国第二王子ハインリッヒ・フォン・ザルツリンドに関する調査報告。えっと、お祖父様、これって……?」
「聖教会の関係者が調査したザルツリンド王国に関する資料の中のほんの一部の写しだそうだ」
「聖教会の?」
「ああ。聖教会はこの国の中だけでなく、この大陸の全ての国のあちこちに教会の関係者を密かに配置して、その国の情報を独自に入手しておる。つまりは間諜だな」
「「そうなのですか?」」
意外な話に、私とジョルジュの声が揃ったわ。
「ああ。そうだ。他国も聖教会から聖女を派遣して貰う都合上、聖教会が国の内部を探っている事実に気付いていても、敢えて何も言わずに揃って静観しているようだ」
「「そうなのですね」」
へぇ、聖教会ってなかなかやるわね!
それで? いったい何が書かれているのかしら?
ん? 報告書を掴んでいるジョルジュの手が、ブルブルと震えだしたわ。
「ねえ、なんて書いてあるの?」
「……リヒ……は残虐ひ……その……。……警戒すべ……」
「えっと、今、なんて?」
「姉上! 今回のお話は、絶対にお断りすべきです! ザルツリンド王国へなど、絶対に行ってはなりません!」
「急にどうしたの? ジョルジュ、貴方、顔色が真っ青よ」
「だって、姉上……」
「良いから、ちょっと、私にも見せて頂戴!」
なんだかよく分からないけど、ジョルジュは折角シワを伸ばしたその報告書を、また握り締めてしまっているのよ。
私は半ば強引にその報告書をジョルジュの手の中から奪い取ったわ。
ええと。
ザルツリンド王国第二王子のハインリッヒ・フォン・ザルツリンドは第二王子という立場でありながら公式な場には滅多に姿を表さず、ほとんどの時間を騎士団で訓練に明け暮れているものと思われる。
魔物の討伐数は竜騎士団の中でも群を抜く。
しかしその性格は残虐非道で、逆らう者には容赦がない。その横暴な振る舞いにより竜騎士団からの脱退者は続出している模様。
ザルツリンド王国に於いて、最も危険で警戒すべき要注意人物の一人と考えられる。
「うわぁ。酷い言われようですね……。確かにこのような報告があるような人物のところへ、聖女様を送り込みたくない聖教会の気持ちも理解できます」
「姉上! そんな他人事のような言い方!」
「でも、お祖父様。ここに書かれている内容が、全て事実かどうかは分かりませんよね?」
「どうだかな……」
お父様は、きっと怒りに任せてこの報告書をバーレンテ卿の目の前で破り捨てたのでしょう。
なんだか、困ったことになりましたね。
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