43 第四皇女と噂話と本音。
急に結婚観を問われても……。困りますね。
私の周りで結婚をされているのは、お祖父様とお祖母様、お父様とお母様、ラファエルお兄様とマリアンヌお義姉様、グレーテ叔母上様とリスカリス王国の王弟シャール殿下。
この4組に関しては、政略結婚ではなく、割と珍しいことに、全組とも恋愛結婚なのですよ。
ああ、そうよ! メラニーと料理長を忘れていたわ。恋愛結婚かどうかは知らないけど。
前に何度かお話していると思うのですけれど、グルノー皇国では人だけでなく動物も含めて、なぜか圧倒的に女性の方が多いのです。
あまりにも性数差が激しいので、高位貴族だったり、豪商だったり、裕福な方の中には複数の奥方を娶られている方もいるくらい。これは違法なことではありません。
確かグランカリス帝国は、男性(←あくまでも人の話ね。動物に関しては分かりません)の方が多いと聞いたことがあります。
グランカリス帝国がすぐお隣りの国だったら良かったのでしょうけれど、彼の国はこの大陸の北の端。私たちが暮らすグルノー皇国は南の端にあるのだから、そう上手くいかないものですね……。
話が逸れましたが、そんな理由もあって、王宮に勤務している方の多くは女性なのです。ジネットをはじめ、その殆どが独身女性。
皆、結婚せずともとても幸せそうに見えるので、そんな人たちに囲まれてこのお城で育った私は、特に結婚したいと思ったことはないのよね……。
ラファエルお兄様のように、小さい頃から好きだった人が居るわけでなし。
小さい頃といえば……。
あの男の子は、今頃、どこでどうしているかしら?
まだ幼かった私に、あの本をくれた男の子。
男の子の容姿に関しては、もうほとんど思い出すことはできないのだけれど、出会った時のやり取りに関しては、今でも鮮明に思い出すことができるわ。
でも、内緒にするって約束をしているから、誰にも話すつもりはないのだけれどね。
「さっき僕は、ザルツリンド王国の第一王子のラディスラウス殿下は優秀だけど病弱で、第二王子のハインリッヒ殿下のことを剣術も体術も相当な実力者の竜騎士だって言ったけれど……。良くない噂も多いんだよね」
「良くない噂? 兄上、どんな噂ですか?」
「うーん。剣の腕は確かだけれど、それだけの王子、とか。粗野で乱暴者、とか。魔獣退治が趣味の血みどろ王子、とかね」
「……酷い言われようですね。そんな王子の婚約者とか、絶対受けたら駄目な事案ですよ!」
あら? さっきまでジョルジュ「肉体派は良い!」とか言っていなかったかしら?
「まあ、その噂だって……事実かどうか分からないけどね」
「どういうことですか?」
「王族に関する噂なんてものは、真実でないことの方が圧倒的に多いんだ」
「そうなのですか?」
「そうだよ、ルイーズ。都合の悪いことを隠して良く思わせるような噂話を流すこともあれば、逆に敢えて悪い噂を他国に流すこともある」
「なぜです? 自分の国ことを敢えて悪く言う理由は?」
「そうだね、例えば、いずれ世継ぎとなる長男が出来の悪い王子だと噂を流すとどうなると思う?」
「馬鹿にされますね。国として侮られますよ。意味が分からない!」
ジョルジュは鼻息も荒く答えたわ。
その途端、その答えを聞いたラファエルお兄様が、堪え切れなくなったように突然笑いはじめたのよ。隣でアマリア様が呆気に取られたようにお兄様を見つめている。
「そう、そうだよね!」
「兄上、いったいどうされたのですか?」
「ジョルジュ、君もきっと留学先で思い知るよ。僕たちは出来の悪い陸でなし兄弟ってことになっているから」
「えっと……陸でなし兄弟? 兄上と僕がですか?」
「そう! 僕は学ぶことが嫌いな愚鈍な長男で、君はいつまでも甘ったれな腰抜け次男だってさ」
「な、なんてことを!」
ジョルジュは顔を真っ赤にして立ち上がったわ。
まあ、でも、ジョルジュが甘ったれなのは、概ね間違ってはいないと思うけど。
「留学当初、皆の僕を見る目に蔑みの感情が含まれているのを感じたんだ。1ヶ月もするとすっかり消えたけどね。親しくなった友人に理由を聞いたら、僕に関して酷い噂話が流れていたんだ。学ぶ気もないくせに、国費を好き放題に使って留学に来た馬鹿王子ってね」
誰がどういう意図でそんな噂を流したのかははっきりしないようなのだけれど、お兄様が仰るには、お父様はこの悪い噂のことを前々から知っていたそうなの。
でも、否定しなかった。どうしてかしら?
「侮られることが、悪いことばかりじゃないからだね」
「どういうことです?」
「わざわざ馬鹿王子に興味を持つ者はいない。馬鹿王子なら放って置いても安心だし、危険はないと思わせられる。馬鹿王子のところに可愛い娘を嫁に出そうとする親もいない。まあ、こんなところかな」
「ラファエルお兄様は、その悪い噂を全てご自身の実力で払拭されたわけですね?」
「周りの友人たちだけだとしても、そう思ってもらえたなら良いんだけどね」
「僕も同じ目に合うと?」
「おそらく」
「はあぁぁぁぁ。なんだか面倒ですね」
「ジョルジュが気にならないのであれば、そのまま放って置けば良いよ。グルノー皇国は聖女の国。愚鈍な皇子であっても、多くの聖女が居て、聖教会さえしっかりしていればなんの問題ない」
「それって、つまり……」
「確証はないよ」
悪い噂を流しているのは、聖教会ってことですか?
聖教会は、グルノー皇家には力がない方が良いって思っているってこと?
聖女様たちを思うがままに動かして、聖教会が好き勝手したいから?
「すっかり僕とジョルジュの話になっちゃったけど、こんな風に王族に関する噂なんて、事実と大きく異なっている場合もあるって言いたかったんだ。ハインリッヒ殿下も、噂通りの人とは限らないよ」
「……そうですね」
「同じ国の人間なら会って確かめることも可能だけど、ザルツリンド王国じゃね……」
「でも、1年経って嫌なら断れるって書かれていたのでしょう? 戻って来れば良いではないですか! ねえ、姉上!」
「ジョルジュ。そうは言っても、ルイーズの評判は地に落ちてしまうよ?」
「……ああ、確かに」
「第二王子殿下が、竜騎士様というのは本当のことなのでしょうか?」
「それは、たぶん事実だと思う」
良かったー! そこは事実なのね!
あっと。いけない、いけない。思わず顔がニヤけてしまうところだったわ。
「まさか姉上はハインリッヒ殿下のことを、あの本の中に出てくるような騎士様だと想像しているってことはないですよね? あんなの、物語の中だけの、あくまでも登場人物ですよ! あんな完璧な人間が、実際に現実世界に存在している筈ないでしょう!」
ああ、そうでした。
ジョルジュはあの本に出てくる騎士様を神格化しているのだったわ。
「もしかして、あの本って」
「そうですよ、兄上! 捕われの姫君を、いつだって格好良く完璧に助け出す騎士様の話です!」
「うん、よく知ってる。魔獣を倒して、その肉を串肉にして食べる話だよね?」
「えっと、まあ、そういうシーンもよく書かれていますけど、メインストーリーは最強の騎士様の素晴らしい活躍の数々です!」
ラファエルお兄様はジョルジュの話など興味がないのか、私の方を向いて、大きな溜息を1つ吐いてから言葉を続けたの。
「ルイーズ。まさか君、ザルツリンド王国に行けば魔獣の串肉が食べられるかも? とか、お相手が竜騎士だったら魔獣を狩ってきてもらえるかも? とか、いろいろと良からぬことを考えて、この話を受ける気になったわけじゃないよね? 違うよね?」
「えっと……。うふふ」
どうしたのかしら?
ラファエルお兄様は、両手で頭を抱えて天を仰ぎ見ていますけど?
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