42 第四皇女と竜国からの親書。
なんだかよく分からないのだけど、ザルツリンド王国は第二王子の婚約者として、グルノー皇国の皇女を迎えたいらしいのよ。
届けられた親書には、
『ザルツリンド王国の第二王子ハインリッヒ・フォン・ザルツリンドの婚約者として、グルノー皇国の第三皇女であるルイーズ・ドゥ・グルノーを是非とも貰い受けたい』
と書かれていたそうなのだけど……。
是非とも貰い受けたい割には、私ルイーズ・ドゥ・グルノーは第三皇女ではないし、第三皇女はルイーズではなくて、ヘンリエッタ・ドゥ・グルノーよ?
ちょっと、まあ、なんと言うか……。杜撰過ぎると思うのよね。
「どちらにせよ、私はこのお話には賛成できませんわ!」
「まあ、そう言うな、ジャンヌ」
「ヴィクトール。貴方は、こんないい加減な求婚をお許しになれますの? これではまるで、ルイーズでもヘンリエッタでも、貰えるのならどちらでも構わないって言っているようなものですのに……」
「うむ。それはそうなのだが……」
お母様は反対のようね。
お父様は? 国家間の問題だから、簡単には断れないとお思いなのかしら?
お祖父様は……。あら? どうしてお祖父様は私の顔を見て、そんなにニコニコ楽しそうにしていらっしゃるの?
「ヴィクトール。当事者になるかもしれないルイーズに、もっとちゃんと親書に書かれている内容を詳しく聞かせてやったらどうだ?」
「詳しく、ですか? ですが……」
「もしかしたらルイーズは、行きたいと言い出すかもしれんじゃろ?」
「お父様。親書には何が書かれているのですか?」
「うーん」
お父様は困った顔をしてお祖父様の方を一瞥してから、小さく溜息を吐いたわ。それからこう仰ったのよ。
「ザルツリンド王国に到着後、1年間は婚約者として王宮にて健やかに過ごして貰いたい。その間、ザルツリンド王国の歴史、文化、経済、その他諸々について、各分野の専門教師により学ぶこととする。入国より1年の後、当人同士がこの婚姻を望まない場合には、皇女殿下のグルノー皇国への帰国を無条件に容認するものとする。結婚の日取りについては、1年後に改めて設定するものとする」
んん? どういうこと?
「お父様。もし私が1年後に第二王子のハインリッヒ殿下と結婚するのが『嫌だ』と言ったら、私はここに帰って来ても良いということですか?」
「まあ、そういうことになるな」
「無条件にってありましたよね?」
「ああ、そう書いてある」
「えっと、そんなにこちらにとって都合の良いお話って……あるのでしょうか?」
「そうだなぁ……」
「ある筈ないでしょう! そんな口車に乗って、後で泣くのは貴女なのよ。ルイーズ、よく考えたら分かるでしょう?」
「それに、こちらにばかり都合が良いとも限らんぞ。その内容だと、ルイーズだけでなく、向こうの王子が『嫌だ』と言えば、ルイーズはザルツリンドに残りたくとも、この国に帰らざるを得ないってことだろう?」
「ああ、確かにそうですわ! ふふふ。お祖父様の仰る通りですわね」
「ルイーズ。貴女……。笑い事じゃないのよ!」
ねえ、これって、もしかすると良いお話だったりしないかしら?
私には、ラファエルお兄様やジョルジュのように他国への留学の許可は、絶対に下りないわ。
もしも本当に嫌なら帰って来られるのだったら、1年間ザルツリンド王国での生活を目一杯楽しんで、それでここに戻ってくれば良いのよ!
竜騎士様の相棒のあの竜たちだって毎日お肉を食べているのだから、王宮でのお食事にもきっとお肉料理は出るわよね?
歴史とか、文化とか、あれこれ勉強することにはなるでしょうけれど、24時間ずっと自由がないってことではない筈だし、空き時間に町へ出て、食べ歩きとかもできるかもしれないわ。
屋台で串焼きを食べたりも!?
「ほれ、ルイーズは乗り気のようだぞ」
「父上! お止め下さい! ルイーズも、遊びに行くのとは違うのだぞ! 婚約者の意味が分かっているのか?」
「結婚のお約束をしているけれど、まだ結婚はしていない2人のことですよね?」
「まあ、間違ってはいないが……」
「それよりも、ヘンリエッタお姉様もザルツリンド王国へ行きたいと仰ったら、どうなるのですか?」
「“も” ってことは、ルイーズは行きたいと思っているのか?」
「行ってみても良いかなぁとは思っています」
「はぁぁぁ。何をしに行くつもりだ?」
「お父様、ヘンリエッタお姉様も行きたいと仰ったら、私とお姉様のどちらがハインリッヒ殿下の婚約者に選ばれるのですか?」
「うーむ。まあ、ヘンリエッタがどう思ったとしても、あの聖教会が『婚約を許可する』とは絶対に言わんだろうな……」
お父様は、今の聖教会が現役の聖女を手放すことを良しとしないだろうと、そう仰ったわ。
お姉様の意思は? もしかして関係ないのかしら?
「どうしたものか……」
私は「行ってみても良いかなぁ」と答えたけれど、その後も、結局結論は出なくて……。
どちらにしても私は社交デビューはしたけれど成人はしていないので、
「ルイーズが成人するまでは何があっても他所にはやらん! いや、何処にもやらん!」
ってことで散会しました。
◇ ◇ ◇
「えーーー。じゃあ姉上は、成人したらザルツリンド王国へ行くってことですか?」
「何を考えているんだ、あの国は……」
「第二王子殿下って、何をされている方なのか、ルイーズ様はご存知ですの?」
上の発言は、順に弟のジョルジュ、ラファエルお兄様、アマリアお義姉様です。
今日は天気が良くて、然程暑くもないので、4人でガゼボでお茶会をしています。
もちろんメラニーが美味しい焼き菓子をたっぷり作ってくれました。
「私が行くのか、ヘンリエッタお姉様になるのかは、まだ決まっていないようですわ。もしザルツリンド王国が聖女をお望みなら、私では意味がないでしょうし」
「聖教会が、現役の聖女を絶対に手放す筈ないですよ。例えヘンリエッタ姉上がそれ程力のある聖女様でなかったとしても! ねえ、兄上もそう思いますよね?」
ジョルジュったら、昔はもっと見た目も中身も可愛かったのに……。
最近はやることなすことラファエルお兄様の真似なのか、すっごく大人振っているのよ。でも、お兄様はあんな風に意味あり気に匂わすような言い回しは、絶対になさらないと思うわ!
ヘンリエッタお姉様は聖女様です。
白の手を持つ筆頭大聖女様であるマリアンヌ伯母上様や、今やそのマリアンヌ様に次ぐ力を持つと言われている大聖女様となられたクロエお姉様と常に比較されて、きっとお辛いお立場だと思うの。
そんな中でも、ヘンリエッタお姉様は聖教会のない地方の方々に癒しを与えるために、精力的に地方巡回訪問団に加わられているわ。
ヘンリエッタお姉様は、素晴らしく優しくて、とても慈愛に満ちた方なのよ!
「まあ、そうだね。ヘンリエッタの力云々はさて置き、聖教会は反対するだろうね。ああ、それと、ザルツリンド王国の第二王子は、確か竜騎士だった筈だよ」
「竜騎士様なのですか? 王子殿下ですのに? ラファエル様。王子が危険な騎士になるなんてこと、ザルツリンド王国では許されるのですか?」
「そう聞いたことがあるけど……。もし間違っていたらごめんよ、アマリア」
ラファエルお兄様とアマリア様は、今もそうだけれど、いつもこんな感じでとても仲がよろしいのよ。
「ねえ、ルイーズ姉上。そっちのタルトも食べても良いですかぁ? なんだか、急に暑くなって来たので、そこの冷たいお茶ももう一杯お代わりをお願いしまーす!」
「はい、どうぞ。お好きなだけ」
あらあら、ジョルジュったら!
「聞いた話では、王太子でもある第一王子のラディスラウス殿下は、とても優秀な方だけれど、あまりお身体が丈夫ではないという噂だよ。一方今回話が来た第二王子のハインリッヒ殿下の方は竜騎士で、剣術も体術も相当な実力者だという話だね」
「では、姉上のお相手は、頭脳派の方ではなくて、肉体派の方ってことですね?」
「ジョルジュ。その言い方はちょっとどうかと思うわ……」
「えっと、そうですか? でも……事実ですよね? 肉体派、良いじゃないですか! 何かあっても、姉上のことを守って下さるのなら」
「まあ、そうね」
「すっかりルイーズはザルツリンド王国へ行く気になっているようだけど、どこまで真剣に考えてるの?」
「真剣に、ですか?」
「そう。結婚をする、ってことについてだよ」
2023/06/08 誤字報告ありがとございます。訂正しました!
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